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一行は裏庭のガゼボに場所を移して、話を聞くことになった。
二人は、それぞれ別の国から来た悪役令嬢だった。
銀髪の大人びた美女の方は、アンフィトルテ・ニードルクラウドといった。
アドラス王国から来た公爵令嬢で、地球の乙女ゲーム『闇の王と雨降らしの精霊士』通称『雨ふら』の悪役令嬢として転生した、元地球人だ。
もうひとりの金の巻き髪スタイルの方は、フレイ・ビターブラッドと名乗った。
エバークラウン王国から留学した伯爵令嬢で、地球のネット小説『恋と魔法のお菓子屋さん』通称『恋菓子』の悪役令嬢だという。
ミラフェイナは、アンフィトルテの方のゲームは知っているようだった。
「思い出しましたわ! 『雨ふら』といえば、超人気ゲームでしたわ……! アンフィトルテ様も、2020年前後からいらしたのですね!?」
「え、ええ……」
何故かアンフィトルテの方がたじろぐ勢いで、ミラフェイナが目を輝かせた。
前世の自分が死んだ時点より未来人のリクとアミといると、どうしてもジェネレーションギャップを感じざるを得ないことを気にしているのだ。
そんなことより、とフレイが話を戻した。
「私たち、死亡確定エンドから逃れたくてこの学園に来たのに。キャンディ……あのイカレヒロインったら、信じられないことに追って来たのよ!? それもヒーローのガルディス殿下を連れて!」
フレイが青ざめながら説明し、頭を抱えだした。
一方のアンフィトルテは冷静に言葉を継いだ。
「私の方も同じです。シナリオにない国外の学園に転校したのに、あのレインは付いて来ました……。それも、ジョルムンド殿下を説得してまで……」
「キャンディにレイン……。そういえば、うちのクラスに居ましたわね……。アミ様をお笑いになったから、よく覚えていますわ」
クラスメートの顔と名前を思い出し、ミラフェイナが若干の怒りを抑えながら言った。
アンフィトルテたちが続けた。
「とにかく、追って来た時点で相手の『ヒロイン』も転生者だと気付きました」
「だから、ちゃんと言ったのよ。王子には興味がないから、邪魔もしないし好きにしてって。でも、信じてもらえなくて……!」
「どうしてもシナリオ通りに、私たち悪役令嬢を破滅させなければ気が済まないようなのです……」
彼女たちが話した具体的な内容は、実に陰湿なものだった。
基本的には被害の自作自演と加害の罪のなすりつけだ。
持ち物や衣服をめちゃくちゃに破損させる自作自演、階段から落ちて怪我をする自作自演、暴言を吐かれて傷付いた自作自演、お茶を自ら浴びて掛けられたと自作自演、などなど……。
「どこかで聞いたような手口ばかりですわね……」
祖国グランルクセリアの貴族学院でディアドラがユレナにされていた嫌がらせと全く同じだったので、ミラフェイナは呆れて開いた口が塞がらなかった。
「それで、殺されるっていうのは?」
と、アミが核心を突く。
「今は世間を騒がせてる、あのインクイジターって人もいて、少し前にあれだけ逮捕されて……。あまり悪いことできないような気がするんだけど……」
「確かに、あの大量逮捕で解放された悪役令嬢はラッキーです。正直、羨ましいくらいですわ。でも残った『ヒロイン』たちが、それで止まるとは到底思えません」
アンフィトルテが痛ましそうに首を振り、フレイが目尻に涙を浮かべながら答えた。
「私なんて、実家の領の水源に毒素を入れられたのよ!? そのせいで、たくさんの領民が病気になって……。それだけじゃないわ。お祖母様と小さい弟までもが、それが原因で亡くなったわ!」
フレイは涙ぐみ、アンフィトルテが背中をさすった。
あまりに凄惨な話に、アミはぎゅっと拳を握った。
「それは、間違いなく相手のヒロインの仕業なの?」
「もちろん、証拠はないわ。『恋菓子』にそんな展開はないし……。でも、だからこそ原作にないことをやるなんて転生者にしかできないと思ってるわ。どうあっても私を苦しめて、消したいのよ!」
「あなたが国を出たのは、家族や領民の人たちを巻き込まないために……」
「……そうよ。たとえシナリオから外れようとも、あの子……キャンディは絶対に悪役令嬢を殺したいのよ。……今残ってるほかの『ヒロイン』も、同じよ。むしろ、あの大量逮捕を生き残ってるからこそ、本当にヤバイと思った方がいいわ」
呼応するように頷き、アンフィトルテも言った。
「私も、何度も闇の精霊や盗賊に命を狙われています。闇の精霊は、『雨ふら』メインヒーローのジョルムンド殿下の隠し球……。レインはシナリオ通りに殿下を虜にして取り込み、婚約を破棄させるために私を亡き者にしようとしているのです」
「……分かった。二人とも、助けが必要なんだね」
話を聞いたアミとミラフェイナは、後日二人を『フリーダム』に連れて行くことを約束した。
ガゼボから出てくるアミたちを校舎の陰から見つめる人物がいた。
席を外してほしいと言われ、先に帰ったと思われていたスピリニラだ。
「……大丈夫みたいね」
呟いて、スピリニラは見付からないように身を引っ込めた。
「アンフィトルテ公女、フレイ嬢……。あの人たちも死ぬ……。アミ・オオトリ……、あなたは何なの?」
アミとミラフェイナは、アンフィトルテたちと一緒に昇降口へ向かうようだ。
隠れて一行をやり過ごしてから、スピリニラはアミの後ろ姿をしばらくの間見つめていた。
ある日の朝のことだった。
アミを預かっている後見人ヘイデン伯爵家所有のタウンハウス。
朝食に向かう途中で、アミはヘイデン家の娘エリー・ヘイデンの叱責を受けていた。
「ちょっと、聞いたわよ! あなた、無属性だってことがバレたんですって!?」
「えっ……。う、うん……。そうだけど……」
アミはいきなりのことで、返事がしどろもどろになった。
「本当に使えないわね! あなたを預かっているのがヘイデン家だってこと、貴族の間では知られているのよ!? この私に恥をかかせて、ただじゃおかないわ!」
どうやらエリーの話によると、貴族科でアミはグランルクセリア王国聖女のおまけだとして馬鹿にされているらしい。そのせいでエリーは肩身の狭い思いをしたということだった。
「ご、ごめん。でも、私自身は無属性でも、付与は全属性できるんだよ。だから……」
「言い訳なんて聞いてないわ! あなたみたいな穀潰しに出す食事なんてあると思わないことね!」
「お、おい。エリー」
騒ぎを聞きつけてダイニングルームから出てきたヘイデン伯爵が、何事かとエリーを宥めて声を掛けた。
「あんな子を預かっても、家門にはデメリットしかないじゃない!」
「しかしな、エリー。本国の王家とローゼンベルグ公爵家は、何故かあの子を認めているんだ。追い出す訳にもいかないんだよ」
「……っ」
ヘイデン伯爵の言葉を聞いて、アミは愕然とした。彼も、本音では娘と同じ考えだということだ。
リクと一緒に整えてきた下地も、たいそうな肩書きがなければ意味をなさないようだった。
「ごめんなさい、エリーさん。ご迷惑を……」
「本当よ! あなたの存在は、迷惑でしかないわ! 今すぐ消えて頂戴っ!」
「……分かった。じゃあ、私はもう出発するね。今からなら、歩いて間に合うと思うから」
アミは、エリーには始めから嫌われていた。毎日の登下校時の馬車でも気まずいだけだった。食事が出ないのであれば、その時間をひとりで歩いた方がいいというものだ。窓から街の景色を見ていたので、道は分かっている。
ちなみに、前日の夕食もアミには出ていない。昼食の学食費用も特に支給されている訳ではない。
「ちょっと!」
行こうとするアミを、エリーが慳貪に睨み付けた。
「あの聖女やローゼンベルグ令嬢に告げ口したら、分かってるんでしょうね?」
「……分かった。言わないよ。でも嘘はつけないから、聞かれたら答えると思う。聞かれない限り、言わないよ。それでいいかな?」
エリーは何も答えなかった。ヘイデン伯爵も、娘の仕打ちを止めることもアミを引き留めることもなかった。
「何よ、あの態度!」
アミが去った後、エリーは嫌悪の言葉を吐いて怒りを露わにした。
キャンディとレインはかなりキチってるヒロインのようです。
アミもヘイデン家での生活は、雲行きが怪しくなってきました……。
(最初からですが……)
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【雨ふら】乙女ゲーム ←New!
・ヒロイン:レイン
・悪役令嬢:アンフィトルテ アドラス王国の公爵令嬢 ←New!
・攻略対象:ジョルムンド王子 アドラス王国王子 ←New!
【恋菓子】ネット小説 ←New!
・ヒロイン:キャンディ
・悪役令嬢:フレイ エバークラウン王国の伯爵令嬢 ←New!
・メインヒーロー:ガルディス エバークラウン王国王子 ←New!