9 巨大昆虫
王都メガロポリスを発った俺たちは街道に沿って一路北を目指した。
賢者の塔がある最北端の街ギオまではモルグの足で昼夜休まず進んで五日はかかるらしい。
背中の殻に荷物を満載したモルグの時速がだいたい四〇キロ前後らしいので、単純計算で四八〇〇キロの道のり。あまりに広大でちょっとイメージが追い付かない。
ウルメルが乗ったモルグは二人分の旅の荷物とバイクの整備に必要な道具しか積んでいないため最大で六〇キロくらいは出るようだが、俺は休憩しないと疲れてしまうし夜間の移動は魔物が活発になるため危険度も上がる。
なので夜はキャンプしたり宿場町を利用する想定で到着まで大体ニ週間くらいの見積もりだ。
初日は街道沿いに進み夕方ごろに到着した宿場町キオルで宿泊。
町のあちこちに木造の風車塔が建っていて荒野の風を受けてギシギシと回っている。
どことなく西部劇の雰囲気が漂う静かな町だ。
宿屋で部屋を借り、一階の食堂で夕飯を食べつつウルメルと雑談を交わす。
夜になり酒場へと変わった食堂は冒険者や町の労働者たちで賑わいガヤガヤと騒がしい。
「モルグってすごいな。あれだけの速度で休まずずっと走り続けられるんだろ?」
「まあね。でも道が整備されてない場所だと御者が指示しないと興味を惹かれた方へ行っちゃうし、街道沿いだからって安心して宿代をケチってモルグの背中で一晩明かすとモルグが道を間違えてて起きたら全然知らないところにいた、なんてこともよくあるんだ」
「そりゃ動物だもんな。人間みたいにはいかないか」
「だからこうして御者が休憩するための宿場町があちこちにあるんだよ。それに身体が大きいからバイクみたいに狭い場所へは入っていけないしね」
「一長一短か」
会話の切れ間にすぐ近くで飲んでいた冒険者たちの会話が耳に飛び込んでくる。
「にしてもまさか森の奥があんなことになってるなんてな。流石に肝が冷えたぜ」
「ああ、思い出しただけでゾワゾワすらぁ。当面街道も封鎖されるだろうな」
街道封鎖だって? どういうことだ。
「ねぇねぇ、街道封鎖ってどういうこと?」
と、ウルメルがぴょいと椅子から飛び降りて物怖じせず男たちに話を聞きに行く。
酔っぱらいに絡まれたら危ないので俺も席を立ち彼女の後に続いた。
「あん? なんだお嬢ちゃん……って、あーっ!? お前なんでここに!?」
「あー!? ハゲ兄貴とタコ助!」
「ハゲじゃねぇもう生えてるわ! それと俺の名前はマッドだよく覚えとけ!」
「俺もタコ助じゃなくてマックスだからな!」
「いやお前はタコ助でいいだろ」
「ひでぇよ兄ちゃん!?」
酔っ払い冒険者は道場に殴り込んできた元モヒカン兄貴と弟のタコ助だった。
兄がマッドで弟がマックス。見た目だけじゃなくて名前も世紀末だった。
ちなみにマッド兄貴の頭はモヒカンラインに沿って短い髪がうっすらと生えてきていている。
ちょっとデッキブラシみたいだと思ったのは内緒だ。
「何? 知り合い?」
「道場でちょっとね……」
「ふーん? あ、私たちギオを目指してるんだけど、森の奥で何を見たの?」
「ケッ、女連れたぁ良いご身分だな」
と、マックスが嫌味をかますとマッド兄貴のチョップが弟のアフロヘアを割った。
「痛ってー! 何すんだよ兄ちゃん!?」
「うるせぇこれ以上恥を晒すなみっともねぇ。弟が悪かったな。俺たちゃついさっきここから北西にある森の調査から帰ってきたとこなんだがよ」
マッド兄貴が言うには普段穏やかなはずの森は、地面から噴き出た高濃度マナの影響を受け昆虫たちが巨大化していたらしい。
「しかも運の悪いことにコルカンタの大量発生と重なったみたいでな。モルグくれぇデカい蟲どもがうじゃうじゃいやがった。ありゃあこの世の地獄だぜ」
「よく生きて帰れたね」
「まったくだ」
ウルメルが苦笑いするとマッド兄貴も鏡合わせのように苦笑した。
コルカンタはハチとバッタを足したような見た目の昆虫で、大きさはどんなに大きくてもせいぜい大人の拳程度。
それでも十分デカイ蟲だがそれがマナのせいでさらに巨大化したらしい。
「蟲どもは森を全部食い尽くす勢いでな。森を食い尽くして大移動が始まるのも時間の問題だ。だからやつらをどうにかするまで軍が街道を封鎖するだろうなって話よ」
困ったな。
ギオへ船で行くとなると外海に出て大陸を半周しないといけないが、メガロポリスまで戻っても黒衣の男の国外逃亡を防ぐために外海へ出る船はすべて止まっている。
「封鎖が解除されるまで待つしかないか」
「そんなー」
「……いや、案外なんとかなるかも」
と、何かを閃いたように呟いたのは以外にも弟のマックスだった。
「ようはコルカンタどもをおびき出して一網打尽にしちまえばいいんだ。やつらは何パターンかあるマナの波長で連携を取ってる。それを利用すれば……」
「でもどうやって?」
「へっへ、これでも俺ぁつい半年前に賢者の塔を卒業した二等学士だぜ? 塔じゃマナを使って蟲を操る研究してたんだ任せとけって」
意外だ。
てっきりマッド兄貴の腰巾着かと思ったらマックスも一人前の魔法使いではないか。
二等学士と言えば賢者の塔で五年魔法を学び、卒業試験に合格した者だけが名乗れる称号だったはず。
「魔法の腕だけでも生きていけるだろうに、なんで師匠の道場に?」
「魔法使いになったら女の子にモテるって聞いてたのに全然声すらかけられねぇ。だから剣士になれば今度こそモテると思って」
ああわかった。この人勉強のできるバカなんだ。
「俺の話はどうでもいいんだよ! それより蟲どもをどうするかだ」
俺が折った話の腰をマックスが戻す。
「やつらの群生地の近くまで行って、移動指示の波長を出せばやつらはきっとついてくる。そしたら事前に罠を仕掛けた場所まで逃げ込めば一網打尽ってわけよ。上手くいけば巨大昆虫素材が大量に手に入る。大儲けのチャンスだ!」
「確かにコイツの持ってるあの変な乗り物がありゃできなくはなさそうだ」
「バイクね、バイク。変な乗り物じゃないよ」
俺のバイクがあれば勝算はゼロではないだろう。
それでもかなり危険な賭けにはなりそうだけど。
「別にこれは強制じゃねぇ。危険を避けたいなら街道が封鎖される前に今すぐ町を出るのも手だ。そこはお前たちの判断に任せるぜ」
「どうするハヤト?」
さてどうするか。
自分から危険な賭けに出ずとも待てば安全にギオまで行けるようにはなる。
ただその分旅費はどんどん減っていくし、その間にギルドで仕事が見つかるかどうかも運次第だ。
マッド兄貴の言うとおり今から町を出るのも手だろう。
と、俺が思考を巡らせていたそんなときである。
「た、大変だ! 蟲が、森から大量のコルカンタが飛んできたぞ! 皆逃げろ!」
表通りから宿屋に飛び込んできた男がそう叫び、転がるように宿から飛び出していった。
周囲はすでにてんやわんやの大騒ぎである。
「……どうやら思ったよりも蟲どもは腹ペコだったらしいな。酔いが回る前でよかったぜ」
マッド兄貴がテーブルの上の料理を急いで飲み込んで立ち上がり、
「ええい落ち着け野郎どもッ!」
一喝。
それだけで周囲のパニックは収まりその場にいた全員の視線がマッド兄貴に集まった。
「マックス、毒玉の準備だ。オメェ、名前は?」
「ハヤト」
「ならハヤトはバイクを走らせて罠が完成するまで蟲どもを惹きつけろ。マックス、コイツに蟲どものマナ波長を教えてやれ」
「了解だ兄ちゃん。おいハヤト、一度しか教えねぇからすぐに覚えろよ」
俺が頷くとマックスが俺の手を握り一定のリズムでマナを流し込んでくる。
リリリ、リリリ、リリリリリン。音にすればそんな感じだろうか。
「今のを頭のてっぺんから放出するイメージだ。やってみな」
集中。自分を電波塔に見立てて、先端からマナを放出。
リリリ、リリリ、リリリリリン。
「ホントに一発で覚えやがった……。まあいい上出来だ。じゃあ囮は任せたからな。罠が完成したら上空に照明魔法を打ち上げる。そしたら光の真下を目指して走ってこい」
「わかった」
「私も何か手伝う! これでも名工ドンズの娘だもん。道具作りなら任せて!」
「そりゃあいい。なら嬢ちゃんには毒玉を作ってもらう。お前らも材料集めと毒玉作りを手伝え! ここにいねぇやつらにも声をかけろ! 費用は全部俺が出す! 野郎ども、蟲狩りだァッ!」
「「「「応ッ!!!!」」」」
その場にいた全員にマッド兄貴が役目を割り振ると冒険者たちの顔つきが変わり一斉に動き出した。
二級冒険者というのはどうやら本当だったらしい。
俺も蟲が町を襲う前に早く出よう。
「ハヤト! 気を付けてね」
「ウルメルも気を付けて。行ってくる!」
宿屋を出た俺は裏手のモルグ小屋に隠しておいた相棒に跨り町から飛び出した。