Ver.1.5 扉の塔
登場人物紹介
シバ(本名:司馬一)
高校二年生。中学二年生の時のトラウマからVRゲームから遠ざかっていたものの、ふとしたきっかけで、VRゲーム”ザ・ゲート”の世界に足を踏み入れることになる。中学生の頃は小柄な体形から”小豆司馬”と呼ばれていたが、高校生となった今では学年屈指のイケメン。
ノラ(本名:野良将平)
シバのクラスメイトであり、幼馴染。茶髪のアフロがトレードマークのプードル似。一部のマニアックな女子から人気がある。シバをVRゲーム”ザ・ゲート”に誘った張本人。
シルバー・ムーンでのパーティーは鐘の音と共にお開きとなり、皆こぞって扉の塔へと移動し始める。マヒルはパーティーを組む友人に会いに行くと言い、シバたちの元を離れた。そして、シバはブルドッグに襲われないか周囲を警戒しているノラと共に扉の塔を目指した。
扉の塔はシルバー・ムーンから目と鼻の先で、歩いて五分もかからなかった。その塔はまるで煙突のような円柱の形をしており、白一色ののっぺりとした外壁で覆われている。地上部分にはひとつだけ出入口があり、その前が広場になっていた。広場には既にイベントの参加者でいっぱいになっており、皆クリスマスのクエストとは思えないほどに殺気立っていた。
「おいおい、これってザ・ゲートガチ勢のクエストじゃないか? みんなサンタのコスプレでもしてゆるーく参加するのかと思ったら、ちらほらやばそうなやつらがいるぞ」
大抵がプライマリー以下の中低レベルクラスに見えたが、中には明らかにただ者ではない雰囲気を纏った者たちが見て取れた。地に足をつけずに胡坐をかきながら浮遊している幼子。フードを目深に被ったふたり組。不気味な笑みを浮かべた仮面を被ったピエロ。両翼を生やしたドラゴンのような人間離れした者までいる。
「あーゆう人たちと比べちゃいけないよ。僕らは僕らのペースでイベントに挑めばいいんだ」
「ノラにしてはいいこと言うじゃないか」
ノラが調子に乗って鼻を鳴らす。
「ふっ! このイベントは一位から八位までは入賞で賞品が出るんだ。僕らが狙うのは――」
「狙うのは!?」
「参加者全員に配られる参加賞だっ!」
それを聞いたシバは思わずズッコケそうになる。
「入賞狙わんのかいっ!」
「何言ってるんだよ!? シバは今日ザ・ゲートを始めたばかりのエレメンタリー。そして僕はレベル40になったばかりのプライマリー。入賞狙えるのは僕らとは住む世界が違うインターミディエイト以上のプレイヤーだよ!」
言われてみれば、シバは今日ザ・ゲートにログインしたばかりの身分だ。VRゲームの経験はあるものの、初心者だと言わざる負えない。
「さあ、あまり時間がないからパーティーを組むよ! シバにパーティーの申請をしてっと」
すると、目の前にパーティー申請のウインドウが現れたので、それを承認する。
「よしよし、シバのステータスが表示されたぞ。なになに、レベル……ききききゅうひゃくなななな、ななじゅうきゅう!?」
ノラは驚愕の表情を顔面に貼り付けたまま尻もちをついた。
「はあ!? そんな馬鹿な……」
そう言ってシバはメニューを開き、自らのステータスを確認しにかかる。すると、LVの欄には見間違いようのなく「000979」と記されていた。
ノラが唇を震わせながら、言葉を振り絞る。
「シバ、君ってザ・ゲート初めてじゃなかったの?」
「そのはずなんだがな」
「じゃあ、レベルが高いのはどういうことなの!? というかザ・ゲートのレベルって99がMAXなんだけど!?」
「そんなこと知るかよ。昔ハマったVRゲームのステータスがザ・ゲートに引き継がれているように思えなくもない」
シバが自らのステータスを確認すると軒並み高い値を保っていたが、突出してSTRとAGIが高いことがわかった。このステータスの特徴はアリスβ版の頃のシバのステータスに似たものを感じた。その後、ついでにスキルやアイテムについて確認したものの、それらは引き継がれてはいないようだった。
「うーん、現実の姿がアバターに引き継がれていないことといい、やっぱりバグか何かじゃないかな? 運営に問い合わせることをおすすめするよ。この調子だとまともにプレイできるのかどうかも怪しい」
「それもそうだな。クエスト中はノラがメインでよろしく頼む」
ノラは破顔し胸を張る。
「ハッハッハ! 大船に乗った気でこのプライマリーのノラ様にまかせなさい!」
調子に乗ったノラを見たシバが顔をしかめていると、
――リンリンリンリン
広場に子気味良い鈴の音が響き始めた。
「広場にお集まりのみなさーん、メリークリスマース!」
シルバー・ムーンで聞いたアナウンスとは異なり、感情のこもった明るい声が天から降ってきた。シバが上空を見上げると、二頭身くらいのコミカルなオジさんがトナカイに引かれるソリに乗って現れた。サンタクロースのような赤いコートを羽織り、小さなアゴには無精髭を生やしている。
「私の名前はチャルディゲ。ザ・ゲートをプレイするみなさんに、クリスマスプレゼントを持参しましたよー!」
チャルディゲがそう言うと、広場からプレイヤーたちの歓声が上がる。しかし、チャルディゲは「でも――」と言いながら、ソリの後ろの荷台に積んであるプレゼントの山を寂しそうに眺める。
「クリスマスプレゼントは八つしかないんですよね……。そして、広場にお集りの皆さんは、ひーふーみーよ……わわっ、八つでは足りなかったようですねえ」
チャルディゲはわざとらしく頭を抱える仕草をする。
「どうしようかなあ。困ったなあ。今から取りに帰るわけにもいかないし……うーん……そうだ! この二頭のトナカイたちが寒がりなので、”八色の羽”で上着をこしらえてやりたいと思っていたんです! そこでみなさん、八色の羽を集めてきてはくださいませんか? 羽を集めてくれた方にクリスマスプレゼントをお渡ししようと思います!」
チャルディゲの問いかけに、プレイヤーたちの「おおー!」という元気のよい掛け声が聞こえてきた。その返答にチャルディゲは満足そうにうんうんと頷いた。
「皆さん、チャルディゲのお願いを快く引き受けてくださりありがとう! それでは早速、ルール説明に移りたいと思います。ルールは簡単! ふたり一組でダンジョン内に潜む八面鳥が持つアイテム”八色の羽”を三十分以内にできるだけ多く集めること! 三十分経過時点で八色の羽を多く集めたパーティーが勝ちとなります! 私もダンジョンに向かいますので、何かわからないことがあったら尋ねてくださいね!」
チャルディゲがそう言い終わると、シバの目の前にウインドウが現れ、『期間限定クエスト”クリスマス・キャロル”の依頼を受理しますか?」と表示された。ノラと目配せし、お互い頷いてから『YES』を押した。
次の瞬間、腰の部分に下がっていた丸い輪っかに、鍵がチャランという音を立ててぶら下がるのがわかった。その鍵は薄い緑色に淡く発光している。
「クエストに参加される皆さまの”キーホルダー”には、クエスト中限定で使用可能な”一時キー”を付与しました! 解錠可能な扉は”深緑の扉”です! それでは早速クエストを開始しますよ〜!」
チャルディゲはそう言うとトナカイに鞭を入れ、扉の塔の入り口へと飛んでいく。プレイヤーたちはチャルディゲを追いかけるようにしてその後に続いた。
「それじゃあシバ。準備はいいかい?」
シバは首を縦に振り、ノラと共に駆け出す。前のプレイヤーたちの後ろに続いて塔の中へと入るとその中には異様な光景が広がっていた。地上階部分はガランとしており、いくつかの階段の登り口があるだけだが、頭上を見上げて驚いた。そこにはたくさんの階段と扉がひしめき合っていたのだ。どこから階段を登れば扉にたどり着けるのか予想ができない構造はまるで迷宮のようだった。
「なるほど、だから扉の塔なんだな」
その言葉を聞いたノラがコクンと頷く。
「どこのダンジョンへ向かうにしても、起点はすべてこの扉の塔なんだ。そして、各扉には鍵が存在していて、鍵を持っていない限りそのダンジョンへ足を踏み入れることはかなわない。このゲームのタイトル”ザ・ゲート”の名前の所以だよ」
「その鍵とやらはどうやったら手に入るんだ?」
「クエストの報酬としてもらったり、”鍵屋”で買ったり、モンスターのドロップアイテムとしても手に入ったりするよ」
「ふーん、それにしても――扉まではどうやって辿り着くんだ?」
頭上に見えるたくさんの扉のどれが深緑の扉なのか、シバには想像がつかなかった。そんなシバの困惑を察知したかのように、チャルディゲのソリが離陸し上空へと向かう。そしてソリの通り道に白色に淡く発光する階段が出来上がっていく。
「みなさーん、深緑の扉までの近道をご案内しまーす。チャルディゲの後についてきてくださいね!」
「そういうことか……」
プレイヤーたちはチャルディゲの後に続いて階段をよじ登っていく。シバたちもそのあとに続いた。すると、学校の校舎の屋上くらいの高さでチャルディゲのソリが止まった。チャルディゲはソリから降りて、ひとつの扉を指さしながら二カッと笑う。
「この扉が深緑の扉です!」
その片開き扉はツタで覆われ、まるで森の中で朽ちた古小屋の扉のようだった。チャルディゲは腰に下げたキーホルダーから鍵をひとつ取り出し、それを扉の中心へと近づける。すると、覆いかぶさってたツタが脇の方に退いていき、扉がギイっと軋みながら開いた。
「それでは、みなさん! ご健闘を祈ります!」
チャルディゲはそう言うと、淡くグリーンに発光する扉の中へと飛び込んでいった。プレイヤーたちもそれに続いて次々と飛び込んでいく。
「僕たちも行こう!」
ノラがそう言ってから扉に飛び込んでその姿が見えなくなった。シバもその後に続いて、緑色の光に飲み込まれた。
ここまで読了いただきありがとうございました!