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10 蟲嵐

 空が鳴いていた。

 無数の蟲の羽音が重なり合い、うねるように遠く響いてくる。

 空と大地を埋め尽くす蟲雲は月の光を覆い隠し荒野に暗く不吉な影を落としていた。


 町を出た俺は蟲をおびき寄せる波長を頭のてっぺんから垂れ流して無人の荒野を駆けていく。

 だが蟲たちは俺を無視して町のほうへと一直線に飛んでゆき反応を示す気配すらない。

 くそっ、遠すぎて俺に気付いてないのか!?


「こっち向け虫けらども!」


 俺はマナを手の中で圧縮して空高く投げつける。

 空の上で花火のように弾けたマナの塊は蟲たちの気を惹き、黒雲がうねってこちらへ方向転換した。

 蟲たちの意識がこちらに向いたからか相棒の心音が怯えたように高鳴り速度がガクッと落ちる。


「落ち着け。お前なら振り切れる!」


 俺が心音に合わせてギアを上げてやるとハンドルからハッとしたよな雰囲気が伝わってきて車体がグンと加速した。

 そうだ。紅蓮竜の心臓を抱えたお前が負けるもんか。俺たちならどこまでだって行ける!


 上空から降ってきた針の雨を車体を傾けギリギリ躱すと、俺が通った後をなぞるように柱のような針が地面に『ズガガガガッ!』と突き立った。

 そういえばコルカンタには視界に入った動くモノにとりあえず毒針を飛ばして攻撃する習性があるって図鑑に書いてあったっけ。


「……いやそれってヤバくね?」


 ただでさえ成人男性の拳ほどもある巨大昆虫で、その危険な習性と旺盛な食欲から害虫指定されているコルカンタだ。それが体長三メートルを優に超える巨体になってしまったらどうなるか?

 次の瞬間、まるで答え合わせのように空から『ズガガガガガッ!!!!』とゲリラ豪雨のように大量の針が降り注いだ。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ギアをさらに上げ針の豪雨を右へ左へ振り切り回避していく。

 すると狙いが逸れた針が偶然俺の頭上を通り過ぎ行く手を阻む馬防柵のように地面に突き立った。


 避けられない。瞬時にそう判断した俺はシートから腰を浮かしサスを押し込むように全体重を車体に乗せた。


「うおりゃぁぁぁぁぁッ!!!!」


 直後、車体がさらに大きく沈み込みバネに溜め込まれた力が一気に開放された。

 跳ね馬のように大きく跳ねた車体は毒針を軽々飛び越え、荒々しく着地した相棒をどうにか制御し迫る蟲雲を振り切って俺は荒野を爆進する。

 無理な挙動をしたせいか振動が激しい。今のでバネがイカれたか。


「ごめん相棒、無茶させた」


 俺が謝ると相棒は気にすんなと言わんばかりエンジンを唸らせ返事を返した。

 今のは明らかに俺だけの力で為せる挙動じゃなかった。俺を助けるために相棒が無茶をしてくれたらしい。


「すまん! もう少しだけ頑張ってくれ!」


 と、ここで右手の空に閃光弾が打ち上がった。

 ようやく罠が完成したらしい。予想よりかなり早い。


 俺は降りしきる毒針の雨を躱しつつ街道を右に逸れて人の手の入っていない原野へと突っ込んだ。

 蟲雲も大きく弧を描くように俺の後に続き、地面から伝わる振動を無理やり押さえつけ岩や樹木の隙間を縫って空に打ち上がった光の下を目指す。


「おーい! こっちだ!」


 こちらに大きく手を振るマックスの姿を確認した俺は、彼が立つ大岩にぽっかりと空いた洞窟へと飛び込んだ。

 車体を横滑りさせどうにか急停車させ外の様子を見に行くと、蟲たちが空から下りて荒野のあちこちに撒かれた毒団子に群がり次々とひっくり返っていくのが見えた。


「おいでおいでこっちへおいで。こっちの団子はうんまいぞ【蟲惑の言霊(リリヴサルヴ)】」


 マックスが指揮棒のように杖を振い呪文を唱えると、上空で様子見していた個体も次々と地面に下りてきて毒団子を食った仲間の死骸を貪り毒に侵され死んでいく。

 やがて空を埋め尽くしていた蟲たちの影は消え、月下の荒野に骸の山が積み上がった。


「ま、こんなもんよ」


 岩山の上から下りてきたマックスが得意げに鼻をこする。

 正直ものすごく見直した。タコ助なんて言ってごめんなさい。


「でも蟲たちを操れるならそれこそ川にでも誘導して飛び込ませればよかったんじゃ……」


「それができてりゃ俺ぁ今頃一等術士だっての。今はせいぜい一つの命令を短い間だけ聞かせられる程度だ。時間が経てば蟲たちは俺の命令なんざ忘れて好き勝手にどっか行っちまう。素人のお前にゃわかんねぇだろうが生物の操作ってのは難しいんだぞ」


 今後の課題だな。とニヒルに笑うマックスの横顔は道場で見た情けない顔とはまるで別人だった。

 マッド兄貴の背中に隠れてたあのへなちょこアフロが今は立派な学者先生に見える。


 なんて感慨に浸っている間にも岩場の影に隠れていた冒険者たちが次々と顔を出し、巨大コルカンタの死骸を解体作業が進められていく。

 しばらくすると町からモルグの群れを引き連れた一団がやってきて、解体された蟲たちが積み込まれピストン輸送が始まった。

 厳つい男たちが忙しなく働く中をてててっと駆け抜け、小柄な銀髪ショートの女の子がこちらに駆け寄り抱きついてきた。ウルメルだ。


「ハヤト! 怪我はない!?」


「相棒のおかげでかすり傷一つないよ。ウルメルも大丈夫だった?」


「うん。毒団子作るの手伝っただけだもん。巨大化してるから普通の配合じゃ効かないと思って毒の配合を工夫してみたんだけど、上手くいったみたいだね」


 今回は偶然ピースが揃っていたからすべて上手くいった。

 マッド兄貴、マックス、ウルメル、町の人々、そして俺。誰か一人でも欠けていたらこの作戦は成立しなかったし、ここまで早く決着もつかなかっただろう。


「ケッ、終わった途端にこれ見よがしにイチャつきやがって。あーあ、やってらんねー」


「ボヤくなみっともねぇ」


 俺たちに恨めしそうな視線を向けてボヤいたマックスのアフロをいつの間にか背後にいたマッド兄貴のチョップが叩き割る。


「痛てっ!? 髪形崩れるから頭はやめろっていつも言ってるだろ兄ちゃん!」


「うるせぇ、俺なんて生えかけだぞ文句言うな! ボケっと見てねぇでお前も解体手伝え。コイツら売り捌かねぇと俺たちゃ今日の宿代もねぇんだぞ」


「えー!? 野宿はやだよ俺!」


「だったら手を動かせ手を! ハヤト、危険な役目押し付けちまって悪かったな。おかげで被害も出ずに済んだ」


「いえ。俺にしかできないことでしたから。被害が無くてよかったです」


「風車塔から見てたが、バイクがあってもあの針の雨の中を走って逃げる勇気は俺にはねぇ。金が入ったら飯でも奢らせてくれ」


「ありがとうございます」


 差し出された手を握り返すとマッド兄貴は凶悪な笑みを浮かべ俺の肩を叩いて健闘を労ってくれた。

 見た目は怖いけどこういうところがしっかりしてるから他の冒険者たちからの人望も厚いんだろうな。


 ともあれ数が数だ。俺たちも解体を手伝おうと力尽きた一匹を近くで観察してみる。

 巨大コルカンタの甲殻はまるで金属のように硬かった。

 そして何より目を惹くのが異常に発達した脚。

 バッタの脚に似ているが、バネ状の筋肉がミッチリと詰まっていて見た目の細さの割にずっしり重い。

 関節の隙間に刃を入れると脚は思ったよりも簡単に取れた。


「すごい。後ろ脚が異常に発達してる。巨大化に伴って進化したんだ。この脚は加工すればサスペンションに使えそうかも。甲殻も硬くて軽いし色々使い道ありそう」


「あの、ウルメルさーん? もしもーし」


「羽の構造も研究すれば新しい乗り物のヒントになりそうだし後で工房に手紙送らなきゃ。いっそウチの工房で買い占めちゃおっかな。どうせ今は溶鉱炉使えないし生物素材はいくらあっても困らないよね。うんそうしよう。あ、アイデア降りてきたかもメモメモ……」


 だめだ聞こえてない。


 自分の世界に入ってしまったウルメルはひとまず放置して俺は作業を進めることにした。


 すべての足と羽を本体から切り離し、毒針が残っていた個体は腹から引き抜いた針を紐で縛って束ね、回収に来たモルグの殻に積み込んでいく。

 解体と輸送は夜通し行われ、すべての作業が終わったころには夜が明けていた。


 最後の輸送班と一緒に町まで帰ると町の人たちが手を振って笑顔で迎えてくれた。


 俺たちがこの町を守ったんだ。

 朝焼けに照らされた人々の笑顔を見てその実感が湧いてきて、なんだかとても誇らしかった。



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