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金色の鳥の正体は、カレンが飛ばした符術の光だった。
「――封呪!」
金色の鳥が五つの光に分かれ、三体のマイアズマ・スライムを取り囲んで閉じ込めた。瘴気の漏れと拡大が完全に停止した。
この時点でどちらに軍配が上がるかは明白だったが、それでもまだ魔物を消滅させた訳ではない。リクは自分の呪文が失敗した以上、マリアーネの尻を叩かねばならなかった。
「マリアーネ! まだ間に合う!」
「……っ」
呆気に取られていたマリアーネが、ハッとして我に返った。
飛ばした呪符は、術者と対象を繋ぐための架け橋となる。カレンが遠隔で神聖魔法を唱えていた。
「『神聖なる星の海に我を捧ぐ
彼方と此方 暁と黄昏 光と闇と時を超えし絶対者
三つの幻を払い 真実の光を示し給え』
――『ディヴァイン・サンクチュアリ』!」
「間に合えっ……、『セイクリッド・ウェーブ』!」
間一髪、マリアーネの呪文が滑り込む。
二人の魔法の完成は、ほぼ同時だった。
聖なる波動が炸裂し、目映い光が修練場全体を覆った。
光が収まる頃には、闇のヘドロの魔物はすっかり消え失せていた。
「終わったようですね」
いつでも生徒を助けられるように瓶の封印術を準備していたプラサード司祭が、その必要はなくなったと判断して瓶を懐にしまった。
クラスメートたちが歓声を上げる。
「すごい……! さすがカレンさん!」
「チェスター嬢も凄かった!」
「でも最後は結局、どっちの攻撃が通ったんだ……?」
口々に呟く生徒たちの前を通り、プラサード司祭が内部結界の中へと入ってきた。そして今回の実習に参加した生徒たちを順番に見渡した。
中心部にいるリクとマリアーネ、そして少し手前にいるイングリッド。さらに手前の補佐クラスメートたちと一緒にいるカレン。
プラサード司祭が総括して言った。
「まず、いち早く瘴気の脅威に気付き、空間浄化を行ったイチジョウさんとリヒタール嬢は、判断が早かったです。実戦では、この正確な判断が重要となります。周りをよく見ていますね。二人に追加点です」
思いのほか称賛を受けたので、イングリッドが驚きながらも輝くような笑顔で喜び、リクの方へと手を振った。
「神学科に転向して、初めて褒められました! リクさんのおかげです」
それはよかった、とリクはグーサインで返事をする。
担任の総括は続く。
「次に、チェスター嬢」
名前を呼ばれたマリアーネは、にわかに硬直した。自らの失策は自覚しているようだ。
「中級神聖魔法で魔物の足を止めたところまでは良かったです。ですが、瘴気の拡大速度を見誤りましたね。あなたのような、強い聖属性を持つ者にありがちな失敗です。戦闘聖女としては、大失態ですよ」
「はい……。すみません」
(何よ……。最後は間に合ったのに)
叱咤され、マリアーネは萎縮してしまった。まさか反省していないとは、誰も思わない。
「……今回のように、有利な資質が徒となる場合もあるのです。他の皆さんも、肝に銘じるように。……返事は?」
生徒たちに「はーい」と返事をさせてから、プラサード司祭は次の評価に移った。
「最後に、スィードさん。文句なしの加点です。やはり、さすがですね。協力者への指示が的確でした。浄化コントロールを確実にすることで、皆の安全を確保すると共に自分の遠隔詠唱の時間を稼ぎました。最後の神聖魔法も素晴らしかったです。あなたほどの人が、巫女であるのがもったいないですね。……神官になるつもりはないのですか?」
絶賛といってもいい評価を受けて尋ねられ、カレンは恐縮して首を振った。
「神官にと……、よく皆様に仰って頂くのですが、私はもうしばらく神の声を聞いていたいのです」
「それは素晴らしいですね。追加点」
謙遜したカレンの答えにも、プラサード司祭は大変に満足したようだった。
「それから、ディヴァイン系の呪文ですが……」
加えてプラサード司祭は、これ見よがしにマリアーネとリクに視線を送りながら言った。
「成功率が低いと一部の術者には敬遠されていますが、実はそんなことはないのですよ。先ほどのスィードさんを見て分かったでしょう。他の神聖魔法とは、比べものにならない力があります」
カレンが唱えた呪文は、ディヴァイン系の上級神聖魔法だった。直前にリクが失敗した呪文の上位版だ。
成功率が低い訳ではないとの説明に、リクは首を捻る。
「……それなら、どうして私のは失敗したんだろうか……」
「二人とも、どうしてだと思いますか?」
逆に問われたリクは、さらに首を捻って体を横に倒す勢いで悩んでしまう。マリアーネは、屈辱そうな表情で押し黙る。
「……分かりません」
リクも、正直に首を振るしかなかった。
二人の反応を見て、担任は溜息を吐いた。
「では、成功者に聞いてみましょうか。……スィードさん、二人がディヴァイン系に躓いているのは何故だと思いますか?」
すると、カレンは申し訳なさそうに言った。
「あのう、先生。ご質問と違って恐縮なのですが……」
「何でしょう?」
「巫女には修行者と同じ非暴力の戒律がありますので、そもそも私は他の攻撃魔法は使えませんのだ……です」
非暴力の戒律とは、大きくは殺生の禁止である。それ以外にも、他の生き物を傷付けたり害を加えてはならないというものだ。
もちろん、そんなことは司祭であるプラサードは承知の上だろう。リクとマリアーネや他の者に聞かせるため、知っていて聞いたのだ。
カレンの答えに、イングリッドや他のクラスメートたちも驚きを隠せない。
「つまりカレンさんは、ディヴァイン系しか使えないということですか?」
「……はい。攻撃魔法に関しては」
イングリッドの質問に、カレンはゆっくりと頷いた。
「それって……!」
「逆に凄いぞ……!」
沸き立つクラスメートに、カレンは粛々と
「巫女は本来、戦うものではありませんから……」
と、言った。
プラサード司祭は感心して頷きながら、話を戻した。
「加点しましょう。では何故、ディヴァイン系は使えるのですか?」
「行為者は神だからです。ディヴァインは、神と至高者に結果を委ねられますので……。ですから、使えるという表現が正しいかどうか……」
「最高に素晴らしい答えですね。加点が足りませんでした」
担任は、先ほどから何度目か分からない加点をカレンにしている。
「行為者は神……。どういう意味だろう」
リクがなおも首を捻っていると、近くに来ていたイングリッドが言った。
「ディヴァイン系は呪文を唱えるのは自分の口や身体ですけれど、その魔法を使うのは神様ということですね。ほら、呪文の最初に『聖なる御足に捧ぐ』や『星の海に我を捧ぐ』とあるでしょう? あれは、単なる言葉だけではダメということじゃないでしょうか」
「今の説明は、適切でした。リヒタール嬢にも追加点」
「あっ、ありがとうございます……」
更なる加点をもらえて、イングリッドが嬉しそうに輝いた瞳でリクを振り向いた。
友達が嬉しそうで何よりだったが、今回リクはいいところがなかった。アミが同じ学科だったとしたら、もっと格好付けなければならなかっただろう。反省点である。
プラサード司祭が、最後の解説をして総括を締めくくる。
「他にもディヴァイン系が使えない者は多いでしょう。神そして至高者に誤魔化しは通用しません。ですが今、使えないからといって諦めてはいけません。……特にイチジョウさん、そしてチェスター令嬢。あなた方は神々の恩寵によって聖女たり得ているのです。そのことを忘れなければ、いずれ神々もお認めになるでしょう」
リクは理解した。おそらく、ディヴァイン系には信仰心が不可欠なのだろう。地球からの転移者であるリクには難しいかもしれない。勇者と聖女のチート能力を与えてくれた、〝名前の読めない神〟には多少感謝もしているが――。
それは、どうやら地球の記憶があるマリアーネも同様らしい。彼女が非常に面白くなさそうな顔をするのを見て、リクはそう分析した。
“名前の読めない神”、久しぶりに出てきましたね。
第一部第二章の始めにリクのスキルの最後に『――神の加護』とあったものです。
アークヴァルトに来る前の、狭間の空間で逆さはてな男が言っていた神のことです。
語りべサイドでは、悪しき神と言われています(第一部終章『まくあい語り』参照)。
こちらの正体についても、そのうち出てきますのでよろしくお願いします!
◆明日も更新します!
連続更新のお知らせなど、今後の更新情報のためにもブクマお願いします
m(_ _)m




