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4 師匠

 分解してわかったことをすべて纏めた資料は夜通しかけて作成され、翌日の朝には工房の職人たちにも共有された。

 みんな目を輝かせて興味を示し、早速その日の内にバイク作成の研究開発チームが立ち上がり、この世界初のバイク開発に向けて工房全体が動き出した。


 分解された俺のセローが組み上がるまでの間ぼーっと見ているのも時間の無駄なので、俺は王都の外にあるジーラさんの道場を訪ねてみることにした。


 ドンズさんいわく、ジーラさんはかつて世界を巡り様々な武術を会得したバトルマスターで、その戦闘技術や指導のノウハウは王国兵の訓練にも取り入れられているのだとか。


 水車動力のエレベーターに乗りメガロポリスの上層へ上がり、巨大な鉄橋を渡って王都の外へ出る。

 行きかう人々が操る巨大なカタツムリはモルグと言い、重たい荷物を背中に乗せても何日も休まずに動ける上に、どんな悪路でも背中の荷物を揺らさずに進めるのでこの世界の人々に重宝されているようだ。


 ウルメルも一匹飼っていて名前はピコと言うらしい。

 昨夜少し触らせてもらったが、カタツムリのくせに体表は細かい毛で覆われており以外にもフサフサしていた。

 背中の渦巻き状の殻は中身が空洞になっており、人間が加工してハッチを取りつけることで荷物を積み込めるようにするそうだ。


 この殻は竜の牙にも耐えるほど頑丈で生きている間は少しずつ大きくなっていくのだとか。

 しかもカタツムリのくせにお母さんのお乳を飲んで育つらしく、怒ると触覚からビームを出すらしい。とんだ珍生物である。



 と、そんな異世界カタツムリ脅威の生態はさておき、鉄橋を越えしばらく道なりに進むと道の脇にくだんの道場の門は開かれていた。


 木造の建物は日本の道場にそっくりで、一瞬故郷に帰ってきたような錯覚さえ覚えたほどだ。

 この世界に元々似たような文化圏があったのか、それとも俺みたいな異界の民が広めたのかは知らないが、なんであれ少しだけ故郷が恋しくなった。


「ごめんくださうわぁ!?」


 開けっ放しの門の外から声をかけると道場の中からくの字に折れ曲がった人がぶっ飛んできた。なにごと!?

 表にふっ飛んでいった冒険者風のアフロ男に駆け寄ると白目をむいて気絶していた。


「おとといきやがれこのすっとこどっこい! 二度とその面見せんなこのタコ助!」


 と、道場の中から黒い胴衣を着たジーラさんが出てきて、口汚く男を罵ってその顔に唾を吐き捨てた。ひ、ひどい……。


「あん? なんだハヤトじゃねぇか、意外に早かったな」


「時間を無駄にしたくなかったので」


「いい心がけだ。ついてきな」


 顎をしゃくって踵を返したジーラさんに続いて道場へ入る。

 庭には藁を巻かれた丸太が何本も突き立っていて、砂利やぬかるみなど様々な自然の地形が再現されていた。


 と、次の瞬間────!


「おらボサっとしてんじゃないよ!」


「ぐへっ!?」


 突然くるりとこちらを向いた女に俺は投げ飛ばされぬかるみの上に叩きつけられた。痛ったぁ!?


「い、いきなりなにするんですか!?」


「そうさ、実戦はいつだって唐突に始まる。常に最悪を想定しな。息をするように周囲へ気を配るクセをつけるんだ。冒険者としてやっていきたいならまずはそこからさね」


 どうやらこの道場、相当なスパルタのようだ。

 イメージしていた稽古とはだいぶ違うけど、彼女が言うことにも一理ある。


「ほう、それなりに根性はあるみただね。けど警戒が甘い!」


「ぐぼっ!?」


 ジーラさんが強く地面を踏みしめると近くの小石がすごい勢いで跳ね上がり俺の横っ面に直撃した。

 見た目より軽くて脆い石だったおかげで大怪我にはならなかったけど、それでも痛いものは痛い。


「そらもういっちょ!」


「っ!」


 痛みに怯んだ隙に軽石を握りしめたジーラさんがアンダースローで小石を投げつけてくる。

 散弾のように広がった小石を転がって避けると、地面に刺さっていた腕のついた丸太が突然「ぐるん!」と回転して強烈なラリアットを喰らってしまう。


「常に最悪を考えろと言ったろうが。戦況は常に移り変わる。そのときの最善手を即座に判断しろ」


「……くっ!」


「ほら、足元がお留守だ。歩けなくなったら冒険者は終わりだよ」


「うぎぎ……! はいっ!」


「誰が上への警戒をしなくていいなんて言った! 上は死角になりがちだ。常に頭の上に気を張りな!」


 その後も立ち上がっては何度も何度も打ちのめされて、日が暮れるころには俺はボロ雑巾のようになっていた。


「……はぁ。……はぁ。もう一回!」


 つらい。くるしい。いたい。

 けど、だいぶ避けられるようになってきた。もう少しで何か掴めそうな気がする。


「思ったより根性あるじゃないかお前」


「はぁ……。ふぅ……。ありがとう、ございます」


「うしっ、今日はここまでだ。裏に風呂があるから泥落としてついでに服も洗っちまいな」


 と、急に構えを解いてニッと笑み崩れたジーラさんが建物の中へ入ろうとしてふと立ち止まり、


「これからは師匠と呼びな。今夜はウチで飯食ってけ」


 どこか嬉しそうにそう言い残し今度こそその場を去った。



 …………認めてもらえた、のか?



 ともあれ全身打撲とすり傷だらけでしかも泥まみれだ。今日のところはありがたくお言葉に甘えさせてもらおう。

 警戒しながら裏手に回ると(案の定罠が仕掛けられていたけど気合で避けた)木の板で仕切られた露天風呂があった。


 まず服と一緒に身体の泥をお湯でしっかり洗い落とし、痛みに耐えながら湯船に浸かる。

 すると次第に痛みが和らいでゆき、疲れがお湯に溶けだしていく……。



「着替えここに置いとくからね。服はここに干しておいて明日取りに来な」


「へぁい……」


「ったく、気の抜けた返事だな。疲れが取れたら上がってこい」



 しばらく湯船に浸かりぼんやりしているといつしか痛みは完全になくなり、すり傷や打撲のアザはすっかり綺麗になってしまった。すごい効能だ。


 用意されていた布で身体を拭き着替えの胴衣に袖を通す。

 分厚くて頑丈なのに肌触りはサラサラで着心地は悪くない。なんの素材だろう。


 裏口から建物の中へ入るとどこからともなく美味そうな匂いがただよってきた。

 やっぱり罠だらけの忍者屋敷みたいな廊下を警戒しつつ進むと、囲炉裏がある部屋に辿り着く。

 自在鉤に吊るされた鉄鍋の中には肉と野菜がぐつぐつと煮えていて、その周りには串を打たれた魚が灰に立てられていた。

 あまりに郷愁をさそう光景に思わず目頭が熱くなった。


「どうした泣きそうな顔して」


「すいません。爺ちゃんを思い出しちゃって……」


 秋田の爺ちゃん、元気にしてるかな。

 父さんがいなくなってからずっと会いにいけていない。

 婆ちゃんの作ったきりたんぽ、美味かったなぁ。


「そうか。まあ座れ、飯にしよう」


 お椀にたっぷりと鍋をよそってもらいどこか懐かしい夕餉が始まる。いただきます。

 見慣れない野菜と(たぶん)鶏肉の塩鍋。川魚も入っていて鶏と魚の出汁が美味い。

 焼き魚もホクホクで塩加減が絶妙だ。


「この建物の様式は500年ほど前に渡ってきた異界の民が北の国で広めたものだそうだ」


「じゃあきっと俺の故郷の人だと思います」


「俺はこの香りと雰囲気が好きでな。世界中あちこち回ったが、自分の道場を建てるとなったらこの様式にしようと心に決めてたのさ」


「なんか……嬉しいです。故郷に帰ってきたみたいで」


 まさかこんなところで囲炉裏が見られるとは思ってなかった。

 師匠も普通に箸を使ってるし、日本の文化が見知らぬ土地に根付いているのはなんだか嬉しい。


「明日もまた来い。お前は筋がいいし根性もある。朝の腑抜けのタコ助とは大違いだ」


 あの人門下生だったんだ。

 あんな追い出されかたして根に持ったりしてなきゃいいけど。


「あの野郎、自分から教えを乞いに来といて「あれを教えろ」だ「これはやりたくない」だのと文句ばかり垂れやがる。何様のつもりだボケが」


「まあまあ、落ち着いて」


 ともあれ、ここでなら俺は確実に強くなれる。

 今日一日打ちのめされて確信した。俺、間違いなく物覚えがよくなってる。

 これが俺のチート能力なのかはわからないけど、この人の下でしっかり学べば確実に強くなれるのは間違いない。

 自分を守れるくらい強くなって自由にどこへでも行ける足を手に入れたら、故郷へ帰るヒントを探しに旅に出よう。


「明日もよろしくお願いします。師匠!」


「おう。明日はもっとレベル上げてくからな。辛くても逃げんじゃねーぞ」


「はい!」


 懐かしい囲炉裏端で美味い鍋とホクホクの焼き魚をたらふくご馳走してもらい明日に向けての気力を充実させた俺は、確かな充実感を胸に帰路についたのだった。


面白い、続きが気になると思ったらブクマと評価をお願いします。



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