君が代の小説
雨の降る日に間瀬出光は小説を書いていることを学校の友人に打ち明けた。
「へぇ、そうなんだ……」
友人は興味なさげにそう言った。
学校の窓際からうだるほど降り注ぐ雨を見てるその眼は気だるげだ。
そのカミングアウトは間瀬にとってはちょっとした勇気のいることで、しかももう少し反応があるかと思っていた。今のような生返事では間瀬の心は満たされなかった。引き攣った笑顔で言ってみる。
「ねぇ、なんかお題出してよ」
「お題?」
「一週間後までに君のお題通りの小説を書いて見せるからさ」
友人は窓から振り返って、今起きたばかりのような眼を擦って息を吐いた。
それからしばらく天井を見上げたかと思ったら、そのまま一言だけ放った。
「じゃあ、君が代」
君が代。あの国歌の?
友人は君が代に執着しているのか、こういうフリーの話題の時に君が代を出すのだった。
まるでそれは難題を押し付けているかのように。それは間瀬の予想に過ぎなかったが、彼の真意は知れなかった。そんなにも愛国心があるようには見えない。
君が代、君が代という割にはあまり君が代を真面目に歌っている姿は見かけない。たまに聞く鼻歌もゲームのBGMをまねたものだ。
間瀬は家に帰って机に向かった。
未だに雨は降りしきっている。四時半と言う時間帯なのに窓はカーテンを開けてももう夜中のような様相だ。
ひょっとしたら、からかわれているのかもしれない。
間瀬は友人の言葉に不満を覚えた。が、それは転じて君が代という題材で一ついい話が書けたら見直してくれるんじゃないかという反骨心に変わる。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
こけのむすまで
ノートに書きだされた君が代の歌詞は短く五行に折りたたまれた。そもそも君が代はどんな意味が込められた歌なのか。現代人の間瀬には完全な意味は取れなかったが、なんとなくこの世が長く続いてほしい、という意味があるように思えた。
ネットで完全な意味を検索しようかとも迷ったが、自分なりの解釈で挑みたい気持ちに間瀬は駆られた。
君が代の歌詞を何度も読み返すのは苦ではなかった。何かしらのアイデアが思い浮かぶのではないかと目を皿にしてなんども向き合った。そのうちに最近習った他の古典の和歌が思い出されてくる。国歌である君が代とは違うもので、その大体は恋や悲哀を読んだものである和歌。もし、そんな悲恋要素が君が代の中にあったら面白いな、と間瀬は思った。
ふと、やっぱり友人がどうして君が代を題材に選んだのか気になった。何の真意もなかったと結論付けるのは簡単だが、そうじゃなくてもし意味がある提案だったとしたら彼は俺にどんな小説を書いてほしかったのだろうか。
ザーザーと鳴り響く雨が窓に当たって弾ける。
乱雑な雨音の戦慄に混じって暗闇をテールランプで切り裂くバイクのエンジン音が横を滑り抜けた。
窓をずっと眺め続ける彼が一つだけ拘り続ける君が代とは何なのか。彼にはただの国歌では無くて何に見えているのか。それが知りたくなった。拘りとは言い換えれば愛着。その愛着を掘り下げたかった。だが、そうそう思いつくものでもない。仮説を立てても立てても、どれもこれも砂の城だ。
十二時を回ったところで間瀬は一旦寝床に着いた。
一週間にはまだ時間がある。
「えぇ~皆さんに残念なお知らせがあります。●●君が交通事故で亡くなったそうです」
頑張って君が代を掘り下げていた夜のうちに友人はどこにもいなくなっていた。
みんな口々に何かを言っているけど、そこに俺以上の悲しみはなかった。みんな友人のことを自殺だったんじゃない? とか、家庭でうまくいってなかったんだよ、とか好き勝手な噂を乱立する。
それが腹立たしくてその日の学校は早退した。
ベッドの中。布団に包まって脳裏に思い描くのは友人の声。
人が死んだとき、最初に思い出せなくなるのは声だと聞いた。だから、俺はずっと昨日の一番新しい記憶を引っ張り続けた。
『じゃあ、君が代』
君にとって、僕の趣味に付き合うのなんて意味の無くて生産性がないことだったんだろう。
自分で思ってて悲しくなるが、きっとそうだ。
けれど、最後に君があの質問で君が代と答えた時、どう思っていたのか僕は知りたい。
話は変えよう。
これは推理モノだ。
僕を見てくれなかった君が、最期に僕に残してくれた言葉から君の本質を当てて見せる。いや、作り出して見せる。
繭のように固くしまってた布団から抜けて、俺は羽化した。
机にむかって描きかけの構想を全部一回なかったことにする。過ぎ去ってしまった君のことを思って、僕はペンを取った。
元々のタイトルの一文字を消して、入れ替える。
『君が為の小説』
お読みいただきありがとうございました
最近短編にハマってるので、ぜひ何か一つ題材を感想にて書いていただけると嬉しいです(*´з`)