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はじまり語り  ◎★


 ――異世界転生や、異世界転移というものをご存知だろうか。


 普通に生きていた人間が、死をきっかけに別の世界に転生すること。あるいは、ある日突然時空の穴や門を通って別の世界に迷い込んだり、または召喚されたりする事象のことだ。


 それらは偶然であることもあるが、特定の神々や魔神の仕業であることもある。


 では、彼女たちはどうだろうか。




 語りべの前に開かれた大きなモニターには、とある世界の出来事が映し出されていた。








 絢爛なパーティー会場のなか、ざわめく観衆の注目を浴びながら彼女らの物語は進行していた。


「ユレナ嬢への数々の嫌がらせに加え、彼女を階段から突き落として害そうとした罪。よもや忘れたとは言うまいな!」


「……忘れるも何も、私は何もしておりません」


 白皙の顔相を怒りに染めている青年が、ユレナと呼ばれた令嬢をその腕に庇い、ひとりの女性を追及している。


 ある男が何の騒ぎかと近くの客に尋ねてみれば、声を荒げている青年はこの国の第二王子クリスティン・ツォルド・グランルクセリアであるという。


 追求されているのは、第二王子の婚約者である伯爵令嬢とのことだった。庇われているユレナ嬢とやらの方は、社交界で話題の子爵令嬢らしい。


 どんな話題か。つまり、略奪愛である。


 その場には第二王子に賛同し、伯爵令嬢の罪を信じて疑わない者たちもいた。それぞれに大臣の息子や有力貴族の嫡男、由緒ある騎士家門の子息と、身分の高い者ばかりだった。


 彼らもまた、ユレナという子爵令嬢に心を奪われていた。


「しらばっくれる気か!」

「貴女がユレナ嬢を突き落としたところを見たという目撃証言もあるのだぞ!」

「先日ユレナ嬢を襲おうとした暴漢も、貴女によく似た令嬢に金を積まれたと証言しています」


 賛同者の一人が証拠とばかりに報告書を提示する。

 勝利を悟った第二王子が高らかに宣言する。


「――ディアドラ・フラウカスティア。今この時をもって、貴様との婚約は破棄する! 私はこのユレナ・リリーマイヤー嬢と新たに婚約し、君のような悪女から守るとしよう」


「クリスティン様……!」


 感激の涙を流すユレナが密かに一瞬、口元を歪めたのに気付いた者がどれだけいるだろうか。否、面白いほどに誰も気付かない。


 ディアドラを見下ろすユレナの顔には、いじめられていたとは到底思えないどす黒い笑みが浮かんでいた。


 婚約破棄を言い渡され、蒼然とその場に崩れ落ちる伯爵令嬢ディアドラ。


(どうして……。この時のために、ユレナ様には極力近付かないようにしていたのに……!)


 長年の努力もむなしく、恐れていた展開になってしまったことを彼女は知る。


 何故、恐れていたのか。それは彼女がシナリオを知る『転生者』だからだ。




「……ま、間に合わなかったですわ……!」


 その時、会場の入口に駆け込んできた一団があった。有力貴族であるローゼンベルグ公爵の娘ミラフェイナと、彼女が仕えるという噂の異界人の女の子二人。『光の乙女』として召喚されたリクと、異界魔術師のアミだ。


 ディアドラとミラフェイナは子供の頃からの友人だ。


「ディア!」


 ミラフェイナたちがディアドラに駆け寄り、リクが彼女を助け起こした。


「大丈夫? ……これが、あなたたちの言っていた婚約破棄というやつ?」

「ええ……。そうね。ついに来てしまったようです」


 ディアドラに外傷はなかったが、心も無傷とは限らない。


「こんなのってひどいよ。みんなでよってたかって……。婚約者なのに……っ」


 アミがユレナの信奉者たちに苦言を呈した。ディアドラを取り囲んでいたのは、婚約者である第二王子を含めた攻略対象と呼ばれる男性五人に加え、ユレナの魅力に落ちてしまったその他大勢である。


「はあ? 外野は黙っていろ」


 大臣の息子が凄みを利かせてアミを睨み付けた。びくりと肩を震わせたアミの前にリクが立つ。


「そっちこそ。王子様はともかく、何の権利があってこんなことを」


 『光の乙女』という肩書きのリクに睨み返された大臣の息子は、思わぬ眼光の強さに黙り込む。


 かなり憔悴している友人のディアドラを見て頭にきたのか、ミラフェイナは第二王子を睨み付けた。


「このような祝いの席で婚約者にひどい仕打ちをするなんて。王族としてあるまじき行為に思えますわ」


「何だと? これは私とディアドラの問題だ。いかに第一王子(あにうえ)の婚約者で公爵令嬢といえども、まだ婚礼前で王族でもない身で私に意見しようというのか?」


「……っ」


 ミラフェイナは歯噛みした。第二王子の言う通り、王族に指図できる者などいない。


「クリスティン様ぁ……。私、あの方が怖くて怖くて……」


 涙ぐむユレナの腕には痛々しく包帯が巻かれており、第二王子は彼女を気遣うように抱き寄せた。


「ああ、こんなに怯えて……。もう心配はいらない。全て私に任せておけ」

「クリスティン様ぁ♡」


 やたらとハートマークを撒き散らす二人を前に、リクは当事者であるディアドラに意向を尋ねた。


「どうしたい?」


 それは、事と次第によっては協力するということだ。しかしディアドラは首を振る。


「悪役令嬢ですもの。することは決まっています。ですが、あなたのお手は煩わせませんわ」


 ディアドラはコツリと靴音を響かせて単身前へ進み出ると、優雅なカーテシーを披露した。


「――クリスティン様。その婚約破棄、慎んでお受け致します。どうかお幸せに」


 たおやかなその姿は花のように美しく、観衆の視線を釘付けにした。

 ディアドラは婚約破棄に一度はショックを受けたものの、それを受け入れて微笑んでみせた。


「さようなら、クリスティン様」

「…………ッ」


 ディアドラの聖母のような微笑みに、クリスティンが不意に圧倒された。それが面白くないユレナは、何事かを第二王子の耳元に囁いた。


 立ち去ろうとするディアドラを指差し、第二王子が手を挙げた。


「衛兵、あの女を捕らえよ! 未来の王子妃を殺害しようとした罪で投獄する」


 瞬く間に槍を持った衛兵たちが伯爵令嬢ディアドラを取り囲んだ。そばにいた親友の公爵令嬢ミラフェイナが抵抗する。


「おやめ下さい! 冤罪ですわ! ディアは学園でも、ずっとわたくしと一緒におりましたのよ? そんなこと、できるはずがありませんわ」


 しかし第二王子は歯牙にもかけない。


「ハッ。どうせ取り巻きか下女にやらせたんだろう。どちらにせよ、すでに証言も証拠もある。今さら覆らんよ」


 賛同者の貴族子息たちも同様だった。伯爵令嬢を嘲る笑みを浮かべ、または敵意のある視線を向けていた。


「冤罪などと、よくもぬけぬけと!」

「そんな女を擁護しても、公爵家のためにならないぞ」

「友人は選ぶべきだと忠告するよ」

「な……っ」


 逆に忠告を受けたミラフェイナは、あまりのことに二の句が継げない。


 誰も彼も、子爵令嬢ユレナ・リリーマイヤーに傾倒していた。傾倒するあまり、完全に目が曇ってしまっているのだ。


 衛兵たちがディアドラを後ろ手に拘束する。それを止めようとするミラフェイナと、別の衛兵が揉み合う。


「おやめなさい! ディアは無実ですわ! 先ほどから冤罪だと申しているでしょう。……ちょっと、お放しっ!」


 ユレナの傾倒者たちは、誰も取り合わない。

 第二王子は公爵令嬢たちを無視し、ユレナに手を差し伸べた。


「さあ、行こうユレナ嬢。あの悪女の始末は彼らに任せよう。このような場所に、君を置いては行けない」


「はぁいクリスティン様♡」


 シナリオの悪役令嬢に背を向け、ヒロインは第二王子に腕を絡めて立ち去ろうとする。ユレナの傾倒者たちも後に続く。






 密かにほくそ笑むヒロイン、ユレナ。彼女を放っておけないのは、こちらの男も同じだった。


 三者目の出番だ。


「――冤罪とは……聞き捨てならないな」


 退場しようとする二人を呼び止めたのは、白い聖者装束に身を包んだ男だった。珍しい薄紫色の髪に、青い右目と金の左目のオッドアイ。そして限りなく左右対称に近い完璧な美の相貌は、見る者の目を奪うに余りある。


「だ、誰?」

「さあ……?」

「あの格好は神官じゃないのか?」

「神官様……?」


 ひそめきあう観衆の間を割って、男は第二王子とユレナに近付いていく。


 男はこの世界の生まれだが、全ての事情を知っていた。異世界に存在するゲームや小説のこと、ヒロインや悪役令嬢、その他シナリオの知識もだ。


 ゲームに出てこない相手を前に、ヒロインがどのように出るかを見極めるべく。男が視線を向けると、ユレナは明らかな猫撫で声を発した。


「神官さまぁ。まさか私を助けに来てくれたの? 嬉しい……♡」

(な……なんって美形なの! クリスティン様よりかっこいいじゃない……!)


 第二王子の目の前だというのに、別の男に媚びるような仕草をする子爵令嬢。周囲はにわかに呆気に取られた。


 神々に与えられた力でヒロインの心が読める能力を持つ男は、笑いそうになるのを堪えていた。第二王子を本当に愛しているのなら、この反応はないだろう。さしもの第二王子本人も少し引いている様子だ。


「そ、そうか。あの悪魔のような女から私のユレナ嬢を救いに来てくれたのだな。それはありがたい。あの悪女には、まさに悪魔が取り憑いているやもしれないからな!」


 第二王子はがばりと振り返り、仰々しく後ろのディアドラを指差した。すでに拘束されているディアドラは、鋭い瞳でただ静かに佇んでいた。


「悪魔……ね」


 男は意味深な笑みを浮かべ、ゆるりとヒロイン・ユレナに近付いた。


「神官さま♡」


 絶世の美貌が顔を近付けてきたことで舞い上がるユレナは、次の言葉で凍り付くことになる。


「すまんが、その『魅了』の力は私には効かぬぞ」

「え……っ?」


 耳元で告げられた言葉に、ユレナの顔色がサッと青くなった。そんなヒロインを置いて、男はくるりと振り返る。


「さて冤罪の話であったな。汝らは双方から話を聞いたのか?」


 皆が顔を見合わせるなか、ディアドラの友人であるミラフェイナだけがハッとして発言する。


「……いいえ! クリスティン様はユレナ様の証言ばかりを鵜呑みにして、ディアの話を聞こうともしませんでしたわ!」


「ほうほう。それはよろしくなかろうな。関係者全ての証言と行動の事実確認を取るのは、審判における公正な判断の基本だ」


 観衆の視線から針のむしろになっている第二王子が早くも拒絶をみせた。


「ぐっ……。それがどうした! 聞くまでもないだろう。心優しいユレナ嬢が嘘を吐く訳がない! 失礼ですが神官殿、王家の問題に足を踏み入れないで頂きたい」


 予想通りの反応だったのだろう。「まぁ、そう来るであろうな」と男は頭を掻いた。


「これは申し遅れた。確かに私は神官の位も持っておるが、本職は審問官だ。異端審問所のな」

「審問官……?」


「汝が言ったのではないか。悪魔が取り憑いているやもしれぬのだろう? であれば私の領分である。個人名を名乗ってもよいが、今は役職名で呼んでくれて構わない。インクイジター、とな」


 インクイジター。異端審問所裁判官。


 当代に一人しか存在しないとされ、神聖星教会の三人の大神官と同等にして異なる権限を持つ。そして異端審問において、その権限は各国国王の権力を凌駕するといわれている。国境を越えて表裏問わず権力者に恐れられている存在。


 王族ならば必ず聞き及んでいることだろう。「インクイジターに睨まれることはするな」と。


「そ……そのインクイジター殿が、何故この会場に……」


 第二王子の呟きに、初めて焦りが滲んだ。

 インクイジターは不敵に、そして莞爾として笑った。


「――きゃあっ!?」


 ユレナが突然悲鳴を上げた。第二王子たちが振り返ると、白い(いばら)がユレナの全身を絡め取って床から盛り上がり、白い十字架に磔にした。


「『白き桎梏(しっこく)(いばら)』」


 それは悪しき者を呪縛する神聖魔法だ。術者はもちろんインクイジターである。


「……な、何をするっ!?」


 第二王子とユレナの傾倒者たちが目の色を変えて棘を外そうとするも、桎梏はびくともしない。


 インクイジターは拘束されている伯爵令嬢ディアドラを見て言う。


「疑わしきで拘束できるのなら、こちらもさせてもらう。まぁ、こちらには汝らの言うままごとのような証拠ではなく、本物の確たる証拠があるのでな」


「何よこれ! どういうこと!? 私はヒロインなのよ!? 何で私が縛られてるのよっ!? アンタたちもさっさと助けなさいよ。ちょっと、王子! 何もたもたしてるの!」


「……!?」


 思いもしないユレナの暴言に呆気に取られたのか、第二王子が動きを止めた。


 その間にインクイジターが動く。


「――神々の許可は下りた。ここに、ヒロイン裁判の開始を宣言する!」


 白き法廷が幕を開けた。








 ここまで見ていた語りべは、モニター前で最後の見所を語り出す。




 ヒロイン、悪役令嬢、そしてインクイジター。


 この物語は彼女たちの戦いとそれぞれの人生模様、そしてインクイジターの裁きを記録するものである。


 物語の真の始まりは、この後から改めて語ることとしよう。










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― 新着の感想 ―
[良い点] インクイジター=ヒロイン裁判に興味を惹かれました。 とても楽しそうなお話ですね♪
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