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Ver.1.2 開く扉

登場人物紹介


シバ(本名:司馬一)

高校二年生。中学二年生の時のトラウマからVRゲームから遠ざかっていたものの、ふとしたきっかけで、VRゲーム”ザ・ゲート”の世界に足を踏み入れることになる。中学生の頃は小柄な体形から”小豆司馬”と呼ばれていたが、高校生となった今では学年屈指のイケメン。


ノラ(本名:野良将平)

シバのクラスメイトであり、幼馴染。茶髪のアフロがトレードマークのプードル似。一部のマニアックな女子から人気がある。シバをVRゲーム”ザ・ゲート”に誘った張本人。


 それから一週間が経ち、クリスマスの夜となった。司馬は自室のベッドの上に寝転がり、ぼんやりと時計を眺めると時刻は十八時半。今頃ザ・ゲートでは聖夜の宴が始まっているところだろう。


 そして、ベッド脇に置かれた段ボール箱を憎々しげに睨みつける。開封された段ボール箱の中には、HMDヘッドマウントディスプレイが入っていた。もちろん司馬が注文するはずもなく、勝手に送り付けられてきたものだ。


 送られてきた段ボールには奇妙なことに差出人の記載がなかった。差出人は司馬が聖夜の宴に参加しなければ困る人物――つまりは野良の仕業であろうと容易に想像がついた。


 VRゲームなんて一切かかわりたくないというのが司馬の本音だ。しかし、ここまで手の込んだことをされると、流石の司馬でも迷いが生じる。HMDヘッドマウントディスプレイだって安くないだろうによく実行に移したもんだと野良のやつを褒めてやりたいところだ。


 三年前に金輪際VRゲームはやらないと誓った。幸いにも今までやる気にもならなかった。それがまさかやる必要性に駆られるとは思ってもみなかった。


 司馬はため息を吐き、HMDヘッドマウントディスプレイを手に取る。すると、一枚の紙切れがヒラヒラと床に舞い落ちた。拾い上げて見てみると、そこには奇妙なワードが並んでいた。


『グランドクエストをクリアせよ』


 それを見て司馬は思わず吹き出してしまった。ブルドックに狩られないために野良とパーティーを組んでクエストに参加しろという野良からのメッセージだろう。それをグランドクエストと名づけたセンスには、やるなと思わずにはいられない。


 司馬はHMDヘッドマウントディスプレイを被り、真昼が聖夜の宴の舞台として指定したVRゲーム”ザ・ゲート”を検索してみる。


 司馬の目の前にメルヘンチックなフォントで大きく「The  Gate」と書かれたアイコンが現れ、それを押す。そうすると、鎖で固く縛られた両開きの扉が目の前を覆うようにして現れ、その上から「The  Gate」という文字が浮かび上がる。ログイン画面下の初期登録ボタンを押すと生体情報のスキャンが始まった。しかし――


「……どういうことだ?」


 司馬は首をかしげた。予想外にも「この生体情報は既に登録されています」と警告メッセージが出て先に進めないのだ。


 ”ザ・ゲート”をプレイしたことはなかったしアカウントを作った覚えもなかった。ログイン画面に戻って思い当たるパスワードを入力してみるも、ログインできない。


 司馬は頭をかきむしった。アカウントが既に登録されていてもパスワードがわからなければ、お手上げである。


「やーめた」


 司馬はHMDヘッドマウントディスプレイを脱ぎ捨て、ベッドの上で大の字になった。野良にはお詫びのしるしに焼きそばパンでも奢ればいいだろう――そう考えたところで、奇妙な考えが頭をよぎる。


(このVRゲームのメーカーは何だっただろうか)


 そんな些細なことが気になったのは何故だかわからなかった。しかし、一度気になり始めるとその疑問が脳内にこびりついて離れない。司馬は飛び起きてHMDヘッドマウントディスプレイを被りなおす。そして、再び“ザ・ゲート”を起動した。画面下に小さく書かれたコピーライトを目を細めて確認する。すると、


“©RX SYSTEMS”


 と記載があった。それを見た司馬は心臓がドクンと波打つのを感じた。


(――アリスβ版を作った会社と同じだ)


 アリスβ版は三年前に司馬がプレイし、突然サービス終了となってしまったゲームの名である。司馬は急いでアリスβ版で使用していたパスワード――揮発してしまった彼女の名前を入力する。


「MARIA」


 扉を固く閉ざしていた鎖が外れる。ギィィィと重く軋む音と共に扉は徐々に開いていき、その隙間から白い光が漏れ出した。光量はだんだんと強まっていき、司馬の目の前を光で満たす。まるで全身が光で包まれるかのようだった。


 次の瞬間、司馬は三年ぶりにVRゲームの世界へと足を踏み入れることになったのだった。





 司馬ことアバター名”シバ”は、ザ・ゲートにログインすると街中の広場に(たたず)んでいた。ゲームの中も現実と同様に既に日は暮れており、辺りは薄暗い。等間隔に置かれた街灯が広場から真っすぐ伸びる大通りを照らしている。その大通りには木造の建屋が立ち並び、それらの窓からは明かりが木漏れ日のように漏れ出ている。その建物群の前には多くの露天商が店を構えているようだが、既に店じまいしているようだった。大通りの先には、空高く伸びる白い巨塔が月明かりに照らされ、ボンヤリと浮かび上がっている。


(アリスβ版のアカウントでログインできたのか?)


 ログインして真っ先に思ったのは、この不可解な現象のことだった。確かに”ザ・ゲート”は”アリスβ版”と同じくRXシステムズが提供しているゲームのようだ。しかし、別のゲームの、しかもβ版のアカウントが引き継がれているとは到底考えづらい。しかも、”アリスβ版”はサービスを終了してしまったはずだ。ここまで来ると自らの記憶を疑うほかない。


(記憶はないが、昔アカウントを作ったのだろうか?)


 そう思った瞬間、


「あれ、シバ?」


 と声がかかる。名前を呼ばれて驚いて声の主を見てみると、一体のアバターがこらちを凝視していた。


「もしかして……野良か?」


 シバが恐る恐る述べると、


「そうだよ、ノラだよ! シバなら来てくれると思ってたんだ! 宴に向かわずに待ってた甲斐があったなあ!」


 と、嬉しそうに答えた。


 シバが”もしかして”と予防線を入れたのは、ノラがあまりにも珍妙な姿をしていたからだ。頭全体が茶色のくるくるとした毛に覆われ、つぶらな瞳をこちらに向けている。まるでトイプードルのような顔立ちをした獣人だった。胴体は現実のノラと同じように小太りで、その丸っこい体をブラックのタキシードが包む。よくもまあ、この体に合うタキシードがあったもんだと感心してしまった。


「いや、あそこまで用意周到に準備されたら行かないわけにはいかんだろうに」

「用意周到ってなんのこと? それにしても――」


 ノラは(いぶか)しげな様子でシバの身体をジロジロ見る。


「どうしたんだよ、その身体!? 中学生の頃にタイムスリップしたみたいじゃないか!」

「は?」


 ノラの言葉に反応して自らの首から下に目を向けると、いつもより地面が近いことに気づく。そして、目の前で両手を広げてみるといつもよりひと周りほど小さい。


「え!? なんでだ!?」


 シバは急いで自らの姿を見回してみる。身長は150センチくらいだろうか。現実とは三十センチほどは小さい。つまりは三年前――中学生のころの身長に戻ってしまったようだ。


「おかしいなあ。“ザ・ゲート”のアバターは種族を選ぶとAIが現実の姿をベースに自動生成してくれるんだよ。成長した分についてもトレースされるはずなのに……」


 ノラはそう言いながら首をかしげた。この若返り現象もアリスβ版からアカウントを引き継がれた影響なのだろうか――シバは思慮にふける。


「それにしてもその姿のシバ、懐かしいなあ。中学生のころ黒の柴犬に揶揄されて、”小豆司馬”なんてあだ名付けられていただろ? シバ、昔は俺とさほど身長変わらなかったもんなあ」


 ノラはそう言ってはにかんだ。中学生のころのノラの見てくれは今と変わらないので、ふたりして”パピーズ”などと呼ばれたものだった。


「おいおい、そのあだ名で呼ぶのは無しだろ」

「だって懐かしかったんだもん。でも、その体で宴に行ったら、誰もシバだってわからないだろうなあ」

「ノラの弟かなんかと間違えられるのは嫌だな……」


 シバはがっくりとうなだれたのだった。

ここまで読了いただきありがとうございました!

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