表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

ゴブリン

誤字脱字その他は公開後、元気な時にちょいちょい直しています。

 昔々、一人の王様がいました。

 王様は最初から王様ではなく、小さな少年でありました。

 少年だった王様は、たった一人の家族を養うために冒険者となったのです。

 やがて剣を修め、魔法を修め、学問を修め、少年は王様となったのです。

 困難は多くありました。

 西に東に南に北に、たくさんの魔物が蔓延り、人間を食べようとするのです。

王様は戦いました。

 沢山の仲間達と共に。

 いつしか王様の武勇に恐れをなした魔物達は、西に東に南に北に引き返していきました。



1.ゴブリン


 深い木々は樹齢千年を超え、生い茂る緑は太陽を隠す。

「止まるな、走れ!!」

 柔らかい腐葉土を蹴りながら剣士ががなり、仲間達に葉っぱをかける。振り返ることは出来なかった。そうすれば背後から追いかけてくるミノタウロスに潰されると恐怖していた。

「ま、待って。もう走れな――ギャ」

 潰れた声に思わず振り返った魔法使いは、仲間の弓使いが背後から投げつけられた斧で頭を割られたのを見た。

「畜生! ――風よ、牙よ、囁け!!」

「やめろ!」

 剣士が止める間もなく放たれた魔法が、風の刃となって後方の魔物に直撃する。

 しかし魔物は片腕で魔法を振り払い、あっけなく魔法使いの頭をちぎった。背後で聞こえるグチャリと言う音を聞きながら剣士の目から涙があふれ出した。

 こんな森に来るべきでは無かったという思いと、どうしても逃げなければならないという使命がせめぎ合っていた。

 せめて、ミノタウロスに見つからなければ、と。

 ふと、もんどり打って転がった剣士は、慌てて立ち上がろうとして出来ないことに気づく。

 何が起こったかわからず目を白黒させているうちに、首を絶たれた剣士は事切れた。

 自らの体が真っ二つになったことに気づかなかったのは、唯一の救いだったかもしれない。

 最後に残った盗賊は絶望に背筋を震わせながら、ただひたすら走る。

「ブモ――!!」

 怒れる魔物の声を聞きながら、盗賊は深淵の森深くへと逃げた。



 眠れ眠れ 深く深く深く

 昨日の痛みも薄れ去り 揺蕩う水面 穏やかに

 母なる大地に崩れ去る 王も騎士も冒険者も

 等しく訪れる死のさだめ 眠れ眠れ穏やかに

 夢を持った少年も やがて老いては朽ちていく

 明日を笑う少女も やがて大地に還るだろう

 老いも若きもすべからく やがて全て還るだろう


 幾重にも重なって聞こえる不思議な歌が、風にながれて消えていく。

 声の持ち主は、ふと足下に何かが転がっていることに気づき、膝を突いた。痩せ細った指先で地面につもった枯れ葉をのけると、皮装備が現れる。

 うつ伏せになった男が、半ば地面に埋まった状態で倒れていた。

「おや、珍しい。こぉーんな所でどうしたの? おにーさん、道に迷ってしまったなら、教えてしんぜよう。……どうしたの? 声が小さくて聞こえないね。あぁ、もしかして死にかけている?」

 人間がいることもそうだが、息がある。

 焦点の合わない目で何事かを呟いている。よほど怖い目にあったのか、全身が細かく震えていると思ったが、ひっくり返してみれば脇腹がごっそり囓り取られていた。

「大百足にでもやられたか」

「……ぉ……だ……、あ」

 体力水薬(ポーション)は持ってない。

 あっても聖職者が必要になるだろう大怪我だ。

 うわごとのように何か言っていた男の目が、ふと焦点を結ぶ。

「街に、……ぉ、……い」

「願い事には対価が必要さ。――ああ、いいよ。ポケットだね」

 指先がかすかに動き、導かれるまま懐を探せば中身の詰まった袋が一つ、転がり出てくる。

「いいよ、いいよ、任されよう。なぁに、三ヶ月も歩けば森をぬけられる。願いはこの百目口(ひゃくめぐち)が承ったとも」

 事切れた男の頬から泥を払い、半分開けられていた瞼を閉じる。

 埋葬する道具も無く、獣に食わせるに任せよう。百目口は結論づけて、男の持ち物をあさった。

 雑嚢(ざつのう)の中には空の食料袋と水薬(ポーション)の瓶、ロープに工具。

 どうやら男は冒険者で盗賊のようだった。ここまで逃げてこられたのも、卓越した技量があったからだろう。

 首にかかった鉄の認識票(ドッグタグ)を持ち上げると、等級を示す「4」の番号があった。名前と共に確認して首に提げると、百目口の認識票と打ち合い、音を立てる。

 久しぶりに人里へ行く事になった。

 男の持っていた雑嚢に荷物をまとめると、百目口はそのまま足跡を辿って、男の言う「街」を探すことにした。

 鎮魂歌を歌いながら。



 冒険者が冒険をした結果、命を落とすのはよくあることだ。

 新米なら半数が最初の依頼でしくじって、その半分が死ぬと言われている。うまくいってもジリ貧で、故郷に帰るか奴隷か娼婦。どちらかに堕ちる者もいる。

 それでも冒険者が減らないのは、手っ取り早く食い扶持を稼げるからだ。阿漕なヤクザ商売みたいな物だが、命をかけるに足る冒険譚も数多くあり、そして今もまた、冒険にふさわしい場は多く儲けられている。

 冒険者には夢と希望があった。

 追い求める人間だけが高みへ行き、物語を紡ぎ、力なければ死んでいく。

 そんな職場で働くことに、受付嬢はやりがいを持っていた。

 昼を過ぎると滅多に人が来ないギルドに来訪者があったのは、何の変哲もない、特出すべき事のない、そんな日だった。

 併設されていた酒場にいた冒険者が、くだを巻くのを忘れるくらい汚い女が一人、ベルを鳴らして入ってきた。

 赤毛はざんばら。皮鎧は端から崩れるようにちぎれ、背中の中程と膨らんだ胸回りしか保護していない。身につけている物もことごとくが古く、汚く、垢じみて匂う。

 異様なのは顔につけた面も同じで、細かい傷だらけになった剥き卵のような形。視界を確保するための小さな穴が二つ開いているだけだった。

 浮浪児のほうがマシな生活をしていそうだ。

「私は百目口。で、このパーティは全滅した」

 担ぐように持っていた四つの雑嚢をギルドのカウンターに置くと、首に提げた認識票をカウンターに置く。カードを滑らせるようにすると、四つの認識票が鈍く光る。

 顔を顰めないよう必死で笑顔を浮かべていた受付嬢は、はっとした表情で認識票を改めた。

「……そんな、四等級のパーティが、全滅?」

 四等級と言えば、十段階評価で言う中堅から頭一つ出た者のことを指す。パーティ全員が四等級なら三等級の依頼もこなせる実力も持っていたはずだ。

 それが全滅した。

「遺体は森に任せた。“ミノタウロスが街に近づいている”ことを知らせてって。盗賊の人が」

 パーティを襲ったのは五匹だったか。

 呟けば、受付嬢も、酒場でくだを巻く冒険者も青ざめた。

 にわかに騒ぎ出したギルド内に背を向けて、百目口は外へ出る。

「さぁて、道具でも買って帰ろうかなぁ」

 その後に続く喧騒も、何もかもを後にして。



 久しぶりの人里は、なんだか歩いているだけでうきうきだ。

 たとえ周りがぎょっとしながら避けていっても。

「道具屋はどこだろ。臨時収入があって良かったなぁ」

 全滅した冒険者達の懐から正当な賃金をもらったので、懐は温かい。壊れて困っていたものはごまんとあり、森の近場にある小さな村で揃えられない品も多くある。

 久しぶりに大きな街に来たのだから、と好奇心で辺りを見回した百目口は「おお、あった」と趣深い商店をくぐる。

 「いらっしゃい」と言った瞬間、店番の男が顔を引きつらせた。

「水袋とロープ、手袋を見せて。あと手入れ用の品も」

 お金はある、と金貨の詰まった袋を渡せば、重さに驚いた店番が慌てて奥へ引っ込んだ。

 鉄と皮の匂いがする。

 品揃えを見ながら目を細めていると、両手に荷物を抱えた店番がカウンターの上に商品を並べた。

 動物の胃袋で作った水袋。太さの違う三種類のロープ。細々とした手入れ用品に、革の手袋。

「へぇ、今はひょうたんじゃないの」

「何十年前の話ですか、それ。今はこれが普通っすね。お客さん冒険者でしょう。ちゃんと揃えないと、いざってとき危ないですよ」

 ちらりと胸元の認識票を見た店番が、流れるように商品の説明をしていく。

 傍目から見ても上機嫌な百目口は、いちいち頷きながら頭に情報を詰め込んだ。

「おにーさんは手練れだね。道具屋の鏡だよ! あと雑嚢はある?」

 必要な者を購入し、それでも金に余剰があるとわかれば雑嚢に入る分だけ必要な物を注文していく。

 皮鎧を新調しないかと持ちかけられたが、それは必要のないものだ。

 どうせ汚れ、かすれ、朽ちていく。

 気分良く店を出て鼻歌交じりに歩いていると、ふと口論が聞こえ、足を止める。

 道の端に十代前半頃の少年少女が集まって騒いでいた。

「――だから、お前とは冒険しないっつてんだろ」

「そんなこと急に言われても困るよ!」

「仕方ないじゃん。アンタ魔法三回しか撃てないし、撃てる種類も少ない。今年の新人で良い子がいたから、その子とパーティ組むわ」

「待てって。なあ!」

 追いかけようとした魔法使いの少年を突き飛ばして、四人組は去って行く。

 呆然としていた魔法使いの少年は、顔をくしゃりと歪め、眼鏡を押し上げるように腕で涙をぬぐう。

 凄い所に出くわしてしまった。

 気まずさを感じながらも百目口が肩を叩くと、魔法使いの少年はびくりと振り返った。

「あー、まぁ、あまり気に病まず新しいパーティを探しなよ」

「あんた誰だよ! てかくせぇ」

「百目口さんさ。臭いは失礼したね、じゃあ元気を出しなよー」

「……。なんなんだよ」

 するりと横を通り過ぎて進んだ彼女は、また足を止めて路地の入り口を見た。正確には座り込んでいる汚れた男性にだが。

「おにーさん、冒険者? その足どうしたの?」

「うるせぇ」

 荒みきった視線の男は睨み上げるような表情だ。奥歯を噛みしめる、がりがりという嫌な音がする。

「そうか、そうか。大変だったねぇ。お医者さんには見せたの? あ、いいよ、いいよ。顔を見てわかったから」

「ふざけてんのか、ぶち殺すぞっ!」

 振り上げられた杖を握って奪い取ると、男は体勢を崩して倒れた。

 筋肉も服もきちんとしているのに、装備はなく、右足が変な風に曲がっている。これじゃ歩けない。

「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。おにーさんはちょっと運が良くて、でも悪かったね。聖職者って奴は神様にお願いしてくれるけど、神学のお勉強以外はさっぱりさ! ちょうど良い添え木もあるから、百目口さんが治してしんぜよう」

 男が何か言う前に、百目口のほうがはやかった。

 殴って男を昏倒させ、杖を二つに折って雑嚢からロープを取り出す。

「折れたの一ヶ月前ってところかなぁ。ちゃーんとくっついてなくて良かったね」

 何の躊躇も無く男の右足を露出させると、ロープで手足を縛り、巻いてあった包帯を口に噛ませる。

 えい、と軽い調子でありながら、男の足は指が触れた途端、重く嫌な音を立てて砕けた。

 首に血管が浮くほどのけぞって叩き起こされた男は、目を白黒させながら足を見た。

「ほいほい、痛いからさっさと済ませるぞー」

 恐ろしいほど乱暴に骨の位置を直して押し込んでいく。

 動けない男は悲鳴を上げながらのたうち回った。

 おやおやと百目口は追いかけて、とうとう骨の位置を治し終えると折った杖を添え木にし、噛ませていた包帯で手早く固定する。

「体力水薬(ポーション)お飲みなよ。ほら、くっついた!」

 きゃらきゃらと笑いながら涙でぐしゃぐしゃの男を立たせてやる。おっかなびっくり、目を白黒させた男が立ち上がる。

水薬(ポーション)一本じゃ完全にくっついた訳じゃなさそうだけど、冒険に出るなら十分でしょう? さぁさぁ若人よ、明日へ向かって歩こうじゃないか」

「お、お前一体何者だっ」

「百目口さんさ。聖職者を選ぶときは、敬虔な信者じゃなくて勤勉な信者になってもらってから行くといいよー? お仲間のところにお戻りよ」

「パーティは……追い出された。武器も装備も金に換えちまったから武器もねぇ」

「あるじゃない」

 添え木代わりの折れた杖を渡すと、なんとも言えない顔をする。

 短くなったとはいえ、殴って死ぬ魔物なんてごまんといるし、見たところ冒険者をして長いだろう。

 だったら低級向けのゴブリン退治でもして、ナイフや棍棒を奪えば良い。

 それも嫌なら、金を貯めて別の武器を買えば良い。

 長く続けて手に入れた物を、もう一度取り戻すのは大変だ。

 だが男は幸運で、命はまだ持っている。

「くそっ。わかったよ、また一から出直してやらぁ」

「ついでにパーティに捨てられたばっかりの男の子がいたから、連れてってあげなよ」

「はぁ……まぁいいけどよ。どんなだ」

「眼鏡で魔法使い。呪文は三回で種類は少ないって」

「まずまずだな」

 礼は言わねぇぞ、と言いながらのそのそ歩いて行った男を見送って、百目口はその後も寄り道をしながら街を出て行った。

 鼻歌のように歌を歌いながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ