3 オーバーホール
船を降りギルドで依頼完了の手続きを済ませた俺は、ジーラさんに案内されメガロポリスの最下層を奥へと進んで行く。
そこかしこに大小無数の歯車が回っていて、スチームを噴き出す配管が岩壁や建物の外壁に張り巡る様は見ているだけでなんだかワクワクしてくる。
この三日、俺はジーラさんから文字を教わり簡単な文章なら読めるようになった。
声に出して読めば勝手に翻訳されて聞こえるので、普通に勉強するより理解は早かった。
並行してこの国の歴史や一般常識、タブーなんかも教わり、とりあえずなんとか生きていけるだけの土台は整ったように思う。
改めて彼女には感謝しかない。俺だけだったら途中で燃料が尽きて野垂れ死んでいただろう。
「着いたぞ」
縦に裂けた岩山の大空洞のほぼ中心部に建つその建物は、見る者を圧倒する威容を湛えていた。
全体的な外観は金属製のタケノコみたいな見た目で、王都の壁という壁を這う無数の配管の出処はどうやらここらしい。
こうしている今も工房の中では槌で金属を打つ甲高い音が響き渡っており、手前のドックでは大勢の職人たちが新しい船を作っている真っ最中だった。
「ここの溶鉱炉は天然のアグニタイトを炉心に使ってるんだとさ。その巨大な熱をあのパイプを通じて王都のあちこちに運んで普段の生活に役立ててんだ」
アグニタイト。魔導物質と呼ばれるものの一つだ。
魔法的な性質を帯びた物質のことをそう呼び、人工的に作られることが殆どで天然物は滅多に見つからないらしい。
「すげぇ……!」
「フハハ、そうじゃろう! すべてワシの考案じゃぞ。今やどの家庭でもつまみを捻れば簡単に湯が沸かせるし、飯の用意をする度に火を熾さずともよくなった」
と、俺の隣で誇らしげに胸を張ったのは小柄で筋肉質なヒゲもじゃオヤジだ。
いつの間に!?
「おうドンズ。来たぜ」
「ほっほー、コイツが手紙にあった異界の乗り物か」
「ほへー、凄いねこりゃ。マナを使うって思想がハナから無いみたい。ニオイからして何かを燃やしたガスを動力に変えてるのかな? 燃料は何だろう」
するとどこからか湧いてきた小柄な女の子がヒゲもじゃおじさんと一緒になって俺の相棒を色んな角度から眺めまわす。
年齢は俺よりすこし年下くらいだろうか。銀髪のショートカットで、上だけ脱いだツナギの袖を腰で結んでおり、首から猫目ゴーグルを下げている。
バイクに夢中になるあまり黒いタンクトップを内側から押し上げる大きなメロンが今にも零れてしまいそうだ。おおお……!
「こら、どこ見てんだ」
「いててっ」
おっぱいの魔力に視線を奪われているとジーラさんに耳をつねられた。ごめんなさい。
「紹介するぜ。こっちのヒゲオヤジがドンズで、となりのちっこいのがドンズの娘ウルメルだ。で、コイツが手紙に書いたハヤトな」
「お主、もっと詳しくコイツを調べさせてくれんか!」
「これ、おにーさんの? すごいねもっと見せて!」
ドンズさんとウルメルが目をキラッキラさせて俺に顔をずずいと寄せてくる。
なるほど、顔はぜんぜん似てないけどこれは確かに親子だ。
「今日はそのために来たんです。これからもコイツを継続して乗り回すためにも整備は必須ですから」
「ほっほーっ! 腕が鳴るのう。こんなにワクワクしたのは久しぶりじゃ」
「まっかせといて! フヒヒ、あんなとろやこんなところもぜーんぶ丸裸にしてあげるんだから!」
「あの、壊さないでくださいね……?」
GOと言えばすぐにでもバラバラにしてしまいそうな勢いだ。
「安心しろ。ドンズはこんなんでもこの国一番の名工だし、娘のほうも才能はピカイチだ」
「こんなんとはなんじゃい! ところでハヤトと言ったか。コイツの燃料は何をつかっておる」
「原油を精製したガソリンです。見ますか?」
「うむ、頼む」
燃料タンクのキャップを開けてやると、ドンズさんとウルメルは指をタンクの穴に突っ込んで指先についた油を舐めてまた唸る。
「なるほど。ありがとう、だいたいわかった」
「す、すごいですね」
「すごいのはお前さんの世界の技術じゃよ。魔法に頼らずこれほどのものを作り出すとは恐れ入るわい」
「ここまでくるといっそ狂気じみてるよね。よっぽど魔法嫌いな王様でもいるの?」
「大昔に遠くの国で魔女狩りがあったとは習ったね。少なくとも俺の周囲に魔法を使う人はいなかったし、あらゆる技術の根幹にあるのは魔法じゃなくて物理学や科学だよ」
「そっか、あの分野が発達すればこうなるのか」
もし歴史が違っていたら地球も科学じゃなくて魔法が発達していた可能性もあったのだろうか。
それとも俺が知らないだけで地球にも魔法使いたちの社会が存在していて、彼らによってそれらの技術が秘匿されているとか。
なんにせよあっちに帰ったらあまり派手にここでの体験は言いふらさないほうが良さそうだ。下手したら消されかねない。
「とりあえず一回バラさないことには何とも言えんのう。よし、お前さんしばらくここに住め。色々と聞きたいこともあるしの」
「え、そんないいんですか!?」
「これを量産できれば間違いなく売れる。金の大鉱脈のほうから歩いてきたんじゃ。小僧一人住まわすくらい屁でもないわい」
なにやら勝手に話が進んでいくが、住まわせてくれるというならありがたくそうさせてもらおう。
そんなこんなで俺は早速空いているドックへ案内された。
岩山の壁をくり抜いて作られたドック内は広々としていて、壁に沿ってキャットウォークが組まれており、天井からは照明と巨大なクレーンがぶら下がっている。
製図版や工作道具が並ぶ机は綺麗に整頓されていて、定期的に掃除されているのか埃っぽくもなく居心地は良さそうだった。
「奥にベッドが置いてある部屋があるからそこを使っていいよ。お風呂とトイレはあっちでキッチンはそっちね」
「工房なのに色々揃ってるんだね」
「泊まり込みで作業することも多いからねー。いっそ住めるように改装しちゃった」
奥の部屋は本当にベッドが置いてあるだけの小さな部屋だったが、ベッドはマットレスの中にバネが仕込んであるのか押し込むと少し音が鳴った。
寝心地は悪くなさそうだ。
「じゃあ俺はそろそろ行くからな。冒険者として力をつけたいなら鉄橋を渡った先にある道場へ来い。俺はそこにいるからよ」
「色々落ち着いたら必ず行きます。ここまでありがとうございました!」
「おう、待ってるからな」
表に出てジーラさんを見送り再びドックへ戻るとすでにバイクの分解が始まっていた。
初めて触ったとは思えないほど鮮やかな手つきでナットやネジが外され車体がみるみるバラバラになっていく。
「ここに溜めた電気で燃料を点火してるんだ。制御は……なるほど、君がやってるんだねー。小さいのに凄いね」
「ふむ、このバネで路面からの衝撃を吸収しとるのか。車輪の回りについとる黒いのも興味深い。どちらも改良の余地がありそうじゃ」
「あれ、ここの部品少し歪んでる……。うん、これでよし。油も新しいの塗っておこ」
「おーおー煤塗れではないか。……うむ、綺麗になった。むっ、こっちは少し錆びとるのう。ハヤトよ、そっちの棚の錆取り液の瓶を取ってくれ。そう、その緑の奴じゃ」
「あ、はい」
細かい部品はきちんとトレーの上に外した順番に並べられているし、各パーツの役割分析も正確だ。
見ただけで一つ一つの部品の役割を瞬時に理解し、歪んだり汚れたパーツは的確に処置してくれている。
技術とか経験が優れているとかそういうレベルじゃない。ここまでくると一種の超能力と言ってもいいだろう。
「とりあえずこれで外せるところは全部外れたね」
「うむ、組み立ては錆取りが終わってからじゃな。今のうちにわかったことを資料に纏めておこう。ハヤトもわかる部分は意見をくれると助かる」
「了解です」
ものの一時間ほどですっかりバラバラになってしまった俺の愛車。
整然と並べられたパーツたちは新品みたいにピカピカになり、歪んでいたところも直されてまるで喜びの声を上げているように見えた。
続きは17時から
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