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17 キューブ

 地下遺跡から脱出すると外はひどい有り様だった。

 地下の崩落に伴う地盤沈下でビル群は大きく傾き、建物の崩落に巻き込まれた人々の助けを呼ぶ声や冒険者たちの怒号が砂塵の合間に反響している。


 俺は休む間もなくギルドの指示で救助活動に駆り出された。

 助け出せた人もいれば間に合わなかった人も大勢いて、その中にはお世話になった工房の女将さんもいた。

 どうしようもない無力感とあちこちから漂う死臭に胸の奥が締め付けられる。

 女将さんの亡骸に寄り添い大泣きするウルメルにかけてやる言葉が見つからなかった。


「動けない奴がいても邪魔なだけだ。あっちで休め」


 ギドーが相変わらずぶっきらぼうな口調で言った。


「……いや、やる。まだ助けを待ってる人は大勢いるはずだから」


「…………無理はするなよ」


 ボソッと呟かれたこちらを気遣うギドーの不器用な優しさに僅かに口角が上がったのを自覚した。

 大丈夫、まだ笑える。


 込み上げる様々な想いを飲み下し冷えた心に蓋をした俺はひたすらに救助活動を続けた。

 ここでくじけてしまってはお世話になった人々へ合わせる顔がない。


 工房を貸してくれた職人のオヤジたちや、まるで本当の娘のようにウルメルの世話を焼いてくれた女将さんたちがいたからこそ、彼女は全力でバイクの改造を行えた。


 そして結果的にそれがフェイラルの計画を阻止することに繋がり、崩れゆく遺跡の中から俺を連れ出す力にもなった。


 多くの人々に助けられておいて自分がその死に向き合わないのは逃げだ。

 そんなこと許されないし俺自身が俺を許せなくなる。


 彼らの善意に少しでも報いたい。

 その一心で俺はひたすら作業を手伝い、ようやく一段落ついたのは二回目の日の出を見る頃だった。


「……生命反応なし。これで生きてるやつは全員助けたか」


 支部長の指示で動いていた探知魔法の使い手が救助作業の終了を告げたと同時、俺は落ちるように意識を失った。



 ◇



 白いモヤの向こうで誰かが話し合っている。


「ふむ、また生き残ったか」


「すごいね、二度も死の運命を覆しちゃった」


「確かに英雄の素質はある。だがまだ青い。もう少し育てねば」


「どうするの?」


「なに、もう少し負荷をかけるだけのことよ」


「ふふふ、彼は僕たちの座にたどり着けるかな」


 モヤが濃くなり、二人のシルエットが白く覆い隠されていく────



 ◇



 意識が眠りの水底から浮上していく。

 目を開けると俺はテントの中に寝かされていた。

 街の地上部分全体が陥没したせいで建物が使えなくなり仮の住居として設置したものだ。


「ハヤト!」


「うわっ!? ウルメル!?」


「よかった! よかったよぉ!」


 突然ウルメルが抱きついてきたかと思えば、俺の胸の中でわんわん泣き出してしまう。

 聞けば三日も目を覚まさない俺を見て心が死んでしまったのではないかと心配していたらしい。


「心配かけちゃったね。ごめん」


「ぐすっ、ハヤトは無茶しすぎだよ。身体は治せても心は簡単には治せないんだよ……?」


 確かに少し無理をし過ぎた。

 ウルメルを悲しませたかったわけじゃないのに。……ダメだな、俺。


「キヒッ、目覚めの気分はどうだよ」


 ウルメルの頭を撫でてやっていると、テントの中に黒マントの猫面男が入ってきた。


「アンタは……」


 確かボンズだったか。

 

「ついてきな。二人ともギルドの支部長がお呼びだぜ」


 テントを出るとすでに弔いの終わった死者の墓が建てられているのが見えた。

 ありあわせの素材を組んで作られた不格好な墓の群れ。

 こうして見ると随分と亡くなったのだとわかる。

 

「もっと上手くやれたなんてことはねぇ」


 墓地を眺めてボンズがまるで自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「いろんな要素や思惑が絡み合った結果こうなったんだ。誰か一人の力でどうこうできたなんてことがあってたまるか」


「でも……!」


 どうしたって悔いは残る。

 今回はウルメルのおかげで色々と過程をすっ飛ばしていきなり真相にたどり着いてしまったけど、それでももっと自分が注意深くいれば何か結果が変わったんじゃないかと思ってしまう。


「あの崩落から生き延びて、しかもキューブも盗られなかった。大戦果じゃねぇか」


 彼なりに励ましてくれているのだろう。

 どれだけ悔やんでも過去は変えられない。


(……受け止めて、乗り越えるしかないんだな)





 整然と立ち並ぶテントの間を進み、通りの一番奥に設置された大きなテントに入る。

 仮設支部として設置されたギルドのテントだ。


 垂れ幕で仕切られたスペースへ案内されると顔にドラゴンの刺青を入れた厳つい中年オヤジとギドーが俺たちを待っていた。


「来たな」


 ギルド支部長の三白眼がギロリと俺たちに向けられる。


「結論から言うぞ。ハヤト、テメエには俺から特別依頼を出す」


「特別依頼?」


「お前、ちょっと過去変えてこい」


「は……?」


「大真面目な話だ」


 ことの経緯はこうだ。

 まず、ウルメルが遺跡の中で書き上げた設計図。あれはタイムマシンの設計図だったらしい。

 そしてその核となる重要パーツこそがフェイラルが狙っていたキューブなのだという。


「あのキューブは無限のエネルギーを生み出す第一種永久機関なの。無限のエネルギーがあれば理論上時間の跳躍だってできちゃうからね」


「遺跡の中でも様子がおかしかったけど、どうやってそんなこと知ったのさ」


「わかんない。気付いたら全部理解してたの」


 と、ウルメルが複雑な顔で唸る。どうやら自分でもよくわかっていないらしい。

 ともあれだ。今回の大崩落の一番の理由はキューブが遺跡最深部の装置から取り外されたためだ。

 だったらフェイラルがキューブを取り外す前に止めてしまえばいいじゃない。と、そういう話らしい。


「でもそれだと矛盾しませんか? アイツがキューブを取り外したから結果的に過去へ行けるようになったわけで、それを阻止したら俺が過去へ行く事実もなくなっちゃうんじゃ……」


 卵が先か鶏が先かみたいな話になるぞ。


「それなら心配ないよ。もうキューブの作り方はわかるもん。過去の私に設計図を渡しに行けば矛盾も起こらないでしょ。それでこれがそのコピー品です」


「もうウルメルが何を言っても驚かなくなってきたよ……」


 しれっとウルメルが鞄からキューブを取り出す。

 タイムマシンの設計図もだけど、超古代の永久機関の完全コピー品なんて一個人で作れていいものなのか。ロクな設備だってなかっただろうに。


「廃棄場にガーディアンの素材がいっぱい残ってたからね。色々と流用できるパーツも多かったし楽勝だよ」


「それにしたって仕事早すぎでしょ」


「一応言っておくがお前が冒険者である以上特別依頼は拒否できねぇからな。必ずやってもらう。というかやってもらわねぇと俺たちゃ食いっぱぐれちまう」


 厳つい支部長の有無を言わさぬ眼光に俺は黙って頷いた。

 この人災を無かったことにできるというならやるしかない。


「過去へはお前とウルメル、ボンズとギドーの四人で行ってもらう。四人で協力してなんとしてもこのクソッたれな状況を修正してこい」


「わかりました」




 テントを出た俺はウルメルに案内されて廃棄場の一角へと足を運んだ。

 たった三日の間に廃棄場はガーディアンの素材を組み合わせた機械仕掛けの工房へすっかり様変わりしていた。

 ロボットアームがあちこちから生えた工房の奥へ進むと、力強い気配を放つ相棒が俺を出迎える。


「動力機関にキューブを組み込んでパワーが大きく上がったし、出力も安定するようになったよ。出力の切り替えはアクセル根元のスイッチでできるからね」


 見るとエンジンの緊急停止スイッチが無くなっていて、代わりに出力制御スイッチが取り付けられていて、二五〇cc、四〇〇cc、八〇〇cc、一六〇〇cc、無制限の五段階から出力を選べるようになっている。


「出力無制限でギアを七速まで上げると過去へ、八速まで上げれば未来へ行けるよ。ギアを落とせばその時代に停まれるから、今がどの時代の何日かはメーターで確認して。私たちはピコに乗ってついてくから」


 と、車体後部に取り付けられたチェーンの先を見れば、足回りに四つの銀色のボールをくっつけたピコが地面から僅かに浮いてそこにいた。


「ヒハッ! 見ろよギドー、モルグが浮いてやがるぜ」


「こんな鎖で本当に大丈夫なんだろうな」


「大丈夫だよ。強度的にはズゥのハサミでも切れないんだから」


 などとやいやい言いつつ三人がピコの背中に飛び乗ったのを確認し、俺は強化スーツを着込んで相棒に跨り、キーを回してアクセル根元のエンジンスイッチを押した。

 ドクンッ! と眠っていた竜の心臓が跳ね起き、マフラーが紅い燐光を吐き出して唸りを上げる。


 目の前のシャッターが開き舗装された一本道が現れた。

 道の両脇には期待を込めてこちらを見る街の人々の姿があった。


「行くぞ!」


 出力八〇〇ccでスタート。

 凄まじいパワーに振り落とされないよう車体にしがみつくようにして加速してゆき、さらに出力を上げた。

 あっという間に時速は二〇〇キロを超え、出力上限を解放しギアを七速へ切り替える。


 音や景色が前方から溢れ出す光に塗りつぶされ、俺は光の中へと飛び込んだ。

バック○ゥザフューチャー

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