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「ううっ……。今日から本格的に食事抜きぃ……」
空腹にぐうぐう音を鳴らす胃の辺りをさすりながら、アミはだばーっと涙を流しながらひとりアムリタ統合学園への道を歩いた。
《ドラゴンゾンビの賞金がまだ残っていませんか?》
AIイリスが尋ねた。アミとリクは、半年前に魔の森を開拓した功績によりグランルクセリア王国から幾らかの賞金を受け取っている。実は今までは、そのお金で学食を食べていた。
「まだ残ってるけど……、もう少しでなくなりそうなんだよね……。どうしよう……」
所持金が尽きて昼食もなしとなれば、さすがにミラフェイナやリクに知られない訳にはいかないだろう。その前に飢え死にするかもしれないが――。
《やはり、ここはマスターの力を大々的に見せつけて魔法魔術科を制圧するしかありませんね》
「そんな力、ないって……」
AIイリスの物騒な冗談を受け流しながらアミがとぼとぼと歩いていると、街の方から微かに音楽が聞こえてきた。
「あ……、この曲……」
学園都市エクスの商業区には、黒い屋根の巨大なオペラハウスが存在する。その黒い屋根は、グランルクセリア王国からエクスに到着した時に見たことがある。
あの時はアミがフラフラと音楽につられてしまったため、ヘイデン家との顔合わせに遅れてエリーに怒られたのだった。
居住区の方まで音楽が聞こえてくるということは、楽団がどこかで練習をしているのかもしれない。
「この曲いいなぁ……。すごく格好いい……。〝可能性〟って感じで」
またしても音楽のする方に引かれそうになるが、学園に遅刻しようものならエリーにまた何を言われるか分からない。アミは泣く泣く、アムリタ統合学園の方へと向き直った。
アムリタ統合学園へは、迷いようがない。天を衝く高さの小魔塔を目印にすれば、初見でも辿り着けるだろう。あとは高等部正門の場所さえ分かればいいのだ。
《私に音楽を評価する機能をお求めですか? オプションコースをご購入下さい。オリジナルにアクセスする必要があります》
「うん……。求めてない……」
AIイリスのオリジナルにアクセスしろと言われても、ここは異世界だ。地球と電波が繋がるはずがない。
アミは長い溜息を吐いて、ひとりぼっちの通学路を進むのだった。
「えっ……?」
思いもしない炸裂音を響かせた後、内部結界の中にあった標的の的が全て消し飛んでいた。
アミは純粋な魔力を押し出したはずの、自分の手を見た。
すると、左手に付けている未来の個人端末であるブレスレットが光を放っていた。ピンクの紋様が光を放ち、アミの周囲に赤、橙、黄、緑、青、紫、透明の玉が浮かんでいた。
「な……、何これ……」
一体何が起こったのか、アミにもすぐには分からなかった。
時は少し遡る。
ある日の午後、アミたちのクラスは魔術修練場に集まっていた。
魔術修練場には、見覚えのある鑑定魔導具も置いてあった。
マスタークラスの魔術師であるマスター・アスターが見守る中、補助教員の女性講師ミセス・ベルタが説明した。
「魔力制御の理論は授業で習ったと思いますが、今日は魔力コントロールの実践をしましょう。まずは各々の得意な属性で構いませんので、標的に魔法を当ててみましょう」
標的になる的は、魔術修練場の内部結界内に設置されていた。地面に打ち立てられた木の杭に板が張り付けてあるような、簡易的なものだ。全部で五本ある標的を、二十メートルほど離れた位置から狙いを定めるようだ。
生徒たちは各自の攻撃魔法で的を狙い、何人かの生徒は幾つかの的に命中させた。
最近仲良くなったアンフィトルテは水属性で針の雨を降らせて四本の的を破壊し、フレイも土属性の礫を二本の的にぶつけた。同じ転入生で単一属性のコートニーも、水弾を一つの的に当てた。
火属性メインのミラフェイナは炎の矢で五本全ての的を射貫き、スピリニラも光属性の光弾で一つの的に命中させた。
マスター・アスターがうんうんと頷いていたので、ミセス・ベルタが言った。
「ローゼンベルグ令嬢は魔力コントロールも上々です、と仰っています」
「ありがとうございますですわっ!」
全ての的を射たことで高評価を得たミラフェイナは、クラスにいる問題の『ヒロイン』たち――レイン・シャイニーロア子爵令嬢とキャンディ・ハニエルブラン男爵令嬢を一瞥した。
ミラフェイナが睨み付けても暖簾に腕押しで、レインとキャンディもそれぞれ『ヒロイン』特有の光属性の攻撃魔法でミラフェイナと同じく全ての的を射貫いた。
「ふ~んだ。これくらい、私たちだって」
「できるよね~」
レインとキャンディが飄々とやり返し、高評価を得た。やはり『ヒロイン』だけあって能力値は高いようだ。努力してスキルを磨いてきた悪役令嬢のミラフェイナは、密かに奥歯を噛みしめた。
「悪役令嬢同士、ツルんだところで……ねぇ?」
「そーそー。しょせんは脇役って自覚しないとねー」
レインとキャンディは明らかに侮蔑を含んだ視線を送り、ミラフェイナたちを嗤った。
これには、さすがにミラフェイナもカチンときてしまう。
「何ですって……!」
「落ち着いて下さい、ローゼンベルグ令嬢。単なる八つ当たりですわ」
「アンフィトルテ様の言う通りよ。元々、私たちを目の敵にしているから腹に据えかねているのよ」
言い返そうとしたミラフェイナを、アンフィトルテとフレイが止めた。挑発に乗っては、相手の思うツボである。
諭されたミラフェイナは引き下がったが、心配そうにアミを見た。無属性のアミは、攻撃魔法のスキルを持っていないのだ。
クラスの名簿をチェックしたミセス・ベルタが、非情にも最後の生徒を指名する。
「あと残っているのは……、アミ・オオトリ。あなただけですよ」
「う……。はい」
アミは浮かない顔をして、照準位置についた。ミラフェイナが心配したが代わってやる訳にもいかず、こればかりはどうしようもない。
「アミ様……」
「大丈夫っ。ドローンたちに飛んでもらって……」
AIイリスの制御で、スズメやモンシロチョウと蚊のドローンは、いつもアミに付いて来ていた。
アミが言いかけた時、ミセス・ベルタが首を振りながら言った。
「ミス・オオトリ。これは魔力コントロールの授業ですよ。使い魔の使用は禁止です。あくまで、自身の魔力を使うこと」
「えぇっ!? そんなぁ……」
「属性を持たずとも、純粋な魔力をぶつけることはできますよ。やってごらんなさい」
「は、はい……」
まわりから、くすくすと笑い声が上がる。
アミの無属性を笑った生徒たちだ。その中には、レインとキャンディも含まれている。
「えー? 属性ナシにできるのぉ?」
「あはっ。無理じゃな~い?」
「レベルも、たった9だぜ? ぶつけるほどの魔力値は無いんじゃないか?」
「かわいそー」
心ない者たちが嘲笑する中、アミは的に向けて腕を伸ばし、掌を翳した。
純粋な魔力をぶつけるというスキルは無いが、やってみるしかないだろう。
アミが掌に集中すると、目に見えない魔力のようなものを感じた。これでいいのかもしれない。アミは、見えないその塊を押し出すイメージを続けた。
その時、AIイリスが言った。
《マスター、許可を。照準は私にお任せ下さい》
アミは、またパーソナルAIが茶化しているだけだと思った。
ぐぐぐっと力を篭めながら、アミは投げやりに答えた。
「で、きる、なら、ね……!」
《――アクセプト。ギベオン・プログラムを起動します》
AIイリスが、何かを告げた。
アミの魔力が消費される感覚と共に、全ての元素が現出してひとつに融合した。
次の瞬間、七つに分かたれたそれが、純粋な力の奔流を射出した。
突風と衝撃波が渦となって巻き起こり、内部結界の縦横を駆け巡る。反射した風が通り抜け、アミに当たって激しく髪を揺らした。
風が収まった時には、標的は五本とも綺麗に的部分が吹き飛んでおり、文句なしの全弾命中であった。
後ろで笑う準備をしていたクラスメートたちも、誰もが唖然と口を開いていた。
「おお、これは……! 真に純粋な魔力……!」
その呟きが発せられたのは、普段喋らないマスター・アスターからであった。
「えっ……?」
アミが自分の手を見つめると、左手に付けたブレスレットが輝いていた。
気が付くと、赤、橙、黄、緑、青、紫、透明の光球がまわりに浮かんでいた。
七つの球体の中には、それぞれに花のような図形が光で描かれており、透明な球体にも光の図形が煌めいていた。
それは異世界アークヴァルトの元素理論とは異なる体系の力であったが、確かに元素融合による破壊の力によって標的が吹き飛んだのであった。