12 霧に沈む遺跡
キオルを発って四日。
どこまでも続くかに思われた地平線はやがてなだらかな山々に阻まれ、峠を超えるとそこは薄霧に包まれた大湿地帯だった。
なだらかな草原のあちこちに大小様々な水溜りがあり、そこを苔生した石レンガの一本道が貫いている。
ふと遠くにある大きな水溜りに目を向ければ、霧の中をアメンボみたいな生き物の影が音もなくすいーっと滑っていくのが見えた。
この距離であの大きさなら近くで見たら相当な巨体だろう。
「なんだろアレ。見たことないや」
「霧でよく見えないけど、多分ズゥだね。気性が荒いから刺激しないほうがいいよ」
確かアメンボと同じ原理で水の上を進む巨大甲殻生物だったはずだ。
全長は高層ビルほどもあり、そのハサミは岩山を一撃でバラバラに砕いてしまう威力があるのだとか。
あんなのに襲われたら敵わない。見つかる前に通り過ぎてしまおう。
ローギアでできるだけ音を遠くに響かせないようトロトロ進むと、やがて霧の向こうに背の高い建物の影が見えてきた。
遺跡都市エルシャール。この地にかつて高度な文明を築き栄えた大帝国の遺跡に大陸の外からやってきた人々が住みついてできた街だ。
なので街の建物は新しく補修された部分と古い遺跡がモザイク状に混在していて中々混沌としている。
「すごいね、本で読んだことはあったけど本当に建物がみんな細長いや」
ウルメルが興味深そうに見渡す街の景観は建物こそ朽ちてあちこち苔生しているものの地球の大都市にそっくりだった。
人の住める土地が限られた中で人口が増えるとやっぱり建物は縦に伸びていくらしい。
「ここの地下は迷路みたいに複雑で、そこを古代の機械がまだ徘徊してるんだって」
「すごいな」
ウルメルの話が本当ならカジュラ王国の建国が五〇〇〇年以上前のことだから、それよりも長く稼働しつづけていることになる。
遺跡だけ残して人だけいなくなってしまうなんて、いったいなにがあったんだろう。
「ねぇねぇ、ちょっと遺跡を探検してみようよ! もし古代の機械を鹵獲できたらバイクの改造に役立つかも!」
「危なくない?」
「だいじょーぶ。私こう見えて三級冒険者だもん」
「え、ウルメル冒険者だったの!?」
しかも俺より上じゃん。
「あれ、言ってなかったっけ」
「初耳だよ」
「お父さんと一緒にあちこち旅に出てた時期があってさ。戦うのはあんまり得意じゃないけど、新発見の素材を見つけたりした功績が評価されて一応三級なんだ」
冒険者と一口に言っても色々な人がいるってことか。
冒険者の等級は必ずしも強さの指標ではないらしい。
「いざとなればこの子が守ってくれるし、秘密兵器もあるから心配いらないよ!」
ウルメルに頭を撫でられたピコが「任せろ」とでも言いたげに首をヌッと立たせてフンスと鼻を鳴らす。頼もしい限りだ。
ウルメルが乗っている座席はシャッター構造になっているため、いざとなればピコの殻の中に隠れられるようになっている。
モルグの殻は竜の牙も通じないほど硬いらしいし、これなら大丈夫かな……?
「じゃあ少しだけ探検してみようか」
「やったー!」
もしかしたら元の世界に帰るためのヒントが遺跡の奥に隠されているかもしれない。
管理する人がいなくなってから何千年も稼働し続けるくらい高度な文明なら可能性は低くはないはずだ。
◇
ひとまず宿を確保してからエルシャールの冒険者ギルドへ顔を出すと、その場にいた冒険者たちから探るような視線を向けられる。
やっぱり目立つよなぁ、この鎧。
「邪魔だ」
依頼書の張り出された掲示板の前で手ごろな依頼がないか探していると、突然横に押しのけられてしまった。
黒いマントを羽織った背の高い男で、不気味な鳥(?)の面を着けていて顔はわからなかった。
「キシシシシ! 相棒がすまねぇな。おいギドーなんでもいいから早くしろ」
と、今度は背の低い男に反対側から声をかけられる。
こちらも黒マントで身体を隠しており不気味な猫(?)の面を着けていて顔はわからない。
ギドーと呼ばれた男は露骨に舌打ちして掲示板の目立つ場所に貼ってあった依頼書を乱暴に剥がすと俺には一瞥もくれずに受付のほうへ去っていった。
なんだアイツ感じ悪いな。
「大丈夫かい? 見ない顔だけど君も旅人かな」
と、今度は若い冒険者から声をかけられた。
年齢は二〇代前半くらいだろうか。
中性的で耽美な顔立ちで、白いフルプレートを着込んでいるため性別はわからない。
「はい。メガロポリスから来ました。ギオへ向かう途中なんです」
「そうか。さっきは災難だったね」
「なんなんですかアイツらは」
「わからない。数日前にこの街に来た新参者だよ。いつも遺跡の最深部に潜る高難度の依頼ばかり受けて、その日の内に依頼を完了させて帰ってくる。不気味だけど実力は確かみたいだね」
何者なんだ、いったい。
メガロポリスの工房を襲った奴と似たような格好だけど、なにか関係があったりするのかな。
「ともあれだ、路銀を稼ぎたいなら地下の浅い層を何日か巡回するといいよ。どこからか入り込んで住み着いた魔物を駆除してくれるだけでもこちらは助かるし、魔物と遭遇しなくても報酬は出るからね」
「遺跡の奥には何があるんですか?」
「古代の殺人機械がうろついているからあまりオススメはしないよ。まあその分珍しいお宝も残ってるから彼らみたいに腕に自信があるなら止めはしないけどね」
「なるほど、参考にさせてもらいます」
「ボクはフェイ。二級だ。この街の冒険者たちの顔役みたいなこともやってるから、困ったことがあれば相談してくれたまえ」
「ありがとうございます。俺はハヤト、四級です」
差し出された手を握り返すとフェイさんはにこりと笑い返し、掲示板の一番目立つ場所に貼られていた紙をもぎ取りその場を去った。
ちょっとキザっぽいけどいい人だな。
ひとまず今日は初日ということで、フェイさんのアドバイス通り巡回駆除の依頼を受けることにした。
掲示板から依頼書をもぎ取り受付カウンターまで持っていって必要な手続きを済ませると、受付で今日の巡回範囲が記された地図と赤いバンダナを渡された。
「そのバンダナを着けていれば遺跡内で魔物を倒した際に優先的に魔物の解体権が与えられます。不要なトラブルを避けるため遺跡内では必ず身体の目立つ位置に着けておいてください」
「わかりました」
貸し出されたバンダナを首に巻きそのままギルドの奥へ進み地下へ向かう。
スロープを下るとその先は広間になっており、奥には巨大な鉄扉があった。どうやらここが地下遺跡の入り口らしい。
広間は大勢の冒険者とモルグたちが行き交っていて、鉄扉の前には遺跡への出入りを監視する兵士が立っていた。
「待て。見ない顔だな、タグを見せてくれ」
俺とウルメルがタグを見せると兵士は頷いて俺たちを通してくれた。
「第一層はとにかく範囲が広いから自分の現在地を見失うなよ。それと第二層以降は三級危険地帯に指定されてるから注意しろよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「汝の背に幸運の風が吹かんことを」
冒険の無事を祈る言葉を貰い、俺たちは古代遺跡へ足を踏み入れた。




