Ver.1.3 聖夜の宴
登場人物紹介
シバ(本名:司馬一)
高校二年生。中学二年生の時のトラウマからVRゲームから遠ざかっていたものの、ふとしたきっかけで、VRゲーム”ザ・ゲート”の世界に足を踏み入れることになる。中学生の頃は小柄な体形から”小豆司馬”と呼ばれていたが、高校生となった今では学年屈指のイケメン。
ノラ(本名:野良将平)
シバのクラスメイトであり、幼馴染。茶髪のアフロがトレードマークのプードル似。一部のマニアックな女子から人気がある。シバをVRゲーム”ザ・ゲート”に誘った張本人。
マヒル(本名:白澤真昼)
シバのクラスメイトで、学級委員。クリスマスパーティー”聖夜の宴”の主催者。
その後、シバはノラと共に宴の会場に向かって歩みを進めた。
シバのいるこの街は”アクトン・ヴィラ”といい、ザ・ゲート唯一の街だそうだ。白い巨塔”扉の塔”を中心に街が円形状に広がっている。シバが初めに降り立った広場は、街の外周部分に位置し、低・中レベル層が集まる”アウター・ヴィラ”と呼ぶらしい。そして、街の内周部分は円形の城壁で囲まれ、高レベル層が集まる”インナー・ヴィラ”と呼ばれているという。
聖夜の宴はインナー・ヴィラの高級宿”シルバー・ムーン”を貸し切っているそうなので、扉の塔の見える方角へと足を向けた。
「それにしても”次世代VRゲーム”とは言うものの、見た目はこれといって変わらないんだな」
シバは辺りを見回しながら言った。確かにザ・ゲートでは現実とほぼ変わりない視覚機能が実装されているように思える。しかし、この程度であれば昔プレイしていたアリスβ版にも実装されていたので大差ないクオリティだと思った。
「さあ、それはどうかな?」
ノラがくすりと笑った。その様子をシバが訝しげに思っていると、ノラが魔導士風のプレイヤーと出会い頭に話し始めた。
「あ、こんばんは、カンナバルさん。今日も初心者支援ですか?」
「ああ、ノラくんじゃないですか。その通りです。今日も元気に勤しんでおりますよ」
カンナバルはそう言ってニッコリと微笑んだ。
「夜遅くまで大変ですね。ご苦労様です」
「ノラくんは今日も”台所くるくる”で夕食ですか?」
「嫌だなぁ、僕がいつもアクトン・ヴィラで食べてばかりみたいじゃないですか!?」
カンナバルは口元を隠しながらフフフと笑う。
「私とダンジョンに出かけると、クルクルで何を食べるかばかり気にしていましたからね」
「よく覚えてますね!? あいにく今日はシルバー・ムーンで開催してるパーティーに参加するんです!」
「それは楽しい夜になりそうですね。あまり遅くまで食べ過ぎない様にしてください。体に悪いですよ」
「カンナバルさんはいつもお母さんみたいなこと言いますよね……。わかりました! カンナバルさんも良い夜をお過ごしください~」
ノラが大きく手を振って別れを告げると、カンナバルも小さく手を振った。
「知り合いのプレイヤーか?」
シバがそう尋ねると、ノラがニヤリと口元を引き上げる。
「いや、カンナバルさんはNPCだよ」
「え!?」
シバは広場に佇むカンナバルの方を振り返った。どこからどう見てもプレイヤーの姿そのものである。それに、ノラとの自然な会話の中にはNPC特有の機械的な話し方を全く感じなかった。
「カンナバルさんはザ・ゲートの初心者に街の中を案内したり、ダンジョンまで一緒についてきて戦い方を教えてくれるNPCなんだ。僕も初心者の頃、お世話になったなぁ。カンナバルさんのように、ザ・ゲートのNPCは感情と記憶を持っているんだ。シバがカンナバルさんをプレイヤーだと勘違いした理由はそこだと思うよ」
シバはノラの言葉にハッとした。アリスβ版など、今までVRゲームのNPCとの出会いは一期一会であった。AIであるため自然な会話は可能であるものの、会話した内容は次の会話には引き継がれない。そう、マリアを除いては。
しかし、ザ・ゲートのNPCは各プレイヤーとの会話を記憶し、次回の対話ではその記憶を引き出すため一貫性のある受け答えが可能だという。つまりはプレイヤーとNPCの間でマリアのように人間関係を構築できるということに他ならない。ノラはさらに言葉を続ける。
「そして、ザ・ゲートのNPCにはNPCであることの目印がないだろ?」
「確かに……」
アリスβ版では、NPCには頭の上に名前が表示されるようになっていた。しかし、ザ・ゲートにはそういった目印が一切なく、プレイヤーとNPCの見分けがつかないようになっていた。
「どういうことだ? そんなことして何のメリットがある?」
「これに関しては僕にもよくわからないなぁ。見分けがつかないせいで、プレイヤーがNPCを装ってアイテムをだまし取ったりする”NPC詐欺”なんてのも発生しているみたいだよ。今のところ悪い面ばかりが目立っている気がするね……」
「そんな問題が発生しているのに改善されないとなると、ますます解せんな。こういったゲームの仕様もAIが決めているんだろ?」
見分けがつかなければプレイヤーは相手がNPCなのかどうか疑心暗鬼にならざる負えない。なぜわざわざそうしたのか、仕様の思惑が分からなかった。
そんなことを考えながら広場から十分ほど歩くと城壁が見え、その城壁の門をくぐってインナー・ヴィラへと足を踏み入れる。すると、通り沿いにはアウター・ヴィラの木造建築の建物とは異なり、石造りのしっかりとした館が並ぶようになる。見栄えもアウター・ヴィラよりもよい。
通りを行き交う人々の格好も先ほどまでとは全然違っていた。明らかに上等な鎧や布地を纏った者たちが多い。シバのように薄汚れた革製の装備を身に着けているものはほどんといなかった。
少し進むと、ひと際背の高い建物が見えてきた。シバたちを歓迎するかのようにガラス張りのエントランスが大きく構えてある。そのエントランスや窓からは煌びやかな光が漏れ、華やかさがあった。エントランスの真上には”SILVER MOON”と看板が掲げられており、ここが噂に聞いたシルバー・ムーンであることがわかった。シバは豪華な建物を目の当たりにして思わずげんなりしてしまった。
「ただの高校生のクリパだろ? 参加者もクラスメイトだけ。なのに、まるで王族でも呼ぶのかってくらい豪華な建物だぞ。俺らにはちょっと場違いじゃないか?」
「聖夜の宴の招待状にドレスコードありって書いてあったじゃないか? 守らないからこうなる――ってなんで僕も場違いの仲間に入ってるのさ!?」
「無理やり服着せられて散歩しているプードルにしか見えん」
「酷い言われよう!? 既に一時間近く遅刻しているんだから、文句言ってないでさっさと入るよ!」
ノラはそう言いながらガラス張りの扉を押し入った。シバもため息をつきながらその後ろに続いて入ると、中の様子に目を見張った。まるで貴族の宴さながらだった。天井の高い大きなホールではシャンデリアが煌めき、中央には天井に到達するほど背の高いクリスマスツリーが飾られている。その回りでは豪華な食事がビュッフェ形式で山のように提供されており、ドレスアップしたクラスメイト達が食事を摘まみながら談笑していた。
みすぼらしい子供の姿をしたシバは会場で完全に浮いた存在で、クラスメイト達は皆、怪訝そうな目でシバを見ていた。
「あ、ノラくん! いらっしゃい!」
真っ先に声をかけてきたのは、この宴の主催者であるクラスメイト、マヒルだった。色の薄い赤金髪はそのままに、背中に天使のような白い羽を生やしている。スカイブルーの布地をふんだんに使ったドレスはまるで女神さながらの格好だった。
「マヒルさん、遅れてごめんね。シバのことを待ってたら遅くなっちゃって……」
「いいよいいよ! 来てくれただけでも嬉しい! でも結局司馬くんは来なかったのね、残念だなあ」
「いや、ちゃんと連れてきたよ! ほら、ここに!」
ノラはそう言うと胸を張ってシバの方を指さした。その様子を見たマヒルは、きょとんとする。そして、ふふふと笑い出した。
「この小さな子が司馬くん? 確かに面影はあるけど、ちょっと無理があるんじゃない? ザ・ゲートは現実の姿がアバターに投影されるんだからねえ」
「え? いや、ホントなんだよ! ザ・ゲートのバグか何かでちょっと若返っちゃってるけれども……」
「ふーん、そっか。頑張って連れてきてくれたんだね。ノラくん、ありがとう」
「マヒルさん、絶対信じてないでしょ!? ねえ、シバも何とか言ったらどうなんだよ!?」
シバは話を振られて笑い飛ばして「俺は司馬だ」と答えようとしたところで、一旦思いとどまる。そして少し考えてから、
「……実は、ノラの弟でシバというんだ! 司馬さんの代わりに連れてこられたんだよ!」
と、いつものシバとか異なるいかにも軽い調子で言い放った。シバの予想外の言葉にノラは隣で絶句しているようだった。それに対してマヒルは破顔する。
「そういうことか……! ノラくんの弟のシバ君ね。大歓迎だよ~。今日は楽しんでいってね!」
マヒルはそう言うと手を振ってシバたちの元を去っていった。そして、すぐにノラが泣きべそをかきながらシバの胸元に掴みかかる。
「シバ、どういうつもりだよ!? 僕が嘘つきみたいになっちゃったじゃないか!?」
シバは「まあまあ」とノラを宥めた。
「この姿で小豆司馬と呼ばれるのは絶対に回避したい」
「そんなこと知らないよ!」
ノラの激しい抗議にシバは耳を塞いだのだった。
ここまで読了いただきありがとうございました!