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多方面の情報に詳しいディアドラが発言した。
「……カレン・スィードといえば、神聖星教会の大看板にしてインクイジターの側の人間です。新学期初日の大量逮捕や40人裁判といい、もしかしたらカレン・スィードがこの学園にいるのも、何か作為的なものかもしれませんね」
グランルクセリア王国でヒロイン裁判が開廷された時も、カレンはその場に居合わせている。
情報ギルドの発行する新聞によれば、この半年間で東大陸各国で勃発した裁判騒ぎでも『星河の巫女』が目撃されている。インクイジターと行動を共にしていると見ていいだろう。
「あら、それならラッキーじゃない。インクイジターが性悪ヒロインを駆逐してくれるなら、私たちの心配事が減るわねぇ」
「……インクイジターのターゲットが、それだけとは思えない……」
エクリュア王女の言葉に反論するでもなく、リクがぼそりと呟いた。
すでにアミが二度も裁判に巻き込まれ、インクイジターに認知されている。このまま何もないと思うのは楽天的すぎる。
呟きを拾ったエクリュアは、それを軽視せずにしっかりとフォローを入れた。
「大丈夫よ。あなたも、アミ・オオトリも、あのユレナみたいな性悪ヒロインとは違うってこと、ここにいる私たちは知っているわ。インクイジターのターゲットには、なり得ないわよ」
「だといいのだけれど……」
リクは手放しには同意できなかった。
こんな時に意見を言ってくれそうなミラフェイナがいない。リクは顔を上げて、食堂の壁掛け時計を見た。
「アミたち、遅いな……」
「今日は移動教室の日ではないですか? 魔法魔術科は遠いですから、午後一が移動教室だと余裕がないのかもしれません」
各科の自治区にも学食食堂や商店街の店はある。今日の昼食は、そちらで済ますのだろう。
イングリッドの言葉に、リクは「そう……」と薄く答えた。アミの様子は、後でミラフェイナに聞くしかないだろう。
リクはアミを待つためにAランチのミートボールセットに手を付けていなかったが、来ないと分かったらフォークを持って食べ始めた。
イングリッドもリクに合わせていたため、一緒に食べ始めた。
次に、エクリュア王女がもうひとりについて話し始めた。
「それから、ブリジット嬢の方は私が声を掛けたの。初日に逮捕された唯一の新入生を覚えてる? アリシア・オーウェン。入学式の時、逮捕されるのを見てから気になってたのよね。『Fantasy×カレシ』……いわゆる『F彼』っていうアプリゲームなんだけど、ブリジット嬢はその悪役令嬢だったってわけ」
「捕まったヒロインということは、もう……」
シエラが察して言った。
40人裁判を受けた『ヒロイン』たちは、ひとりの例外もなく有罪が確定している。それぞれの国に強制送還された後、処断されている頃だろう。
「そ。嫌がらせしてくるヒロインがいなくなって万々歳と思いきや、実は、別の問題が発生したみたいでね」
「というと?」
皆が興味を持ってブリジットの方を見ると、彼女はどこか言いづらそうにして視線を泳がせながら言った。
「そ、その……。『F彼』がマイナーなのであまり知られていませんが、実はスピンオフの18禁ゲームが存在するのです……」
その単語に、全員の動きが停止した。
「じゅ、18禁!?」
聞いていた『フリーダム』メンバーが大合唱して尋ねた。
「……それも、男性が主人公のそういうゲームです……」
非常に言いにくそうに、半ば青ざめながらブリジットが言った。
「ジューハチキンとは何だ?」
「聞かないで頂戴っ!」
果汁ジュースを飲みながら空気を読まずにレナードが尋ねてきたため、エクリュア王女がすかさず一喝した。
口にするのも憚られるのか、なおも言いづらそうにするブリジットの肩にエクリュア王女が手を置いて元気付けた。
「大丈夫よ。今度からは、私たちが付いてるわ」
「……は、はい」
ブリジットは頷き返し、続きを語った。
「そちらのタイトルは下品すぎて言えませんが、内容は断罪された悪役令嬢を好き放題に調教するというもので……。その男主人公もアリシアに唆されて、この学園に来ているのです」
「ナ、ナンデスッテー!?」
エクリュアとブリジットを除く全員が、心の背景に稲妻を疾らせて驚愕の声を上げる。
「が、学生なのですか?」
シエラが半信半疑で尋ねた。断罪された悪役令嬢を何らかの形で引き取るとして、汚い大人のイメージがあるのだ。
「残念ながら、同い年の貴族科一年生よ。隣のクラスだけど、何度もブリジット嬢に言い寄っていたわ」
エクリュア王女が貴族科で見たことを思い出し、舌を出して「うげー」という顔をして言った。
シエラが部外者の方を気にしながら、小声でひそひそとエクリュア王女に尋ねた。
「その方は転生者なのですか?」
「調査中だけど、まだ分からないわ。仮に今、記憶がなくても、そうでないとは言い切れないでしょうし……」
「それもそうですね」
納得したシエラが、エクリュア王女と頷き合う。
「……という訳で、ブリジット嬢は『フリーダム』で保護するわ! 異論ある人はいるかしら?」
誰もが首を振る。皆の賛同は得られたようだ。
「具体的には、どうなさるのですか?」
シエラの問いを受け、エクリュア王女はディアドラに視線を送った。
「この国で護衛の相談なら、ディアの旦那様に依頼したらどうかと思うのだけれど。どうかしら?」
エクリュアの言うディアドラの旦那様とは、言わずと知れたこの国の大公シェイドグラムである。
話を理解したディアドラは照れてごほん、と咳払いをしながら言った。
「旦那様……というのは、まだ先の話なので語弊がありますが……。護衛の紹介程度なら、承りますわ」
「た……助かりますわ、フラウカスティア令嬢。学園内のことで、もう本当に困っていて……! 婚約者のオーバン王子もシェローム王国に帰ってしまわれて、どうしたらよいかと途方に暮れていたのです……!」
「心中お察ししますわ」
ブリジットは泣きそうになりながらディアドラの手を握ると、ぶんぶんと手を振った。必死になるほど、18禁版の男主人公がしつこいらしい。教室の中には護衛も入り難いため、無理もないとはいえる。このような案件には、影の護衛が必要だ。
シェイドグラム大公が闇ギルドの主であることは、表向きには知られていない。この場ですら知る者もいないだろう。
それでも学園に入り込める程度の影であれば、表向きの人材として紹介することも可能だ。
ディアドラは、すでにシェイドグラム大公の仕事を闇ギルドのものも含めて書類処理程度ではあるが手伝っている立場だ。秘密を明かさない程度に、友人を助けるくらいは許可されている。
とはいえ慎重に言葉を選びながら、ディアドラは皆に接していた。
話がまとまり、エクリュア王女が音頭を取る。
「今日は魔法魔術科のメンバーがいないから、今度の集会で正式にみんなに紹介するわね」
「悪役令嬢やモブ令嬢を支援して下さるなんて、ありがたいわ。もっと早く存在を知りたかったです。グランルクセリアの皆様が、羨ましい限りですわ」
「ほ……本当に、そうですね。他の国々では『ヒロイン』のすることに怯えるばかりで、エクリュア姫のような行動力のある方はいないかもしれません……」
「怯える必要なんてないのよ! 原作シナリオに従う必要なんてどこにもないわ。ここは現実の世界なんだもの」
皆が、エクリュア王女の言葉に心から同意した。
こうしてテレジアとブリジットが、『フリーダム』のメンバーに加わるようだった。
リクはひとり、黙ってAランチを完食していた。
魔法魔術科組が来ないと分かってから、リクは話に参加していない。まるで興味をなくしてしまったかのように。
皆が驚くような話の場面でも、リクだけは無言だった。
(アミさんを心配しているのでしょうか……?)
リクは、ポーカーフェイスだ。表情の読み取り難い横顔を見て、イングリッドは不思議に思うのだった。
「18禁」に反応しない、鉄のメンタル。
アリシアとオーバン王子は第二部第二章3話に出てますので、
忘れてしまった方は読み返してみて下さいね!
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【F彼】
・ヒロイン:アリシア ✖死亡 ←New!*情報更新
・悪役令嬢:ブリジット シェローム王国の侯爵令嬢 ←New!
・攻略対象1:オーバン王子 シェローム王国王子 国に帰った
・男性向け18禁版主人公:??? ←New!




