5 改造
工房へ帰るとセローは元通り組み上げられていた。
錆や汚れを取ったおかげで新品みたいにピカピカだ。
「組み立てるときにアイデアが閃いてな。バッテリーを取り外して代わりに雷鳴石を組み込んでみた。石そのものが発電するから電力切れの心配がなくなったぞ。バッテリーを外したぶん軽くもなった」
試しにエンジンをかけてみるとキック一発ですぐにかかった。
きちんと整備してくれたおかげか前よりエンジンの振動も少なくなっている。
やはりこの二人に任せて正解だったようだ。ここまで完璧にやってくれるとは思ってなかっただけに、改めて二人の技術に感服した。
「今職人たちが紅蓮竜の素材を使ってフレームとか外装を作ってくれてるからね。ざっと計算した限りだと強度は三倍、総重量も五キロくらい減る予想だね」
「三倍!?」
とんでもないな異世界素材。
あれだけの巨体で飛ぶのだから骨が軽くて当然だし、
頑丈でないと自重を支えられないのは理解できるが、それにしたって金属以上とは恐れ入る。
ちなみにこの世界の重さの単位はセラ(一セラ=約一キロ)だが、俺の耳には謎翻訳のおかげで耳慣れたキログラムのほうで聞こえている。
いちいち頭の中で変換しなくてもいいのはややこしくなくて正直助かる。
「燃料問題は少し時間がかかりそうじゃ。いっそエンジンそのものを新しく設計したほうが早いかもしれん。なるだけこの美しいデザインは崩したくないからのぅ」
「大丈夫です。納得いくようにやってください」
「必ず期待以上のモノを作ると約束しよう」
「やるからには最高のモノを作らせてもらうよ!」
笑顔の二人と握手を交わす。この人たちなら信頼できる。
「俺の相棒をよろしくお願いします。じゃあちょっと軽く走らせてきますね」
「うむ、調子の悪いところがあればすぐに言ってくれ」
俺は新しくなった相棒の調子を確かめるべく夜のメガロポリスへと駆けだした。
◇
翌週、竜骨のフレームとホイール、竜の鱗を加工した外装が完成した。
フレームは磨き抜かれた骨の乳白色がワイルドな仕上がりで、外装は紅蓮竜のメタリックな紅が美しい。
「かっけぇ……」
「試しに今日一日乗ってみて感想聞かせて。もし不具合とかあったらすぐに教えてね」
「じゃあちょっと行ってくる!」
俺は新しくなった相棒にワクワクしながら工房を飛び出した。
向かう先は師匠の道場。あそこなら色々な自然の地形が再現されているのでテスト走行にはピッタリだ。
徒歩四〇分近くかかる道のりを5分とかからず駆け抜け道場へ辿り着く。
師匠は二つ返事で了承してくれた。
「じゃあ庭お借りします!」
ギアを低速に入れまずは感触をつかむためにゆっくりと車体を進めていく。
乗り心地が全然違う。車体のたわみをまったく感じないし全体的にすごく「しっかりした」感じだ。
それでいて車体も軽くなっていて扱いやすくなっている。素材が違うだけでこんなに変わるもんなのか。
速度を上げても変わらず安定しているし、かなりの高低差があっても車体がまるでヨレない。これはすごい。
「もういいのか?」
「はい。だいたいわかったので」
「そうか。……少し乗ってみてもいいか?」
師匠が目をキラキラさせて俺に迫る。
そんなショーウィンドウに飾られたラッパを眺める少年みたいな目で見られたら断りづらいじゃないか。
毎日お世話になってる身だし、未来のライダー仲間が増えると思えばお安い御用だ。
「いいですよ。操作方法教えますね」
「いいのか! やった!」
俺がバイクの乗りかたを教えると師匠はあっという間にギア操作と半クラッチのコツを掴みセローを乗りこなしてみせた。
流石世界を巡ったバトルマスターだけあって身体で覚えるのは得意らしい。
「いいなこれ! スゲー楽しい!」
「この短時間でここまで乗りこなすなんて……。おみそれしました」
「欲を言やぁもう少しパワーとタッパが欲しいがな。私には少し小さすぎる。なあこれ」
「あげません!」
「まだ何も言ってねぇだろ!? けどこりゃ間違いなく売れるぞ。原野をこんだけ快適に走れりゃ冒険者なら絶対買うな」
「ですよねですよね!」
この世界にバイクが広まって冒険者たちがそれぞれのカスタム車を自慢しあう。そんな世界になったらきっとすごく楽しいだろう。
「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします!」
「おう。またテストするならいつでも庭貸してやる」
実際に乗った所感と師匠のコメントをメモに残し、俺は港の工房へと引き返えそうとしたその時である。
「おら出てこいやクソアマァ!」
ドスの効いた男の怒声が道場の門を叩き、武器を持った男が二人、ズカズカと敷居を跨いで庭へ上がり込んでくる。
片方はこの前道場から放り出されたタコ助氏(仮)だ。
「テメェがバトルマスターを名乗るインチキ女か! 俺様の可愛い弟が随分と世話になったみてぇだな、あ? コラ!」
モヒカンにトゲ付き肩パットの革鎧を着た世紀末チンピラが大きな金棒を担いで師匠を睨む。うわぁ、ホントにいるんだこんな奴。
「ハンッ、兄貴の背中に隠れてお礼参りたぁつくづく見下げ果てた野郎だ」
「う、うるせー! 兄ちゃんコイツヒデーんだぜ!? 俺は剣術を教えてほしかったのに泥の上に何度も投げ飛ばしていじめるんだ!」
師匠が腕を組んで鼻で嗤うとアフロヘアのタコ助氏(仮)がモヒカン兄貴の背中に隠れて泣きついた。な、情けねー。お前男としてそれでいいのか。
「あぁ!? 受け身の基礎もできてねぇタコに武器の扱いなんざ教えられるかつったろ耳腐ってんのかタマ無し野郎! 冒険者に必要なのはどんな状況からでも生還できるしぶとさだ! それが理解できねぇ根性無しに教えることなんざ何もねぇよボケが!」
「ひぃ!?」
「……なぁお前本当にいじめられたのか? 口は悪ぃけどコイツ言ってること真っ当だぞ」
おや、モヒカン兄貴思ったよりまともっぽいぞ。
「ひ、ひでぇよ兄ちゃん! ホントなんだって! コイツ俺がまいったって言っても構わずマウント取ってボコボコにしてきやがったんだ!」
「実戦でまいったが通じると思ってんのか。殺さず五体満足のまま帰してやっただけありがたいと思え!」
そりゃそうだけど同じことをされた身としてもう少し手心を加えてくれてもいいんじゃないかなーと思わなくもない。
「ぐぅの音も出ねぇ正論だな。が、弟がやられたのはどうやら事実らしい。武器まで持ち出した以上このまま引き下がっちゃ俺ァただのピエロになっちまう」
「だったらお前とコイツで勝負してけ」
と、師匠がアゴをしゃくって俺を指名する。なんで!?
「コイツはテメェの弟が出てったすぐ後に入ってきて、この一週間毎日真面目に稽古に励んできた。コイツが勝てば私が正しかったことになるだろう」
「ハッ、随分と無礼られたもんだな。俺ぁこう見えて二級だぜ? ……殺しても文句いうなよ」
モヒカン兄貴の気配が俄かに殺気立つ。
二級と言えば在野で活動している中でもトップクラスの実力を持った冒険者たちだ。
一級以上の冒険者は大抵国に召し抱えられて現場に出ることは滅多にないため、実質二級が現場のトップというのが冒険者たちの共通認識らしい。
たかが一週間稽古しただけの俺にそんな大ベテランを倒せと? んな無茶な!
「そら、よーい始めッ!」
なんて色々と考えている内に師匠が合図を出してモヒカン兄貴が金棒を構えて突っ込んできた。
俺は相棒を急発進させ金棒の振り下ろしを躱す。
直後地面が爆発して俺の身の丈程もある岩の槍がモヒカン兄貴の前方から『ズバンッ!』と勢いよく生え立った。
岩の槍を紙一重で躱した俺は庭の地形を利用してモヒカン兄貴を突き放す。
「へぇ、随分イカす乗り物に乗ってるじゃねぇかよ! だが逃げてるだけじゃ勝てねぇぞオラッ!」
魔力を乗せた振り下ろしが地面を砕くと飛び散った破片が空中で向きを変え弾丸のように俺の背中に迫る。
車体を大きく傾け急所に直撃しそうな破片だけを躱し、残りは身体と車体で受けて構わず距離を取る。くそっ、痛ってえ!
どうする、機動力はこっちのほうが上だけどモヒカン兄貴を止める手段がない。
何か使えそうなものはないかと周囲の地形を観察すると、ふとあるアイデアが閃いた。
イチかバチかになるけどこれしかない!
「ヒャハハ! これでトドメだ!」
人間とは思えない脚力で障害物を飛び超えたモヒカン兄貴が魔力を込めた金棒を全力で振り下ろす。
急制動をかけてUターンし飛び掛かってきたモヒカン兄貴の真横をすれ違うようにすり抜けた俺は、相棒のアクセルを全開にして近くにあった崖を一気に駆け上がった。
「いっけぇぇぇぇぇッ!!!!」
「なぁっ!?」
崖を登り切る寸前、俺は両足で崖を蹴った。
空中へ車体が投げ出され天と地がひっくり返る。
全身の筋肉を総動員して空中で車体を一回転させた俺はそのまま後輪でモヒカン兄貴を轢き潰しアクセルを回した。
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「に、兄ちゃ────ん!?!?」
オフロードタイヤの回転に巻き込まれブチブチと抜け落ちたモヒカンが風にふかれて空へ散っていく。
頭頂部に黒いタイヤ痕を付けたハゲ兄貴は地面に突っ伏したままピクピクと痙攣して動かない。ご、ごめんなさい!
「ハーッハッハッハァ! どうだ、私が正しかっただろうが!」
「うっ……」
モヒカン兄貴がフラフラ立ち上がりすっかり寂しくなってしまった頭を撫でてプルプル震えだす。
や、やり過ぎちゃったよな。謝って許してもらえるだろうか。
「う?」
「うわ────ん! 俺の自慢のヘアーがぁぁぁ! 酷いよママァァァァァ!!!!」
「あ、待ってよ兄ちゃん!? チクショー覚えてろよーっ!」
滝のように涙を流して道場を飛び出したハゲ兄貴の後を追い弟のタコ助(仮)がテンプレな捨て台詞を残して去っていく。
なんだったんだいったい……。
「冒険者辞めて旅芸人にでもなったほうが儲かるんじゃねーかアイツら」
「確かに……」
ともあれ相棒さえあれば状況次第で二級とも渡り合えると証明できただけでも良しとしよう。
そう無理やり自分を納得させ、その日もきっちり稽古に励んだのだった。