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何やら盛り上がっているリクやマリアーネたちの方を見ながら、カレンの方も密かに溜息を吐いていた。
「学園で我が物顔のヒロインたちに、汝らの美しさと実力を見せつけてやれ」
インクイジター・ラビは、カレンとシプリスを送り出す時にそう言った。
時期的には、リクたちより少し前にアムリタ統合学園へ転入していたカレンたち。ラビの指示通り神学科で実力を発揮し、多くの『ヒロイン』たちを焦らせ嫉妬させた。
その結果、神学科に在籍していた多くの『ヒロイン』に禁断の『魅了』を使わせることに成功し、大量逮捕の半分を占める検挙数となったのだ。
おかげで残った『ヒロイン』たちは限られている。カレンは神殿側の顔として、またインクイジターの切り札としても『ヒロイン』たちと対峙しなければならない立場にある。
ラビはまた、大量逮捕の網に引っ掛からなかった残りの『ヒロイン』の方が厄介だとも言っていた。ここからが本番なのだ。
カレンは、リクの方をちらりと見た。大人しく見える例の異界人も、新学期初日の一件で凶悪な面があると分かった。リクが学園長室に乗り込んだ一件のことだ。友達を助けるためとはいえ、手段を選ばない性質は脅威と言える。
グランルクセリア王国で初めて相見えた時も、リク・イチジョウは『法廷』やインクイジターに敵対行動を取った。あの時は武闘派で戦闘力の高い『無限の巫女』セミュラミデがいなければ、どうなっていたか分からない。
(あのリクって子、正直言って怖いのだ……。でも……私が表に立たないと、シプリスが目を付けられたら……)
シプリスも神学科の初等部にこっそり転入してきている。『ヒロイン』の調査と称して、独自に何かをやっているらしい。万が一にも『ヒロイン』たちの目からシプリスを逸らすためにも、カレンはある程度の脚光を浴びる必要がある。
「カレンさん! 自分も手伝いますっ」
「私も!」
「あ、ありがとうございます……」
数人の生徒が、カレンの補佐を名乗り出た。カレンはそれをありがたく受けながらも、内心困ってしまう。元々、巫女は前に出て戦うようなものではない。
カレンは懐の法呪符を確認すると、内部結界の中へと踏み込んだ。
「さぁ、皆さん。よく見ているのですよ。本物の浄化の光を」
プラサード司祭が内部結界の中央で瓶の封印を解き、後方へ退いて結界の外へ出る。討伐実習の監修はするが、あくまで生徒たちに任せる考えのようだ。
封印から解かれ、内部結界の中心に不気味な汚泥の魔物が三体現れた。
「ひぃっ!」
「き、気持ち悪い……」
驚いた生徒たちが悲鳴を上げた。
意気込んで内部結界に入っていた生徒たちも、魔物の姿を目にすると後ずさりをして震えた。
「ううっ……」
「も、もう瘴気が……?」
何人かの生徒が同じようにして口元を抑えるのを見て、リクは聖魔法の詠唱を止めた。
――似ているのだ。魔の森でドラゴンゾンビと遭遇した時と。
詠唱をやめたリクに、イングリッドが気付く。
「リクさん?」
「……先に瘴気の対策をするべきだ。イングリッド」
「はい!」
イングリッドは頷き、二人で浄化魔法を展開した。
「『エリア・ピュリフィケーション』」
リクとイングリッドを中心に、清浄な空気の膜が数メートルに渡り発生した。これでしばらくはもつだろう。
「こんなの楽勝よ! 『ホーリー・スパークル』!」
カレンにもリクにも対抗心を燃やすマリアーネが飛び出し、聖属性の攻撃呪文で魔物の足を止めた。その隙に、マリアーネは中級神聖魔法を唱える。
「『清浄なる水よ! 神聖な光を纏いて邪を討ち祓え!』――『ダズリング・ウォーター』!」
浄化の力を持つ水が降り注ぎ、黒い魔物を三体同時に穿っていく。カレンどころか他の者に活躍の機会を与えないつもりだ。
ふふん、と先手を取って得意気にしていたマリアーネが、ある境界を越えたところで急に立ち止まった。
「こ……これは……!」
リクやマリアーネなどの聖属性持ちは元々強い聖気を纏っているため、ある程度の濃度の瘴気は個人的に撥ねのけてしまう。
そのため、マリアーネも直前まで何ともなかった。そうして前に出すぎたのだ。
マリアーネが咳き込みだし、何とか神聖魔法を維持しながらも完全に足を止めてしまう。
「まずい」
ここは頼んだ、とリクが駆け出した。
「リクさん!?」
残されたイングリッドの声が、背中から遠ざかる。
今のマリアーネの位置では、彼女の聖魔法攻撃が途絶えた瞬間にマイアズマ・スライムが再生して返り討ちに遭う可能性がある。
幸い、イングリッドと展開した浄化空間は自分の周囲ならしばらく効果が続く。今のうちにマリアーネを回収しなければ危ない。
リクが中央に駆けて行くのを見て、カレンは補佐のクラスメートたちを振り返る。
「皆さんは、この場の浄化をコントロールして下さい。風属性の結界を応用して、浄化の効果を保たせるのです。……あの二人の浄化エリアが消える前に!」
「分かりました!」
風属性持ちの補佐たちが協力して風の結界を広範囲に展開させると、残りの補佐たちが内側の空間に『浄化』を展開していく。
カレンはその間に、法呪符を取り出して術の準備をした。
前方では、リクがマリアーネに追いつき、彼女を浄化された空気の範囲に入れた。
「……ぷはっ!」
まともに呼吸ができるようになったマリアーネが対処を誤ったことを悟り、目尻に涙を滲ませた。
事態はギリギリのラインである。リクが厳しい言葉を掛けた。
「そのまま神聖魔法を維持」
「も、もう限界よ……!」
「できなければ、私たちがやられる」
リクも神聖魔法の詠唱を開始した。マリアーネの神聖魔法だけでは、魔物を削りきる決定打となっていないからだ。
「『聖なる御足に捧ぐ 降臨の宴 光と叡智のクリアライト』……」
リクの詠唱を聞いていたマリアーネが、一瞬意外そうな表情でリクを見た――が、黙って水の神聖魔法を維持した。
そして呪文を完成させたリクが、前方に手を掲げた。
「……『ディヴァイン・グリッター』!」
――しかし、何も起きない。
「……!?」
「バカ!」
やっぱり、という顔をしてマリアーネが叫んだ。リクには、どういうことか分からない。呪文は間違っていなかったはずだ。
自分の掌を見つめるリクに、マリアーネが言った。
「あなた、転移者だから知らないのね。ディヴァイン系の呪文は、成功率が低いのよ!」
「そうなのか……?」
「そうよ! 私だって成功しないもの!」
慌てる二人の横を、金色の光が通り過ぎた。飛翔する、光の鳥。
リクは、それを見たことがあった。
半年前のグランルクセリア王国で『ヒロイン裁判』が起こった時だ。
『法廷』に乗り込もうとしたリクに立ちはだかった巫女セミュラミデに付与が施された時も、あの金色の鳥が飛んでいた。
リクが振り返る。やはり、彼女だった。




