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翌日のお昼休み。
大型食堂館の二階奥のスペースに、『フリーダム』メンバーが集まっていた。
アミとミラフェイナから魔法魔術科で起こったことを聞いた面々は、感心してアミの方を見た。
テーブルの上には、今日付で発行されたアム学新聞が広げられていた。その一面を飾っていたのは、神学科のカレン・スィードと魔法魔術科の異界人アミ・オオトリだった。
アムリタ統合学園の各学科ごとの注目の人物をピックアップするという記事だった。
「……それで、アミ様が注目株になったんですね」
皆が驚く中、ミラフェイナ以外で純粋に喜んだのはシエラ・クローバーリーフだった。
「そうなんですの! わたくし、アミ様なら絶対にやって下さると信じていましたわ! お株を奪われて、クラスの『ヒロイン』たちの悔しそうな顔ったらなかったですわ!」
興奮冷めやらぬ様子で語ったミラフェイナは、本当に嬉しそうだった。
リクは学園新聞を取り上げて、記事を読む。
貴族科のピックアップ人物は、総生徒会長であり、この国の王女でもあるナユタ・グラールフレア・アシュタル総生徒会長が。
騎士科は、グランルクセリア王国出身の聖騎士見習いであるレナード・ラッハが。
ほかにも錬金科は発明魔導具で注目の男子生徒が、薬学科は高級ポーションを安価で再現した女子生徒が取り上げられていた。
なかでもアシュタル総生徒会長を差し置いて一面を飾ったカレンとアミが、現時点で最も注目度の高い生徒と言えるだろう。
神学科は『星河の巫女』として知られるカレンが、使い手を選ぶディヴァイン系の神聖魔法を成功させて実技授業で高難易度の魔物を撃破したことが報じられていた。
魔法魔術科は、あのマスター・アスターが認めたということで、異界魔術師と知られるアミの秘密が暴露されていた。
無属性とは仮の姿で、全属性を〝ゼロ〟で隠す千年に一人の天才と謳われていた。
実技授業はつい昨日のことだったにも関わらず、一体どこから情報が出回っているのだろう。学園新聞に載ることになるとは、アミは夢にも思わなかった。
「ひえぇ……。こんなの、エリーさんに何て言われるか……」
当のアミは、あまり嬉しそうではなかった。
「ご謙遜ですわ、アミ様!」
「ううん……。だってレベルが未だに9だっていうのは本当のことだし……、属性だけじゃ……」
アミが言外に懸念したのは、エリー・ヘイデンは全属性だけでは認めてくれないだろうということだ。ミラフェイナも、それは何となく察した。
しかし、アークヴァルト大陸で最も古い血筋といわれる由緒正しい原初の民であるマスター・アスターが認めてくれたことは、大きな強みであることは間違いない。
「いいえ、いくらヘイデン嬢でも文句は言わせませんわ! 何しろ、千年に一人の天才ですわよ? ……リク様も、そう思いますわよね?」
話を振られたリクは新聞をテーブルに戻し、ひとまずは肯定を示した。
「……ええ。でも……」
「どうかなさいましたの?」
「属性の件はともかく、みんながアミの価値に気付いてしまうのは危険だ……」
珍しく語尾を濁してブツブツ言うリクに、ミラフェイナは胸が高鳴るのを感じて思わずリクの背中を叩いた。
「んーまぁ! 嫉妬ですの? リク様っ♡」
「痛っ」
背中を打たれてつんのめりながら、リクは「そういう訳じゃ……」と弁明したが、ミラフェイナは聞く耳を持たずに興奮している。
静かに学食のランチを食べていた貴族科のエクリュア・ヴァイス・グランルクセリア王女や、ディアドラ・フラウカスティアたちも笑って言った。
「まあ、そんなことだろうと思ったわ。あなたも、リク・イチジョウと一緒に来た『ヒロイン』なんだし……。チートのひとつやふたつ、持ってない方がおかしかったのよ。……まぁ、マスター・アスターが原初の民としての公式発言をしたのは驚いたけど。これも未来の乙女ゲーム? もしくはネット小説の展開なのかしら?」
エクリュア王女はニヤリと笑いながらカマを掛けたが、アミはぶんぶんと首を振った。
「だ、だから私は『ヒロイン』じゃないですってば……。それらしいゲームをプレイした記憶もないし、小説だって……」
「あら? 自分がプレイしたり読んだりしていなくても、兄弟姉妹や親しい友達が作品に触れていたら転生者になる可能性がありますよ。アミ様は転生ではなくて転移者ですけれど」
シエラがにこやかにそう言うが、アミには本当に心当たりがない。
「う、うーん……。きょうだいはいないし、友達だったら……分からないなぁ……」
アミは前にも何度か、こういう会話をしたことがある。
「焦らなくても大丈夫ですよ。些細なことを忘れているだけかもしれません。何かの拍子で、急に思い出すこともあるかもしれませんし」
未だに自信がなさそうに唸っているアミに、シエラは安心させるように微笑んだ。
そんなアミたちを何ともいえない表情で見つめるリクを、イングリッドが一歩引いた位置から見ているのだった。
「それよりもミラ、魔法魔術科で助けが必要なご令嬢たちというのは……」
ディアドラのひとことで思い出したミラフェイナとアミが、動きを止めて顔を見合わせた。
「……あ。二人いるんだけど、アンフィトルテさんとフレイさんっていって……」
「二人とも、悪役令嬢ですわ。あのユレナの時のように、うちのクラスの性悪ヒロインたちに相当な嫌がらせを受けているみたいですの」
「今日は連れていらっしゃらなかったのですか?」
ディアドラがアミたちを交互に見ながら言った。
「えっと……。いきなり連れて来ていいかどうか、分からなかったから……」
アミとミラフェイナは意外そうに視線を交わし、エクリュア王女の方を見た。最終決定権があるのは、サロンオーナーである彼女だ。
エクリュアは護衛兼メイドのミレーヌが淹れた食後の紅茶を飲みながら、二人に尋ねた。
「その名前、何となく聞き覚えがありそうだけど……。どこの悪役令嬢?」
ミラフェイナは、テーブルの端っこに何故か転生者でないレナードが食事をしていたため、やや小声で口元に手を添えて告げた。
「……びっくりですわよ。2020年頃に人気を博した、あの『雨ふら』と『恋菓子』だそうですわ」
「『雨ふら』? って確か、メインヒーローが闇の精霊を使うダークヒーロー系の……。そこのヒロインまで転生してるのね。しかも、この前の大量逮捕で生き残ってると……」
それは厄介そうだと、エクリュアは言う。
エクリュアも前世では多くの乙女ゲームを嗜んでいたため、『雨ふら』は知っているタイトルだった。
もう一つの方は、ネット小説に詳しいシエラが知っているようだ。
「『恋菓子』なら、知っていますよ! 人気のネット小説だったと記憶しています」
「……連れて来て大丈夫かな?」
おずおずと尋ねたアミに、エクリュア王女は微笑して言った。
「もちろんよ。何度も言ってるけど、うちはシナリオにとらわれずに自由に生きる意志があるなら歓迎よ。あとは、よっぽど人柄に問題がない限りは、助けを必要としているなら連れて来て頂戴」
「う……うん!」
「さすが姫様ですわ! すぐに、お二人に伝えますわね」
アミとミラフェイナは安堵して表情を明るくさせ、次に二人を連れて来ると約束した。