余裕
都市ビルの隙間を縫うように車を走らせる。バックミラーで後ろを確認しながら、徐々にスピードを上げていく。
馬鹿みたいにスピードを出したスポーツカーが後ろから迫ってきたので、俺は慌てて車を脇に寄せた。しかしあの速度は違法だ。刑事である俺はすぐにその車を追った。
飛ばしていると後ろから何やら追跡してくる車が。まずいな、勘づかれたか。暗殺者である俺がまさか殺り損ねるとは、腕がいつの間にか鈍っていたらしい。それにしても後ろから来ているやつは何だ?鼻息荒く俺を追っていたやつはとうに撒いたはずだ。
俺は渋滞に捕まっていた。クラクションを立て続けに鳴らすが事態は一向に変化しない。俺はプロのガードマン。依頼である少女を護衛していたが、その少女が撃たれた。幸い撃ったやつは大した腕ではなかったようで、弾は少女の頭スレスレを通過していった。するとその瞬間、少女は俺に有無を言わさぬほど強い言葉で、撃ったやつを追うように命令した。俺は少女から離れる訳にはいかなかったのだが、あまりの剣幕に従ってしまった。しかしやつの策略により渋滞に捕まってしまった。俺は車を乗り捨て路地裏に入り込んだ。
スポーツカーには一向に追い付けない。しかしさっきからやつは同じ所をぐるぐると回っているようだ。もしかしたらこの辺りで降りる予定だったが、俺に追われているのでそれも出来ないのかもしれない。俺は刑事の特権を使い、道路を封鎖するように指示した。
くそっ!同じ所を回り、撒く作戦を考えていたら警察に道路を封鎖されちまった。どっかのケチな犯罪者がこの辺りに逃げ込んだのだろう。運が悪いぜ。俺は車を適当な建物の前に停めた。辺りを見回し、良さそうな路地裏があったので俺はそれに逃げ込んだ。
裏路地をイライラしながら走っていると向こうから男が走ってきた。その男は黒い服にグレーとダークブルーの帽子。俺の護衛していた少女を撃ったやつだ。俺はすかさず拳銃を引き抜いて撃った。
追っていた男がスポーツカーを停め、路地裏に入ったことを確認した俺はくずさま後をつけた。すると辺りに銃声が響いた。まずいぞ、何か起きたに違いない。俺は路地裏をさらに進む。するとそこでは二人の男が撃ち合いをしていた。一人はスーツで筋骨隆々。もう一人は黒い服にグレーとダークブルーの帽子を被った細身の男だった。「おい、やめろ!私は刑事だ!大人しくしないと撃つぞ!」俺は拳銃を取り出した。
裏路地を逃げていると目の前に男が現れた。それだけならば良かったが、なんとそいつは俺に向かって撃ってきたのだ。幸いそいつは大した腕ではなかったらしく、弾は俺の顔を掠めていった。「なんだお前は!」「惚けても無駄だ。お前は俺が護衛していた少女を撃った。報いとして死んでもらう」なんだと。では後ろから追ってきたやつは誰だったのだ。そんな疑問が湧いたがすぐにそれを払い、拳銃を取り出した。俺はやつに二、三発お見舞いしたが、それはあらぬ方向に飛んでいった。やつも立て続けに二、三発ぶっぱなしてきたが、それもあらぬ方向に飛んでいった。そんなことをしていると突然後ろから「おい、やめろ!私は刑事だ!大人しくしないと撃つぞ!」という声。ははぁ、さっきから俺を追ってきたやつはこいつだな。
「おい、やめろ!私は刑事だ!大人しくしないと撃つぞ!」冗談じゃない。何が刑事だ。俺はただ仕事を全うしようとしているだけ。それを邪魔するとは許せん。俺は刑事を名乗るやつに向かって銃を撃った。
銃声が鳴り響き、俺は脇腹に痛みを覚えた。「うっ!」弾が当たったのだ。俺の黒い服を血が赤く染める。「やっ!民間人を撃つとはなんという非道!」そんな声がしたと思ったら、俺の帽子に弾が当たり吹き飛ばされてしまった。グレーとダークブルーがクールなお気に入りだったのだが、命には変えられない。俺はすかさず双方に一発づつ拳銃をぶちかました。
銃声が響いた。「うっ!」黒い服の男に弾が命中したのだ。黒い服が血で赤く染まる。「やっ!民間人を撃つとはなんという非道!」俺はすぐさまそいつに向かって銃を撃った。しかし銃を撃つ時、手がぶれてしまい、黒い服の男の帽子を吹き飛ばしてしまった。しまった!俺は刑事失格だ。呆然としていると今度は俺に向かって弾が飛んできた。しかし俺は刑事。体を捻り、致命傷は避けた。
やつが拳銃を構えた瞬間、俺は真横に飛んだ。結果俺を目掛けて飛んできた弾丸は俺の顔に一筋の傷をつけた。やってくれたな。俺はやぶれかぶれになりながら銃を乱射した。しかし全く当たらず、弾が無くなってしまった。装填するためポケットを探った。あった。俺は銃に替えの弾を装填した。すると不意に視界が暗くなり、俺は殴られた。
俺が撃つと、護衛を名乗るやつの方が乱射してきた。刑事を名乗るやつの方は結構ダメージを受けたらしく、動けない。幸い弾は一発も当たらなかった。それどころかやつは呑気に弾を詰め替えようとしたのだ。俺は撃っても当たらないと判断し、やつに近付いて殴った。確かな感触。よし、こいつを殺して俺は逃げるとしよう。しかし不意に後ろから誰かに捕まれた。
致命傷は避けたが体からドクドクと血が溢れてくる。動けない。刑事であるにも関わらず、痛みで動けない。不甲斐ない。痛みでうずくまっていると銃を乱射する音が聞こえた。やったな。幸い私には当たらなかったが、民間人はどうなったか分からない。痛みに耐えながらもちょっとずつ顔を上げると、スーツの男は銃に弾を込めていた。また撃たれる。まずい。俺は気力を振り絞りながら立ち上がった。フラフラとやつを止めるために動いた。しかしその前に黒い服の民間人が動いた。なんとスーツの男を銃で殴ったのだ。まずい。確かにやつを止めてくれるのはありがたいが素人では殺してしまいかねない。俺は後ろから黒い服の民間人を羽交い締めにした。
殴られた瞬間、一瞬意識を失った。しかし数秒で目を覚ます。護衛になるために鍛え上げた肉体がここで物を言う。地面から起き上がると黒い服の男を刑事が羽交い締めにしていた。黒い服の男は叫びながらじたばたしている。しかし刑事の男の方が力が強いようで、何やら会話を交わしている。今がチャンスだ。俺は拳銃を握り締め黒い服の男に狙いを定めた。ビルの屋上から飛来した弾丸が俺の頭を穿ち俺は死んだ。
羽交い締めにされた瞬間、俺は何が起きたのか分からなかった。しかしこのままでは警察に捕まってしまうことは明らかだった。俺は必死に叫びながらじたばたと手足を動かし、しっちゃかめっちゃかに暴れた。しかし刑事を名乗るやつの方が力が強く、抜けられない。それどころか、そいつは俺に何か言っているようだった。そうこうしていると目の前の男が拳銃を俺に向けたのが見えた。嫌だ!死にたくない!残った力の全てを使って俺は抵抗した。ビルの屋上から飛来した弾丸が俺の頭を穿ち俺は死んだ。
民間人を羽交い締めにすると、突然暴れ始めた。刑事である俺の方が力が強かったため、多少暴れたくらいでは拘束から抜け出せない。しかし俺は違和感を感じた。ただの民間人のはずの男が先ほどから異様な行動をしている。もしかしたらと俺は思った。「抵抗するな。もしかしてとは思うが、お前クスリとかやってないだろうな?」返ってきた答えは叫び声だった。こうやっては私も自棄だ。この男が疲れ果てるまで拘束してやろうと決めた。不意に男の叫び声が一段と大きくなり、先ほどより強い力で暴れ始めた。何かあったのか?と思い俺は男の体を少し動かし、先ほどまで見えなかった前方を見ようとした。ビルの屋上から飛来した弾丸が俺の頭を穿ち俺は死んだ。
「全弾命中しました。教祖様」
白いスーツに白い帽子を被った青年はまだ十歳ほどであろう少女に頭を垂れて報告した。
「ご苦労様。あなたの聖銃により撃ち抜かれた彼らは必ずや幸福の死を迎えたことでしょう。素晴らしい腕前、褒めてあげます」
青年は恍惚とした表情を見せた。
もし、彼に撃ち抜かれたスーツの護衛が見れば、教祖と呼ばれた少女は自分が護衛していた少女であったことに気が付くであろう。
「それにしても、彼らは可哀想ですね。神の生まれ変わりである私を信仰すれば、彼らも心に余裕を持つことが出来たのに。あなたも見たでしょう。彼らの切羽詰まった姿を」
教祖はそう言うと、余裕を持った歩みでビルの屋上にある階段に消えていった。