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8 旅立ち

 燃え盛る瓦礫を踏み越えて奥へ進むと、次第に温度が下がってゆきいつしか周囲は白く凍てつく極寒へ変わった。

 きっと先に駆けつけた師匠が炎の被害を食い止めるため魔剣を使ったに違いない。


 さらに奥へ進むと崩れた建物の隙間から師匠たちの姿が見えた。

 手に紅く輝く石を持った黒ずくめの男と戦っているようだ。

 強引に破られた跡が残る溶鉱炉と紅い石。おそらくあれがアグニタイトで、あの男がこの事件の犯人なのだろう。


 すると次の瞬間、男の全身から凄まじい勢いでオーラが漲り悪魔の姿をかたどった。

 直後、まず師匠が吹き飛ばされ、反撃を試みたドンズさんが枯れ葉のように蹴散らされる。


 あの巨大な紅蓮竜を一撃で屠った師匠でさえ手も足も出ない相手。

 そんな理解の及ばないほどの強者が俺の恩人たちを殺そうとしている。


 怖い。無理だ。俺になにができる。

 身体が芯から冷たくなって手足が震えた。


「熱っ!?」


 俺の手の中でカグナが焼け付くほどの熱を帯びた。

 逃げるな、恐れず勇気を持って戦え。そう言っているかのようだった。


 ここで逃げたらきっと一生後悔する。

 なにより師匠に貰った大きな恩をまだ返せてない!


「力を貸してくれ、カグナ!」


 俺の想いに応えるようにカグナが手の中で一際輝きを増していく。



「────炎剣開放【龍王咆哮ダルガ・ドラグニア!】」



 剣に導かれ自然と口から力ある言葉が紡がれる。

 直後刀身が弾け、万物を焼き焦がす灼熱が噴き出した!


 龍王の息吹を彷彿とさせる極大の一撃は目の前を塞いでいた瓦礫を消し飛ばし、男が纏う悪魔のオーラさえも消し去って岩山に大穴を開けた。


「二人から離れろ化物!」


 短剣を正面に構え精一杯の虚勢を張った。

 あれほどの熱量を湛えていたカグナからはもうロウソクよりも頼りない熱しか感じない。


 あの一撃はアグニタイトの熱をたっぷり喰らったからこそ放てた限界の一撃。次またアレを放つにはいったいどれだけの時間が必要になるやら見当もつかない。

 けど相手はそれを知らない。

 だったら何度も撃てるかのように振る舞って相手がビビって逃げてくれれば俺の勝ちだ。


「ッ!?」


 竜の頭骨を模した不気味な仮面の奥に光る瞳と視線が交わる。

 何故かその瞬間不思議と懐かしい感じがした。


「く、ふふふ……ははは………!」


 すると黒衣の男が突然狂ったように笑いだす。


「ああそうか、貴様はそういう奴だったな。おかげて吹っ切れたよ」


 なんだ、なにを言っているんだコイツは。


「神を殺せハヤト。日本に帰りたいならそれ以外に道はない」


「なんで俺の名前を!? ……っ! まさか!? あ、待って!」


 呼び止める間もなく黒衣の男がマントを翻すとまるで最初からそこにいなかったかのように男の姿は跡形もなく消え去っていた。

 確証はない。けど、あの男は俺を名前で呼び、日本のことも知っていた。そしてなによりあのどこか懐かしい瞳……。

 まさか、そうなのか? けどもしそうならどうしてこんなことを。


「……ガハッ! な、言っただろ。『拾った出会いこそ大事にせよ』だ」


「師匠!? 喋っちゃダメです! すぐに人を呼んできますから!」


「ああ、頼む……。クソ、久々にボロ負けだ」


 目を覚した師匠が血を吐いたため考えごとを一時中断し、俺は工房にいた全員が救助されるまで瓦礫の山をかき分け駆けずり回ることになるのだった。


 かくしてメガロポリスを騒がせた事件は事前に不審な避難勧告が出されていたおかげて幸いにして死者こそ出なかったものの、師匠とドンズさん、工房の整備技師五名が重軽傷を負い、アグニタイトが盗まれるという大損害を被り幕を閉じた。



 ◇



 波乱の大事件から三日。

 瓦礫の撤去も終わり崩れて脆くなった岩山も魔法で修復補強され町はひとまずの平穏を取り戻しつつあった。


 一番大きな被害を受けた工房は今も急ピッチで再建が進められていて、燃え尽きてしまった紙の資料も職人たちの記憶を頼りに着々と復元が進んでいる。


 中でもウルメルの記憶力は凄まじく職人たちですらうろ覚えだった部分まで正確に記憶していたため、資料の殆どは彼女が復元したと言っても過言ではない。


「おわったぁ……」


「お疲れ様」


 へにゃっと机に突っ伏して死にかけのウルメルにお茶を淹れてやると、彼女は猫みたいに俺に頭をすり寄せて甘えてくる。


 俺のバイクと一緒に一人取り残されていたウルメルは俺が見つけに行くまでの数時間、ずっと師匠が作り出した極寒地獄の中で震えていた。

 よほど心細い思いをしたのか俺の顔を見た瞬間にわんわん泣きだしてしばらく抱きついたまま離れなかった程だ。


 元々人懐っこかったウルメルだが、あれ以来妙に俺にべったりになってしまい、こうして隙あらば俺に甘えてくるようになった。

 どうにもカグナのおかげで基礎体温が高くなった俺で暖を取っているだけのようにも思えるが、美少女に抱きつかれる役得をわざわざ手放すこともないので好きにさせている。


「あーあ、なんで私だけ資料復元なんて面倒なことしなきゃいけないのさぶーぶー!」


「工房にあった資料の内容丸暗記してたのがウルメルだけなんだから仕方ないよ」


「あんなの一度見れば誰だって覚えられるよ!」


「覚えられてないからこうして任されたんでしょ。それに終わったんだしもういいじゃん」


「むー! 私だってバイク弄りたかったもん!」


 ぷくーっとほっぺを膨らませて拗ねるウルメル。

 救助隊の懸命の治療により怪我を負った全員はすでに快癒しており、元気になったドンズさんは復旧工事の指揮もそこそこに俺のバイクを完成させるべく寝る間も惜しんで作業してくれている。

 ウルメルも開発に深く関わっていただけに最後の仕上げに立ち会えないのが不満なようだ。


「できたぞハヤトよ!」


 と、不満タラタラなウルメルを宥めていたところへドンズさんが鼻息荒く駆け込んできた。

 目も血走っていてちょっと怖い。


「待ってました!」


「私も行くーっ!」


 寝不足のせいか妙にハイテンションなドンズさんに続いて整備ドックへ足を運ぶとそこにはすっかり生まれ変わった俺の相棒がいた。


「見よ! これが生まれ変わったお前さんの相棒じゃぁ!」


 まず目を引くのはメタリックな光沢を放つ真紅の外装。

 磨き抜かれた骨の乳白色に支えられたエンジン部分は血管のような模様が紅く浮き出ており、生々しく脈動しながら明滅を繰り返している。


「溶鉱炉にこびり付いておった天然アグニタイトの欠片を加工した紅蓮竜の心臓に組み込んだ疑似永久機関じゃ。今後数万年は自己修復を繰り返しながら稼働し続けるじゃろう」


 これまた予想の天井を突き抜けてとんでもないものが出てきたな。

 生命と機械の融合。なんとも男心をくすぐるロマンがあるではないか。


「……などと言ってみたものの、実を言うとコイツはまだ未完成なんじゃ。理論上永久稼働することは間違いないんじゃが組み込んだアグニタイトがこーんなちっこい欠片だったせいかどうにも出力が安定せん。最大で元のエンジンの三倍までのパワーは出るがそいつもコイツの気分次第じゃ」


 鼻くそでもつまむみたく指先を窄めてドンズさんは悔しげに顔をしわくちゃにする。

 それでも元のエンジンの排気量が249ccだったから、最大で747ccか。


 ガソリンエンジンとはそもそもの構造が違うためエンストの心配がないのはありがたいが、不安定なパワーを上手く使いこなすのは少し慣れが必要かもしれない。


「生体部品を使ったせいかどうにもコイツには意思が芽生えておるようでな、お前さんとの信頼関係次第でやる気も変わってくるじゃろ。可愛がってやるんじゃぞ」


「わかりました。ありがとうございます」


「うむ。次は完全オリジナルのバイク制作じゃな! 腕がなるわい!」


「頑張ってください。俺、マジで応援してますから!」


 この世界にバイクが広まってライダーが増えたら絶対楽しい。

 いろんなパーツが市場に出回って自由に改造できるようになればもう最高だ。


「……もう行くのか」


「はい。やらなきゃいけないことができたので」


 元の世界へ帰るための手がかりを探すためにも、俺は黒衣の男が言っていた神について調べる必要がある。

 いつまでもドンズさんたちの好意に甘えてはいられない。


 この三日、俺は工房の片付けを手伝いつつ旅立ちの準備を進めてきた。

 ギルドで工事作業補助の仕事を受けお金を稼ぎ、必要な物を買い集め、お世話になった人たちに挨拶して回ったり、他にも細かいことを色々と。


 幸いにして国王が国庫を開放して冒険者を大量に雇ったため仕事の報酬も良く、一度見さえすればどんな技術でもすぐ覚えられるのでどんな現場でも重宝されて特別ボーナスでガッツリ稼がせてもらった。


 テントなどのキャンプグッズはこっちに来たときに一緒に持ってきていたし、買い物も必要最低限で済んだので旅費にも余裕ができた。


「最初はどこを目指すつもりじゃ」


「師匠が紹介状を書いてくれたので、まずは大陸北端の賢者の塔を目指そうと思います」


 賢者の塔。多くの魔法使いたちが日夜研究と研鑽に励むこの国の最高学術機関であり、世界中からあらゆる本が集まる知識の殿堂でもある。

 そこにはかつて師匠と旅をした仲間がいて、日々魔法の研究をしているらしい。

 まずはそこで神に関する情報を調べるつもりだ。


「そうか、寂しくなるのう」


 ドンズさんが俺の相棒を愛おしそうに撫でてしょんぼりと肩を落とす。


「大丈夫だって、私がちゃんと責任持ってこの子を完成させるからさ!」


「うむ、任せたぞウルメルよ。ワシもなるだけ早く世界中にバイクが広まるように頑張るからのう」


「ちょっと待って。え、なに、ウルメルついてくるの!?」


「あったりまえじゃん。もし途中でこの子が壊れたら誰が修理してあげられるのさ。それに旅の途中でお母さんにも会えるかもしれないしね!」


 ウルメルには母親がいない。

 彼女が赤ん坊のときに突然姿を消してしまい、それっきり音沙汰がないそうだ。

 誰よりも娘を可愛がっていただけに周囲の人々はこの突然の失踪を不審に思いギルドを通じて捜索依頼も出されたが、かれこれ十四年も目撃情報すらないままらしい。


 その話を聞いたとき、俺はなんだか自分の体験と似ていると思った。

 もしかしたら彼女のお母さんは俺とは逆に地球へ転移してしまったのではないか。

 確証はない。けど、いなくなった家族を探したいという気持ちは痛いほどよくわかる。だったら俺に彼女を止める権利なんてない。


「娘を頼んだぞ」


「はい」


 父親として娘を送り出すのはやっぱり寂しいだろうし不安だってないはずない。

 それでも頼むと言ってくれたドンズさんに俺ははっきりと頷きバイクの鍵を受け取った。


「じゃあ行こっか! 実はもうハヤトの分の荷物もピコに積んであるんだ」


「いつの間に」


 ウルメルが指笛を鳴らすと背中に荷物を載せた巨大カタツムリ『モルグ』のピコがひょっこりドックの扉から顔を出す。

 背中の殻の一部を加工して作られた座席にウルメルが飛び乗ると、ピコは触覚をピクピクさせて「ぶもっ」と鳴いた。

 やる気は十分のようだ。


 待ちきれない様子のウルメルとピコの視線を受け、俺も新しくなった相棒に跨りエンジンをかける。


 ドルンッ!


 竜の心臓が唸りを上げる。マフラーから噴き出す赤い燐光が美しい。

 アクセルを入れると鼓動が高鳴り相棒が喜んでいるのが感じられた。

 そうか。お前も嬉しいか。俺もワクワクしてる。


「それじゃあ、お世話になりました!」


「行ってきまーす!」


「いつでも帰ってきていいんじゃぞ!」


 手袋を着け直しフルフェイスを被る。気合十分、準備万端。

 クラッチバーをゆっくり手放すと車体がグンと前に漕ぎ出した。


「ハヤトー! 達者でなー!」


 ドンズさんに見送られドックを出ると師匠とすれ違う。見送りに来てくれたのか。

 この世界に迷い込み、右も左もわからなかった俺を助け親切にしてくれた大恩人。

 最初に出会ったのが彼女で本当によかった。


「師匠もお元気で! 色々ありがとうございました! またいつか会いましょう!」


 恩人たちに別れを告げ、俺は相棒のギアを上げて駆け出した。

 目指すはオーザム大陸最北端、賢者の塔。

 俺の旅が始まった。

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