月日
あれから十年の月日が流れた。エルナンドは、活発に湖の周りを走りまわっていた。この田舎では、彼と同じぐらいの年齢の子が少なく、遊び相手がいないのが難点だった。剣の修行は、養父であるマクギニスから教わった。さすがに、近衛隊長を務めた人物である剣の動きは、鋭かった。おかげで、エルナンドの剣の技も磨かれていった。
その頃、宮廷では、王が床に伏すことが多くなった。週に1度は、政務のために顔をみせるが、それ以外は自室に籠ることが多くなった。顔色もすぐれない様子だった。
白髪の老人は、ため息をついた。側近を呼んで愚痴をこぼすのが日課になった。
「この私が、王の健康を心配することになるとは。」
「本当に心配です。」
部下が相槌をうった。
この白髪の老人こそ、この国の宰相を務める人物である。名家の生まれではあるが、偉ぶるところがない。王から宰相に就くことを要請されたときも、自分には能力がないと断った。ただ、その温厚で欲のない人柄が、王は、気に入り、三顧の礼を持って迎えられることになった。
自分が宰相の器ではないと理解していた彼は、自分を補佐する人物を、血筋に関係なく才能のある者を、取り立てた。その中の一人が、先ほど相槌をうったガウディだった。
ガウディは優秀な男で、ほとんどの事務仕事は彼がこなした。最終的な判断が必要なものについてのみ、宰相であるメネンデスが決断をくだした。
メネンデスも宰相になって長い年月が過ぎた。年齢を理由にして引退を申し出るつもりでいたが、王の体調が悪くなり、その気を逸した。次の宰相にガウディを推したい気持ちはあったが、王家に近い貴族が、許すはずがないことは、何となく感じとっていた。さらに、アーサー王がいなくなれば、ガウディは後ろ盾を失うことになるのは、間違いない。一計を案じたメネンデスは、ガウディの今後について尋ねた。
「もし、王に何もなければ、そなたを重要な地位につけたいと考えていた。」
「もったいないお言葉です。ただ、私が要職につくことを、快く思わない人々がいるのは、知っています。」
「これまで、宰相を務めることができたのは、そなたのお陰だ。何か、恩に報いたいが、何か希望があるか。」
「それでは、僭越ながら。」
老人の耳元で、ガウディは言葉を告げた。
「本当に、それで良いのか。」
「はい、それが私の望みです。」
「なるほど。そなたほどの才の持ち主が都落ちとは。」
老人はそう呟くと、さっそく、彼の希望を取り入れた。
噂が立つのは、はやかった。王宮は、ガウディ失脚の話で持ちきりだった。
「どうやら、メネンデス様に刃向かったらしい。」
「次期、宰相にしろ、と、メネンデス様に迫ったらしい。」
さらにおヒレがついて、ガウディの失脚話は、大きな話題となった。今までに、功績により土地をいただくらしいが、その土地というのが、曰く付きで、都から一番離れた、近くに山賊がいて誰も赴任したがらない場所だった。同じ下級貴族出身者達は、あまりにも慈悲がないと騒ぎ出していた。
ただ、ガウディ本人は、すでに旅の支度を整えていた。
「お前ほどの人物が、都を去るとは、納得できない。メネンデス様に考え直すように、進言する。」
「俺もだ。」
「私も。」
集まってくる仲間に対して、ガウディは小声で伝えた。
「これでいいんだ。きっと、王やメネンデス様がいなくなれば、私は、疎まれる。土地をいただいて、領主にして、いただけるのだ。むしろ、ありがたいことだ。」
「それにしたって、お前がもらった土地はこの国の外れだ。もっと、近くに良い土地だってあったはずだ。」
「あの土地なら、誰も私を監視しない。お前達も気をつけろよ。もし、王に何かがあったら、メネンデス派は、あっという間に駆逐されるぞ。」
仲間達に、忠告をくわえた。
王宮の窓から老人は、ガウディと家族、それに付き従う者達が、新たな土地に向かうのを眺めていた。最後に別れの言葉をかけることなく、旅立って行った。