呪われた一族。
ハァハァハァハァ…
どっちに逃げたらいいの?
「ミル!こっちだ!」
長老が私を大声で呼んでいる。
私は長老の方へと進行方向を変える。
次の瞬間、私がいた所に怪物の武器が振り下ろされた。
物凄い轟音と疾風であたりに色々なものが飛び散る。
私が逃げ遅れていたら、私の身体の破片が飛び散っていただろう。
私は大きな建造物の様なものの物陰に隠れた。
そこには助けてくれた長老と長老の奥さん、孫のバタイユがいた。
「バタイユ、デリダはどこ?」
「お兄ちゃんは逃げてる時にはぐれちゃった。」
バタイユは半べそをかいて、鼻水をすすっていた。
無理もない。男の子とはいえ、まだ八歳なのだ。
私はバタイユの頭を撫でて、
「じゃあ、お姉ちゃんが怪物倒して、デリダお兄ちゃんを助けてあげるよ。そしたら泣き止む?」
バタイユはコクリと頷いた。泣き虫だけど、かわいいやつめ。
私がバタイユを撫でていると、長老の奥さんが
「ミル!いけません!あなたをそんな危険な目に遭わせなれないわ。あなたは逃げることだけを考えなさい。」
そう言われるのはわかっていた。だって私たち一族が怪物に敵うはずがないもの。
私たち一族は生まれた瞬間から死ぬ間際まであの怪物たちから、逃げて逃げて逃げ続けなければならない運命にあるのだ。
別に私たちがあの怪物たちに何かしたわけではない。
なのに怪物たちは私たちの姿を見ると一方的に殺戮を始める。
言葉が通じないから、和解も出来ない。
過去に死を覚悟して怪物たちに和解を申し込もうとしたものがいた。
そのものは無情にも殺され、残された私たちには和解の道などないという絶望感を植えつけられた。
そんな怪物を倒せるはずがない。
そんな事は私にもわかっていた。
でも、そんなの、悔しいではないか。
どうして私たちにばかりが過酷な運命を背負わなければならないのか。
私は、生まれたからには強く生きたい。
まざまざと殺されるくらいなら、私は牙を剥いて戦う。
私には常人には扱えない特別な能力を手にしたから…
「お願いです。行かせてください!」
「だめよ!わかってるの?怪物たちはとても話の通じる…」
「まぁ、落ち着け。」
長老が奥さんを制して続けた。
「ミル、バタイユを連れてデリダの元へ行ってくれんか?」
「ちょっと、一体何を…」
「お前は黙っていろ!」
急に大声を出したせいか長老は少し咳き込んでいたが、おさまると改めて私の方に向き直り
「ここはじきに毒ガスが撒かれる。それまでに急いでバタイユと一緒にここから離れてくれ。」
長老は逃げないんですか?…とはあえて聞かなかった。
長老の左足が使い物にならないことは目で見るだけで十分わかることだった。
私が怪物に追いかけられている少し前に同じ怪物にやられたのだろう。
それでも死んでないことに悪運の強さを感じる。
…バタイユだけ連れて行けと頼んだということは、奥さんもここで心中するつもりなんだろう。
夫婦は死ぬ時も一緒か、
「わかりました。それでは長老、お世話になりました。私が生き残れたら再びここに戻ってきます。」
「いや、それより。なんとしても生き残って、デリダを父さんにしてやってくれ。わしが許す。」
こんな時に縁談話かよ、呑気なものだ。
平静さを必死に保っているだけなのかもしれない。
「すみません。私、自分より弱い男に興味ないんです。」
長老は苦笑いしていた。
バタイユを手招きすると、トボトボと歩いてきた。
おいおい、そんな足取りじゃ真っ先に殺されちまうよ。
よく今日まで生きられたものだ。
「ほら、おじいちゃんとおばあちゃんにお別れしな。」
バタイユは声を殺して泣いていた。
子供ながらにこの状況を察しているらしい。
なんとかしようとあやしていたが、結局別れの言葉は言えなかった。
怪物の毒ガスが撒かれた。
「バタイユ!走れ!」
あのガスは吸ってしまったが最後、神経経路をおかしくされて苦しみながら死ぬ。
怪物には武器をひたすら振り下ろす武闘型の怪物と、ガスをあたりに撒く援護型の二体がいる。
援護型の怪物はさっき隠れていた建物の近くにいるはず、つまりもう一体の武闘派の怪物から逃げながら次の隠れ場所を探さなければ行けない。
物陰から出ると他の仲間たちもガスから逃れるために出てきていた。
武闘派の怪物の一撃に次々と仲間たちが玉砕していく。
運良く私とバタイユは怪物に気付かれずにいた。
次の隠れ場所を探していると、
「ミル!バタイユ!」
男のくせに少し高めなこの声。
主はもちろんデリダだ。
「大丈夫だったか?」
「こっちのセリフだよ。いつから私を気遣えるようになったの?」
「ちょっと前までいい勝負だっただろ!くそ、羽が開いたからっていい気になりやがって。」
そう、私は今飛べるのだ。
私たち一族には潜在的に皆、羽が備わっている。
しかし、現実にそれを使いこなせるものは滅多にいない。
そのほとんどが羽を広げることなく人生を終えるという。
少なくとも私の知り合いにも親戚にもいない。
私もつい最近までは使えなかった。
使える様になったきっかけは怪物から逃げている時。
武闘派の怪物の一撃を少しだけ食らって吹き飛ばされて壁にぶつかりそうになった。
もうだめだと諦めた。
だけど、どういうわけか次の瞬間私はそのまま中を舞っていた。
羽のおかげで壁に激突せずに済んだのだ。
その日から私は自由自在に羽を使えるようになった。
長老の話では羽を開くにはある一定の条件があるらしい。
その条件も人によってバラバラで、羽を開いた私も何が条件だったのかイマイチわからない。
「私はあんたとは出来が違うの。」
「バタイユ!無事だったか!」
少しイラッとしたけど、今は緊急事態だからシカトの仕返しはまた後にする。
バタイユは全力で走ったからか、息が切れていた。
「バタイユ!まだ走れるか?」
バタイユは頷いてはいるものの、相当きつそうだ。
「デリダ、お前今までどこにいたんだ?」
「隠れ場所を探していたんだ。そして、いいところを見つけた。来てくれ!」
私とデリダとバタイユはまた走り出した。
「デリダ、これからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「今回もまたかなりの仲間たちが殺されてる。恐らく、村長と奥さんもやられてる。」
「…そうか。最後に顔見せときたかったなぁ。生まれた時代。いや、一族が悪かった。」
デリダは幼い時に両親を亡くしている。
さっき言った、怪物と和解をしようと試みたものというのがデリダのお父さんだ。
無慈悲に殺された父の亡骸に泣きながらすがりついたデリダの母親もその場で殺された。
だから、デリダは両親を殺した怪物を人一倍憎んでいる。
親を亡くしたデリダとバタイユを村長と奥さんは子供のように可愛がっていた。
デリダとバタイユにとっても村長と奥さんはお父さんとお母さんの様な存在だろう。
内心は相当辛いはずだ。
この一族はそんな境遇の人がたくさんいる。
ほとんどの家庭が皆、多かれ少なかれ家族を失っている。
私だって、もうすでに家族はいない。
だから、今のデリダとバタイユの気持ちがわかってしまう。
だけど、そんな感傷にも浸っていられないのだ。
逃げなければ死ぬ。
「バタイユ!」
突然デリダが立ち止まった。
私も振り返ると、バタイユは地面にうずくまっていた。
手足が痙攣を起こしている。
まさか…さっきの毒ガスを、
次の瞬間、武闘派の怪物の一撃が私とデリダの目の前に落ちた。
さっきまでかすかに動いていたバタイユはもう二度と動かない屍に変わり果てていた。
「くそが…くそが…くそがぁぁぁ!!!」
私にははっきり見えた。
デリダの背中に、羽が生えている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
デリダが武闘派の怪物に向かって飛んでいく。
「デリダよせ!戻ってこい!」
私が言葉を言い終えた刹那、視界が白で覆われた。
それが毒ガスだとわかったのは、デリダが撃ち落とされて地面で苦しそうにのたうち回っているのを見てからだった。
私に逃げるなんて選択肢はなかった。
私は今まで何度も毒ガスを吸っているから、耐性がついてる。
直接毒ガスを撃たれない限り、死にはしない。
私はまだ毒ガスの漂うデリダの元へ飛び立った。
デリダはもう、もがいてもいなかった。
「デリダ!聞こえるか!デリダ!」
「お前の言った通りだ。俺お前の夫にむいてないわ。」
「こんな時に何言ってるんだ!」
「弱いと守ってやれないしな。」
デリダは以前、私に告白してきた事がある。
私はその時、自分より弱い男に興味はないと断った。
ただ、デリダが嫌いだった訳ではない。
デリダを失うのが怖かった。
私をかばったりして、デリダに死んでほしくなかった。
ずっと一緒に行動していたかった。
デリダをいずれ、お父さんにしてあげたかった。
だけど、私たちの子供にこんな辛い人生を歩ませたくなかった。
この呪われた一族の十字架を背負わせたくなかった。
怪物たちの気配を感じる。
もう、私たちに残された時間は残り少ない。
「それじゃあ、一足先にちょうちょにでも生まれ変わっとくぜ。」
「デリダ…」
デリダはそう言い残していった。
「デリダ…夫婦は、死ぬ時も同じだ。」
デリダが死んだのを確認して、私はデリダの頬にキスをした。
昔から、
(なぁ、ミル。)
(ん、なぁに?)
素直になれない自分が私は嫌いだ。
(お前さぁ、もしも生まれ変われたとしたら何になりたい?)
(そりゃ、もちろん。ちょうちょだよ。)
私は怪物を強く睨んだ。
(何でだよー)
(えーだって…)
怪物が武器を振り下ろす。
(あんなに綺麗にうまれたら、みんなに愛してもらえるもの)
「うわっ!マジ無理なんですけど…」
「かさねちゃんどうかした?」
「G」
「G?」
「GOKIBURI」
「じぃーおーけぇーあい…あー、なるほどね。あれね。Gね。」
「私スプレーするから、たつやくんほら、新聞紙でバーンッ!と一発お願い。」
「俺もそんなに虫とか得意じゃないのにな。うわっ!みかんの箱から数匹出てきた。おりゃっ!おりゃっ!」
「あぁ、逃げられた。けど、あのG足引きずってたからもう死ぬでしょ。」
「もう1匹も冷蔵庫の下に逃げた。かさねちゃん、スプレーでおびき出して。」
「ラジャー!」