Ver.1.1 ザ・ゲート
登場人物紹介
シバ(本名:司馬一)
高校二年生。中学二年生の時のトラウマからVRゲームから遠ざかっていたものの、ふとしたきっかけで、VRゲーム”ザ・ゲート”の世界に足を踏み入れることになる。中学生の頃は小柄な体形から”小豆司馬”と呼ばれていたが、高校生となった今では学年屈指のイケメン。
ノラ(本名:野良将平)
シバのクラスメイトであり、幼馴染。茶髪のアフロがトレードマークのプードル似。一部のマニアックな女子から人気がある。シバをVRゲーム”ザ・ゲート”に誘った張本人。
「司馬! 聞いた!?」
今日のすべての授業が終わったところで、野良が興奮気味に司馬の席までやってきた。ボールをくわえてやってきた飼い犬を愛でる気持ちで野良の頭をワシャワシャとかき回す。
「何のことだ?」
「今度やる予定のクリスマスパーティーあるだろ?」
「ああ、真昼のやつが企画した駅前のファミレスにクラス全員集めてやるやつか」
白澤真昼は司馬のクラスの学級委員であり、クラスのリーダー的存在だった。学園祭やクリスマスパーティーなど、イベントごとが好きで積極的に企画している。高校一年生だった去年も同じようなことを開催していたので覚えている。
「今年は新しい試みでVRゲーム内でやるらしいよ……!」
野良は「これ見て」と言って、SNSの招待状を司馬に押し付けてくる。
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★☆★INVITATION★☆★
聖夜の宴 IN ザ・ゲート
場所:シルバー・ムーン
日時:12月24日 18:00
ドレスコード:インフォーマル
パーティー中にペアを作って、終了後の
クリスマス限定クエストに参加しましょう!
★白澤真昼(アバター名:マヒル)★
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「なんだよ、聖夜の宴って……。要はただのクリパだろ?」
「いいアイディアじゃないか。ファミレスでやると結構な出費になるけど、VRゲーム内でやれば出費も抑えられるんだ。HMDなんて誰でも持ってるんだから全員参加できるしね!」
余計なことをしてくれたな、と司馬はそう思った。HMDはVR空間を再現するエンジンを積んだヘルメットのようなものである。VRゲームはもちろんのこと、その用途は拡大の一途を辿っており、野良の言う通り今の時代持っていない人はほぼいない。だがしかし、司馬は数少ないHMDを持っていない人間のひとりだった。
「俺、行かね」
「え!? 何で!?」
「HMD持ってないしな」
「何だって!?」
野良は仰天して大きな声を上げた。そして、その声に反応してひとりの女子が司馬の机に近づいてくる。
「――ちょっと待って!? 司馬くん、ザ・ゲートやらない人なの!?」
その女子がドンッと司馬の机に乗り出し、困ったように眉を下げた。その拍子にゴールデンレトリバーのような赤金色の髪がふわりと舞い、甘い香りが漂う。勢いよく会話に割って入ったのは、聖夜の宴の企画者である真昼だった。
「ザ・ゲート?」
司馬は首をかしげる。
「司馬くん、本気で言ってる? ゲーム内のグラフィック、登場人物、ストーリーやイベント全てをAIが全自動で制作・運営してる今話題のVRゲームだよ! ”革命的な次世代VRゲーム”なんて呼ばれてるんだよ?」
野良が真昼の言葉にうんうんと頷き返す。
「AIがゲームの続きを紡ぐから、ゲーム内で何が起こるのか、どんな結末が待っているのか誰にもわからないんだ。ザ・ゲートはそんなミステリアスなゲームだよ」
「へえ、そんなのができたのか」
司馬は興味なさそうに答えたものの、ついにAIがゲームを作る時代が来たのかと技術の進化について感心した。VRゲームをプレイしていた三年前までは、人手でVRゲームを作っていたし、運営会社の社員がゲームマスターをやっていてゲームの運営・管理を行っていたのだ。
「興味出てきた!? 司馬くんには来てもらわないと困るなあ。じゃないと、クラスの女子たちに恨まれちゃうし」
真昼がそう言いながらチラッと教室の後方に視線を移すと、五人くらいの女子たちが並んで司馬たちの会話の動向を伺っているのがわかった。
「すまんな。今回は行けそうにない」
「えー! なんでだよ!? 面白そうだと思わないか!?」
野良が不満気な声を上げた。司馬は三年前の事件をきっかけにVRゲームは金輪際しないと心に決めていた。いくら最新のゲームで面白かろうが、野良や真昼たちに誘われようが、一切やる気にはならなかった。
「そっか残念だな……。強制はできないから気分が変わったら来てね。歓迎するから!」
真昼はそう言いながら完璧なウインクを披露すると、教室の後方へと去った。そして、待機していた女子たちに何かを告げると「えぇ~~~!?」という悲鳴のような声が聞こえた。すると、
「ちっ! 女どもギャーギャーうっせーんだよ!」
その時、怒声が教室に響き渡り、女子たちが静まり返る。悪態をついたのは、一番後ろの席で机に行儀悪く足を乗せている金木徹だった。高校生のくせに金色に染めたアゴ髭を生やし、逆立った金髪にゴールドのピアス。見た目はまるでライオンのようで、ヤンキーのテンプレートのような奴だった。
「金木くん、勝手に盛り上がっちゃってごめんね!」
そんな金木に対して真昼は大人な対応で謝罪する。しかし、金木の機嫌はすこぶる悪い。
「司馬が来るかどうかなんてどうでもいい。司馬じゃなくてもっと気にすべきことがあんだろ?」
金木の言葉に真昼は首をかしげる。その表情を見た金木は苛立ちを隠そうともせずライオンのように吠えた。
「シ・ル・バー・ムー・ン! モブどもにはもったいないくらい上等な会場をこの俺が借りてやったんだぞ? 司馬じゃなくて、シルバー・ムーンを借りたこの俺のこと気にしろってんだ」
「あ、そうだよね! ごめんごめん! 今回は金木くんがゲーム内の高級ホテル”シルバー・ムーン”を会場として貸切ってくれたんだよ~」
真昼は顔を引きつらせながらも、そう紹介した。金木はその言葉を聞き、満足そうに頷く。
「クリスマスだから競争率が激しかったんだが、この俺にかかればまあこんなもんだ。シルバー・ムーンはリアルで例えれば五つ星ホテル! HMDすら持ってない貧乏人が来るところじゃねえぜ」
金木がそう言うと、金木の取り巻き連中が一斉にせせら笑いを上げた。司馬としてはこの思わぬとばっちりにはため息をつくしかない。
「金木、お前に言われるまでもなくシルバー・ムーンとやらには行くつもりないから安心しろ」
「貧乏人はリアルの方が充実してるってか? いいよなあ、モテるやつは。二組の横山を振るくらいだもんなあ」
「負け犬もとい負けライオンの遠吠えがうるさくて敵わん」
「なんだと?」
司馬の言葉に反応して金木が立ち上がる。しかし、金木の前に真昼が立ちはだかり、
「まあまあ、金木くん落ち着いて。元々私たちが騒いじゃったのが原因だから、ここは穏便に収めてよ、ね?」
と金木を宥めようとする。金木は舌打ちをし、真昼の言葉に従う形で席についた。
「司馬と金木は犬猿の仲だねえ」
「そんなんじゃない」
野良の呟きに司馬はそう答えた。司馬は金木に対して嫌悪感を抱いているわけではなかった。だた、金木の方から司馬にちょくちょく突っかかってくるのだ。司馬はそのちょっかいに応戦しているだけだった。
「それにしても女子たちはなんでそこまで司馬の参加を気にしてるんだろう? 司馬が付き合い悪いのはいつものことじゃないか」
野良は訝しげな顔でスマホでクリパの招待状を確認する。
「一言多いんだよ。俺だってVRゲームじゃなきゃ、クラスの行事くらい参加するぞ」
「ん?」
スマホの画面をスクロールしていた野良の手が突然止まった。
「――ふたり組を組んでクリスマス限定クエストに参加予定、だって!?」
「へえ。いいじゃないか」
司馬は興味なさそうに答えた。しかし、野良は突然ガタガタと震えておびえ始める。
「よくない! ふたり組なんて組まされた日には、どんなやつらに狙われるかわかったもんじゃないだろ!? ほら、あそこにも妙な視線を送ってくるやつが……」
そう言って野良は司馬の後方を指さした。
「やつ?」
司馬がその方向を見てみると、先ほど野良に告白していたブルドッグが獲物を狙うような熱い視線を投げかけていた。舌なめずりする様子を目撃し、司馬の全身の毛が逆立つ。
「……ご愁傷様。でもお前も聖夜の宴に参加しなきゃいいだけの話だろ?」
「おいおい、僕の身になって考えてくれよ。僕みたいな陰キャがクラスの行事に参加しなかったら、今後一切イベントごとに呼ばれなくなっちゃうだろ!? 司馬みたいに付き合い悪くても引く手あまたのイケメンとは違うんだよ!」
「威張ることではないがな……」
「ということで、司馬もちゃんと参加するんだよ!」
「は? なんで俺が?」
「愚問だね! ふたり組で参加するイベントなんだから、司馬と僕が組むのさ!」
「はあ!? 何が楽しくてクリスマスに男同士でペアになるんだよ!?」
「じゃあ僕より女子とペアになる方がいいの?」
「いやそれはお前と組んだ方が気楽でいいに決まってる――ってそういうことではないだろ!?」
「とにかく! 最低でもイベントには参加すること! 僕の命がかかってるんだからね!」
腕組みしてそっぽを向く野良を見て、司馬はため息をついた。
ここまで読了いただきありがとうございました!