表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/40

第19話

 王子の手を無言で引きながら、塀の上を走る。

 この塀の中は、水道管が入っているので、幅も高さもちょうどいい。ある程度走って適当な所で下に降りることにした。

「この辺りにしましょう」

 俺が立ち止まると、手を繋がれたまま走り続けた王子は、短い呼吸を繰り返しながら俺を見つめた。

 やっぱり、体力というより持久力の問題かもしれない。

「こ、ここは、どこなんだ?」

 ハァハァ言ってるが、顔はいつもの王子顔。額にうっすら汗をかいてはいるものの、イケメンだ。

「水道管の上を走っていただけですよ」

 水を流すのなら、上から下へ。動力を使わないで能率よく流すためと、下町に管理局員が入らないで済むように、水道管の上が歩けるようになっている。塀の中に入るには鍵がいるので、安全は確保されている。

「なるほど、ここを歩けば町中をくまなく歩けると言うことか」

「作るのは大変だったでしょうね」

 俺がそう言うと、王子は静かに目を伏せた。

 この偉業は、流行病を鎮めるために行われた公共事業で、一代の王だけでなく、何代か続いた事業になる。

「もう少し、管理をしないといけないのだな」

「先達の偉業にあぐらをかいたらダメってことですね」

 俺の言葉に王子が首を傾げる。

 うん、あぐらが、わからなかったか。

「足元を疎かにしたらダメだってことです」

 俺は王子の手を引いて飛び降りた。

 さすがに、王子は悲鳴こそ挙げなかったものの、一瞬顔をひきつらせる。

 さすがに着地の前に王子の腰に手をかけ、抱きとめた。

「着地が一番危ないんですよ」

 いとせず男の俺に抱きとめられて、王子は下から俺を睨みつけた。

「この体制でそんな顔されても、ね」

 俺はわざと抱きとめたままにしてやった。36歳のおっさんからしたら、王子はまだまだ子どもである。

 悔しがる王子の心の声が聞こえそうだが、そこはあえて無視をする。

「お怪我はありませんか?」

「言うに事欠いて、お前はっ」

 王子の頬が若干赤い気がしなくもないが、そこは無視。

「ちゃーんと、抱きとめましたよ」

「ーーーっ」

 王子は無言でスっと立った。

「親衛隊として、ちゃんとしてましたでしょ?」

「悪くない」

 憮然とした顔もなかなかですよ、王子。

 王子の前髪の乱れを直すと、王子と目が合った。

「本日も見目麗しいですよ」

「からかうな」

 王子に手を払われた。わざとらしく払われた手をさすると、王子は不意にそっぽを向いた。

 こーゆーの、慣れてないのね。

 俺は再び王子の手を取って、歩き出した。

「どこへ行く?」

 行き先を告げずに連れ回されるのが不満らしいが、立ち止まろうとはしないのが素直である。

「本日のメインです」

 俺は王子に手で指し示す。下町にある小さな教会を。



「善意で成り立っているものですから」

 神父が申し訳なさそうに教会の中を案内する。

 王子の知っている王立の教会とは全く違い、手入れ後行き届いているだけの、古びた教会。

 子どもが数人庭先で遊んでいるのが見える。

「幾ばくか、おかせていただきたい」

 王子はそう言いながら、子どもたちの部屋を覗き見る。

「貴族の中には、慈善事業をしている者もいます。ほんの僅かですけどね」

 俺がそう言うと、王子は小さく頷いた。

「勉強が出来なかったから、字が読めなくてまともな職につけないってのもあります」

「そうだな」

 遅い時間だったので、神父と少し話をしただけで教会を後にした。子どもたちと遊べなかったのは名残惜しいが、それはまたの休みにするとしよう。


 土地勘がないせいか、王子は俺の後を素直に付いてくる。手をつなごうとしたら、手を叩かれた。

 そーゆー所は素直じゃない。

 ちょっと複雑なルートを通って、川に出た。

「行き止まりなのか?」

 王子は川を目の前に俺に聞いてきた。

「そうですね、ここに住む連中にとっては行き止まりです」

 俺は顎で上を示した。

 王子は俺が示す方向を見る。

 上の道には橋がかかっていた。

「あの橋は、上に住む人が使う橋。ここに住む連中は使えない」

「通行料はとってないだろう?」

「あの橋を使うには、一度登らないといけない」

 川沿いに道があり、その道は橋につながっている。が、俺たちのいる下町の道は橋に繋がっていない。

「そういう事か」

 王子は目を伏せた。

 上の道には街灯がある。しかし、ここにはない。

「だから、ここから上を眺めるんですよ」

 俺はそう言って、王子の腕を引く。軽く頭を抱えるようにして、見せたい方向に王子の顔を向けた。

「キラキラしてるでしょ?アレがあんたの住む場所」

 王宮は明かりに照らされて夜でも存在感をしめしていた。その光景は、ここから見るとひどく切ない。

「俺は田舎者だから、ここの連中の気持ちは何となくは分かります。毎日見えるのに、決して届かないんですよ」

 王子は不思議そうに俺の顔を見ていた。

「俺みたいに這い上がれるのは、奇跡なんです」

 王子は何も言わない。

「あんたの気まぐれで、俺はここにいるんですよ」

 俺かそう言うと、王子の目は少しだけ笑った気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ