Ver.1.6 深緑の扉
登場人物紹介
シバ(本名:司馬一)
高校二年生。中学二年生の時のトラウマからVRゲームから遠ざかっていたものの、ふとしたきっかけで、VRゲーム”ザ・ゲート”の世界に足を踏み入れることになる。中学生の頃は小柄な体形から”小豆司馬”と呼ばれていたが、高校生となった今では学年屈指のイケメン。
ノラ(本名:野良将平)
シバのクラスメイトであり、幼馴染。茶髪のアフロがトレードマークのプードル似。一部のマニアックな女子から人気がある。シバをVRゲーム”ザ・ゲート”に誘った張本人。
ゴールドラッシュ(本名:金木徹)
シバのクラスメイトで、腫れ物扱いされている問題児。何かとシバに突っかかってくるので、度々シバとは衝突を繰り返している。
チャルディゲ
限定クエスト”クリスマス・キャロル”の主催者。大根役者。
チャルディゲは深緑の扉に入るとソリに乗ったまま上空で待機。そして、参加者のリストと各々の”八色の羽”の獲得数を表示させた。
予想通り、クエスト開始直後から凄まじい速度で狩りをし始めているパーティーがいくつか見受けられた。彼らが今回の優勝候補となるだろう。ただし、それは正攻法で攻略していけば、の話である。
チャルディゲはこのクエスト”クリスマス・キャロル”がレベル関係なく優勝できるように、”とある伏線”を準備していた。
その”伏線”が発動すれば、大どんでん返しだって考えられる。そうすれば、このクエストという物語の起爆剤となり、良作となるだろう。物語を生かすも殺すも参加するパーティー次第ということだ。
物語は薄っぺらい結末で終わらせるのではなく、いくつもの伏線を仕込んで開花させる必要がある。これが”脚本家”の本懐だ。
ウキウキしながらリスト眺めていると、その時チャルディゲは”あること”に気づいてその部分を凝視する。
(おや? 参加者の中にネズミさんがいらっしゃるようですね。。。いや、しかしチャルディゲの物語にいたずらはいけませんよ)
チャルディゲはそのネズミを強制退場させようとする。しかし、寸前のところで思いとどまって腕組みした。
(ふむ……このクエスト、そっとしておけば番外編まで持ち越せるかもしれません。フフフ、面白くなってきましたねえ)
チャルディゲはニヤリとし、そっとリストを閉じた。
※
扉の先には深い森が広がっていた。陽の光が木々によって遮られた薄暗い森の中。朽ちて苔がむした倒木がそのまま放置され、手つかずの原生林といった雰囲気だ。辺りにはノラとシバ、ふたりの姿しか見当たらない。
「どうやら深緑の扉は森林ダンジョンのようだね。これはやっかいだ……」
ノラはため息をつきながらそう呟いた。
「どういうことだ?」
「見ての通り歩道はないから歩きづらいし、辺りは障害物の宝庫だ。八面鳥を見つけ出すのも大変だし、見つけたとしても逃げられる可能性が高いじゃないか」
シバはノラの言葉に頷き返す。
「確かにな。しかし、”スタートポイント”はパーティーごとに違っているようだ。他のパーティーに気を取られずに狩りをできるのは幸いだ」
「そうだね。でもいつ他のパーティーに出くわすとも限らないから、できるだけスタートダッシュをかましたいところだよ。さあ、張り切っていこう!」
ノラはそう言い放ってから森の中を歩き始める。シバもその後ろに続いて慎重に歩みを進めていく。すると、十メートルくらい先の茂みがガサガサと揺れていることに気づく。注意深く見てみると、ニワトリよりも二回りほども大きい鳥が葉と葉の間から垣間見えた。
「おい、あれ――」
シバが声を上げようとすると、ノラが片腕で制止する。
「シッ! 大声出したら八面鳥が逃げちゃうじゃないか……! じゃあ宣言通り、僕に任せてもらうよ」
ノラはそう言うと、小刀を投てきする構えで徐々に八面鳥との距離を詰めていく。そして、五メートルほどまで迫ったところで、小刀を放つ。
「あ……」
投てきした小刀が大きく外れ、八面鳥から一メートルほど離れた茂みに着弾した。それと同時に攻撃を察知した八面鳥が金切り声を上げる。
「ピイイイイイイ!!」
八面鳥は木と木の間を縫うように走り、あっという間に逃げ去っていく。シバは呆気にとられながら、八面鳥の後ろ姿を見送った。
「僕に任せて、とはどの口が言ったんだ?」
「こ、ここからが本番だから黙って見ていてよ!」
ノラはそうまくし立てると、
「獣化!」
と、叫んだ。すると、見る見るうちにノラは四足歩行の姿勢へと変わり、全身が茶色の縮れ毛に包まれる。ノラのつぶらな瞳はそのままに、あっという間にぽっちゃりとしたトイプードルが出来上がった。トイプードルの前足には、鋭い鉤爪の付いた金属具が装着されている。
獣化が終わると同時に、ノラは勢いよく走り出した。シバはその様子を見て思わず目を見張った。ノラの動きが意外にも素早かったのである。ぽっちゃりとした躯体からは想像できないほど機敏な動きで森の障害物を躱していく。言ってしまえば動けるデブ。あっという間に八面鳥との距離を詰めた。
そして次の瞬間、逃げる八面鳥の首を鉤爪で一突きにして仕留めてみせたのだった。
「おおー、流石”大船”」
シバはそうリアクションし、乾いた拍手を送った。ノラは獣化を解き、八面鳥を抱えて得意そうな顔で戻ってくる。
「いやあ、それほどでも〜。なんていったってプライマリーだからね! 八面鳥の狩りくらいお手の物さ!」
「危うく逃げられそうになったけどな」
「と、投てきは苦手なんだよ! 僕の得意技は素早さを活かしたクローによる速攻だからさ!」
ノラはそう言って、真っ平らな力こぶを見せつける。その様子を白い目で見ながら、シバは視線を八面鳥へと移す。八面鳥から自動的に子ウインドウが現れ、そこに「アイテム名:八面鳥 アイテムボックスに格納しますか?」と表示された。八面鳥の見た目は一見、大きな灰色のニワトリといった様子だが、頭の先に八色の羽が虫の触覚のように伸びていた。
「このまま”拾う”と八面鳥のままだ。どうやら”加工”する必要があるようだな」
「そのようだね! 頭に生えてるのが八色の羽じゃないかな? ちょっと抜いてみようか」
ノラはそう言って八面鳥の頭の羽を抜く。すると、
「うおっ!」
次の瞬間、八面鳥の体が青い炎で燃え始めノラは慌てて八面鳥から手を放す。そして、八面鳥の体は地面でたちまち灰と化した。ノラの手元には八色の羽だけが残った。
「羽を捥いだら体の部分は焼失してしまうようだね……焼き鳥になって残ればいいのに……」
ノラは残念そうに指をくわえる。
「お前さっきシルバー・ムーンでチキンをバクバク食ってただろ――」
「おっ、あんなところに八面鳥がもう一匹発見!」
ノラはシバのツッコミを無視して森の奥を指さした。
「次はシバがやってみてよね!」
ノラが先輩面しているのは気に食わなかったが、シバは森の奥で動く八面鳥へ狙いを定める。そして、腰に下がる木刀の鞘を握りしめ、その感覚を確かめた。
VRゲームでの戦闘は久しぶりで、剣をぶら下げる感覚が懐かしかった。剣を握ったのは三年前にマリアの人形たちと戦ったときが最後だろう。
人形たちの動きは相当に素早かった。物理法則を完全に無視してメチャクチャな動きをするため、行動パターンが全く読めないのだ。そんな人形たちと対峙するうちに、攻撃を回避するための反射神経や、相手のどんな動きにもついていける運動能力を養ったのだった。
シバは足に力を込めて前方の大木目掛けて跳躍した。
「お、おい、それじゃあ木にぶつかる――」
ノラの追いすがる声を無視して、空中で体勢を整えて大木の腹に無事着地を決める。
足元の状態が悪い――それならば、地面を歩かなければ良い話だ。
そのまま再度足に力を込めて次の大木へ目掛けて跳躍、体勢を整え――という一連の所作を繰り返し、あっという間に八面鳥との距離を詰める。
八面鳥の背後の木に着地し、シバはそこで初めて木刀の柄に手をかける。そして、八面鳥目掛けて飛び、体と体が交差する瞬間に抜刀。八面鳥がシバの存在に気づく間もなく、その首を切って伏せた。
ノラが後から少し遅れて現れたので、仕留めた八面鳥の足を掴んで見せびらかす。
「は、初めてにしてはやるじゃないか」
「このくらいお手の物だ。なんていったってレベル979だからな」
「レベル979なのはただのバグなんだから、調子に乗らないように!」
シバは鼻で笑った後、木刀の柄を握って手触りを確かめる。再びVRゲームに戻ってきたシバを刀が「お帰り」と歓迎しているような気がした。
※
その後、シバとノラは森の中で八面鳥を探し、それぞれ四匹ずつ仕留めた。そして、およそ10分ほど経過した頃に突然、チャルディゲの声が天から降ってきた。
『みなさん、チャルディゲのトナカイたちのために、八色の羽をたくさん集めていただいているようですね~。トナカイたちも嬉しそうにしていますよ~。残り時間はあとニ十分となりました! 引き続きみなさんがんばってください~! それではここで、”八色の羽”獲得数の順位を紹介したいと思います~』
チャルディゲがそう言うと、シバの目の前にウインドウが現れ、そこに八位までの順位が表示される。
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1位 S/M 101枚
2位 テイスティ・ピエロ 71枚
3位 精霊の樹 68枚
4位 緋龍の翼 59枚
5位 ホースラディッシュクラブ 54枚
6位 ソイミルク・ポンド 47枚
7位 ハリネズミの針は思ったより痛い 42枚
8位 ゴールドラッシュとその仲間たち 38枚
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その順位を見てシバは驚愕した。
「1位が101枚なんだが!? 10分やそこらでどうやったらその枚数集められるんだ……」
「ね、言っただろ? 入賞狙えるのはレベチのパーティーなんだって。でも、そんな中ゴールドラッシュたちは健闘しているようだね。流石、あいつもインターミディエイトの端くれってとこかな――」
「だーれが”インターミディエイトの端くれ”だってえ?」
「――!?」
突然男の声が聞こえて後ろを振り返ると、そこではゴールドラッシュと三人の仲間たちが下卑た笑みを浮かべて佇んでいた。
ここまで読了いただきありがとうございました!