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迷宮

「ミノタウロスが、多くなってる」

 百目口はそう言うと、うんざりと森の最深部に向かって歩き出す。

 エルフの精鋭といえど、ミノタウロスの巣くう深淵の森は手に余る。

 そんなことはわかっていたが、いくら何でも残りすぎだろう。

「あーあ。また大掃除だ」

 ぶるりと震えたのは、冬が近いからだった。

 雪は降らないまでも、気温は下がる。

 森の最深部にあるのは朽ち果てた教会の残骸だ。

 その地下に巨大な迷宮が存在していることを、殆どの人は知らないだろう。

 国が興った当時、栄えていた場所も木々に飲み込まれ跡形も無い。

「さぁて、迷宮のミノタウロス殺しと行こうかな」

 唱えた呪文によって飛んだ斧が、入り口を守る魔物の眉間に突き刺さった。

 中は薄暗く、たいまつの光すら足下を照らすだけ。

 よどんだ空気が肺にまとわりつくようだ。

 地下へ地下へと百目口は進み、ぶもぶも言うミノタウロスを殺していく。

 一頭でも外に出れば町を危険にさらすような、そんな強者共がひしめいていた。同族関係なく蠱毒の中に閉じ込められた虫のごとく、魔物達が殺し合う。

 奥へ進むにつれて、体がうずいていく。

「あぁ、わかるよ。古巣に戻ってきたんだものね」

 心臓を撫でながら、紡がれた呪文が魔物を穿つ。



 昔々、あるところに兄妹が居ました。

 兄は頑健で、妹思いでした。

 あるとき両親が亡くなり、冒険者となりました。

 貧しいながらも幸せな日々を過ごす兄妹は、いつしか国を創ります。

 兄はいつも国と妹のことを考えていました。

 そして国と妹を二つとも守る方法を見つけたのです。


「寿命が無い魔物が二ついる。一つはスライム。一つは悪魔」


 その二つを妹に混ぜたのです。

 妹は寿命の無い三つの命が混じった一つとなりました。


「兄さん、どうしてこんなことを」

「永久に国を魔物から守るのだ」


 妹は嘆き、兄の元を去りました。



「……つまり、百目口は三分の二が魔物なのです」

 イースレイヤーは沈痛な表情で語る。

 にわかには信じがたい話だった。

 話を聞き、合いの手を入れるのは、彼が信頼するパーティメンバーだ。亜人種からなる、件の深淵の森遠征にも同行した彼らは、しこたま酔わせたエルフの話を聞き、言葉を失っている。

「隠されている話ではありません。しかし、あまりにも昔の話なので忘れられてしまいました。それもそうでしょう。誰が好き好んで、建国王の狂気を吹聴したいでしょうか。自国の王にはいつでも輝かしくあってほしいのです」

「それで……妹さんは、王女様はどうなったんだい?」

 婀娜っぽい魔術師の女が酒を飲み干しながら聞く。

「魔王が封じられし迷宮を守っています。人からも、魔物からも」

「森か」

 口数の少ない剣士が、珍しく言う。

 頷き返しながらイースレイヤーは、やけになったように杯を呷った。

「確か建国史の終わりでは、復活した魔王を命と賭して王が封じたのだとか」

「ええ、そうです。我々王の精鋭も、彼女も共に戦いました。長い戦いでした。多くの国民が、兵士が、魔物が死にました……」

「なんで百目口なんて名乗ってんだい?」

「百対の目と口があるからでしょう」

「はぁ?」

「……スライムか」

「胸くそ悪いでしょう? 何が妹思いの兄ですか」

「なんだい、あたいにもわかるように言いなさいな」

 ふう、とこれ見よがしに首を振った剣士に噛みつく女魔術師。

 眺めるだけだった竜族の戦士が「本当なのか」と聞き返す。

「つまり、彼女は分裂するのです」

「百に?」

「百に。彼女の三分の一はスライムです」

「……相手はミノタウロスだ」

 切られるうちに、その数になったのだろうとイースレイヤーが言えば、全員がなんとも言えない顔をする。

「王女様も災難だねぇ。エルフくらいしか一緒に居られないじゃないか。お救いする王子様はどこにいるんだか」

「見捨てないのが、不思議だ」

「そうよのぉ。こんな国、捨ててしまいたいと思わないのが不思議じゃて」

「とても優しい人なのです」

 おかげで深淵の森から魔物が溢れ出てくることが無い。

「私は、何もしてあげられませんでした……」

「あー、また落ち込み始めた。誰か変わってちょうだいよぉ。あたいじゃ無理だって」

「そういうな、魔女。仲間の愚痴くらい聞いてやれ。滅多に言わない弱音だ、酒の肴になるぞい」

「さすがに笑えないわよ」

 あははは、と笑いながら女魔術師は笑う。

「でー、王子様候補。けっきょくどうなんだい、惚れてるの? ねぇねぇ」

 乙女のように変わった女魔術師にげんなりとした視線があつまる。

 女というのは何年経っても恋の話には敏感だ。



「おっすおっす、久しぶりだねぇ」

 会いたくも無かったけれど、と言いながら、寝台に眠る男の手を握る。

 筋骨隆々の男が死んだように眠っているのは迷宮の最深部。

 血まみれになった百目口は、手も洗わずに頬を撫でた。蝋のように堅く、氷のように冷たい。

 命を無くした建国王の姿に目尻を下げる。

「魔物はいつになったら弱体化して、地上から消え去るの? もう数千年は経ったんだけど」

 つん、と鼻をはじく。

 魔物が多くなれば魔王の復活が危惧される。

 逆に魔物が減っても、建国王の目が覚めることは無い。

「はやく魔王を倒して帰ってきてよ。私の体を戻して、また一緒に冒険に行こう」

 小さい子供みたいな悪戯をいくつもした後、気が済んだ百目口は迷宮を出ることにした。

 次に来るのは百年後か千年後かはわからない。

 ただ、兄が眠る地を守りながら、鎮魂歌を歌い続けるのだ。


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