ほわりの朝
こんにちは、葵枝燕でございます。
今回のお話は、公式企画[冬の童話祭2017]参加作品でございます。
童話、というには何だか漢字が多めな気がしないでもないですが、作者はあくまでも“童話”のつもりで書いております。
それでは、どうぞご覧ください!
おいらの名前は、ほわり。茶色と黒と白の三毛に、うすーくトラみたいなしま模様が見える、そんなネコだ。
野良ネコのおいらには、これといって決まった名前なんてない。だから、この“ほわり”っていうのも人間がおいらを呼ぶうちの一つにすぎないんだ。人によってはおいらのことを、“にゃんこ”とか“たま”とか“みけとら”とか呼ぶ。まあ、いろんな名前で呼ばれるってことさ。
ん? やけにかわいい名前、だって? そうだな、おいらもそう思う。でもな、おいら、こう見えても一応れっきとした男なんだぜ? “ほわり”なんてかわいい名前、正直小っ恥ずかしくてしょうがねぇや。でもな、この“ほわり”って言葉の響きは、結構気に入ってるんだよな。
さて、おいらが今何をしているのか、気になって気になって仕方ないんじゃないか? ……何、野良ネコの話なんか興味ない? まあ、そう言わず、ちょっとばかし付き合ってくれよ。
とりあえず、おいらは今、歩道を歩いている。歩道とはいっても、通るのは歩いているヤツだけじゃない。自転車に乗った人間も通る。これが結構危ないんだな。なんてったって、歩いたり走ったりしている人間よりも、自転車っちゅうもんは明らかに早いんだ。でもおいらは、自分から避けたり逃げたりなんてしないぞ。歩道は“歩く道”なんだから、歩いているおいらが気を遣うなんておかしいじゃないか。それに案外、慌てて避ける方が危険だったりするしな。まあ、自転車に乗ってる人間からしたら、おいらは“我が物顔でのんびり歩道を歩いている自己中心的なネコ”にしか映らないだろうが……。
いかん、話が逸れそうだ。そうだな、まとめると――おいらは朝の町を歩いている、ってことになるんだろうな。
歩いているおいらの右側にある車道を、車が次々と走り去っていく。それを横目に、おいらは歩いている。通勤と通学ラッシュで、平日の朝八時台は大体渋滞しているから、こうやってスイスイ行き交っている光景も珍しいな――なんて思いながら、道を進むんだ。
そうしてると、目的の場所が見えてくる。
カフェ・KIMATSUYA。赤いレンガ造りの、こぢんまりした建物だ。人間にとっても心安らぐ場所になっているだろうが、おいらにとっても行きつけの食事処なのさ。……まあ、来るのはおいらだけではないのが、ちょっと不満ではあるが。
KIMATSUYAの駐車場に足を踏み入れると、すでに先客がいた。おいらはそいつに近付いて、声をかける。
「よう、男爵。ずいぶんとまあ、早いお着きじゃねぇか」
そいつは俺を見ると、ほんの少し不快感をあらわにした表情をした。
男爵は、全身黒だが両手足の先が白いネコだ。それがまるで靴下をはいているように見えておしゃれだ、ということで付けられた名前が“男爵”。それでなくても、こいつには何か堂々とした雰囲気みたいなものがあった。
毛がふわふわ&ほわほわだから“ほわり”、なんていう意味不明な名付け方をされたおいらって一体――と、感じてしまうところである。まあそこが、野良ネコのおいらとの、決定的な違いなんだろうけどな。
「私が早く来るのに、何か問題でもあるのか?」
「いや、全然ないね。ただまあ、飼いネコ様は家で朝餉をいただくべきでは――とは、思うけど」
男爵は飼いネコである。その住まいは、KIMATSUYAのほぼ道向かいにあるノベヤマ自動車整備工場だ。工場長のおっちゃんと、事務を担当しているおっちゃんの奥さん、それと十人くらいの整備士がいる。小さい工場だが腕は確かだという噂だ。男爵は、ノベヤマ自動車工場の看板ネコ兼癒しとして、客からも整備士達からも人気があるらしい。
「おっちゃんや奥さんから、好きなだけご飯はもらえるんじゃねぇか?」
ノベヤマのおっちゃんは、クマも驚いて逃げるだろうと思われるくらい大柄で強面だ。そんでもって、整備士達に大声で怒鳴るもんだから、俺の中でおっちゃんは“こわいもの”認定されているのである。
そんなおっちゃんが、奥さんと娘さん三人と飼いネコには優しいのだから、不思議なものだ。
「私がどこで何を食べようと、私の自由だろう」
「あーはいはい、そう言うと思いましたよ」
なぜか男爵とおいらは、相性最悪だった。お互いに何をしたわけでもない――と思うのだが、男爵はおいらに対して無愛想を貫いている。別においらも、同じ男である男爵となれ合いたいわけではないので、無愛想だろうと別に構わないけどな。男爵とも五年くらいの付き合いだ、どんなヤツかは知っている。
だからおいらは、男爵とこれ以上会話を重ねることをやめ、定位置――ペパーミントの鉢植えの横に寝転がる。ペパーミントのスースーする香りが、おいらは大好きなのだ。もちろん、魚とかには負けるけど。
「あら。男爵さん、ほわりさん、ごきげんよう」
涼しげなその声に、おいらはガバッと身体を起こす。とらえたその姿に、目は釘付け状態となった。
「志麻さん」
「しししし志麻さん!」
男爵とおいらは、同時に彼女の名を呼んだ。おいらの変な呼び方に、男爵はおいらを睨みつけ、彼女はフフッと小さな笑い声をこぼした。
彼女の名前は、志麻さん。このカフェ・KIMATSUYAの飼いネコにして、看板ネコの女性だ。雪のように美しい白い毛並みをしている。しま模様でもないのに“しま”と名付けられたのは、当時既に“しろ”や“ゆき”という名前のネコがおり、迷った末に今の“志麻”という名前に落ち着いたとのこと。でもおいらは、“しろ”や“ゆき”とかいう安易な名前よりも、美しい彼女にぴったりのすてきな名前だと感じている。
「今日は、お二方だけなのですね」
志麻さんはそう言って、毛づくろいを始めた。おいらはそれを見ながら、なんて美しいのだろう――と、思う。いろんなネコと出逢ってきたけれど、志麻さん以上に美しいネコなんて、そうそういないと確信しているのだ。
まあ、志麻さんは絶対おいらのものになんてならないので、あくまでこれはおいらの片思い。心に秘めておかなくてはな!
そのとき、店の戸が開き、人が一人出てきた。戸に付けられたベルが、少しだけ騒々しく響く。
「みんな、お待たせ! ご飯だよー」
そう言った人の名前は、木間ツヤ。名前を聞いてもわかると思うが、このカフェ・KIMATSUYAの主である。うなじが見えるくらいの短い髪と、すらりとしたその体型から、よく男性だと誤解されるが女性なのだ。おいらも、初めて逢ったときは男性だと思ったもんだ。――ちなみに、この話を男爵様にしたら、「お前の目は節穴か? ツヤさんは、どうみても女性だろうが」と、冷たい言葉をぶつけられました、トホホ。
ツヤさんが、皿を三つ並べる。そのうちの一つにおいらは向かうと、思いきりがっついた。白いご飯に、マグロのフレークを入れた、とびっきりのごちそうだ。さすがツヤさん、おいらの好みをわかってるぜ!!
「落ち着いて食べられないのか」
男爵の言葉が聞こえるが、そんなもん気にしない。おいしいものは、さっさと食べるに限るんだ。野良ネコの世界では、おいしいものはすぐに取り合いになってしまうんだ。胃袋に手早くおさめる方が安全安心なのさ。
もっとも、そんな食べ方が美しくないことは知っているし、志麻さんの前でやることはかなり恥ずかしいものがあるんだが。
「ほわりはほーんと、いい食べっぷりだねぇ」
そうそう、すっかり忘れそうだったが、おいらに“ほわり”って名前を付けたのも、このツヤさんなんだぜ。だからおいらは、ここでは“ほわり”なんだ。
「ただ食い意地が張っているだけだと思うがな」
男爵が、吐き捨てるように言う。
「わたしはいいと思いますよ。おいしそうに食べていることが、よくわかりますもの」
志麻さんが、小さな笑いを含みながら言う。
顔を上げると、おいら達を見て優しく微笑むツヤさんがいた。おいらは、そのツヤさんに向けて小さく鳴いた。
――とってもとっても、おいしいよ。ありがとう。
そんなおいらの言葉は、ツヤさんに届くことはないけれど。少しでも、この気持ちが伝わればなと思ったんだ。
ときどき、冷たい風が吹いて、おいらのふわふわな毛を揺らしていく。この町にもようやく、冬の気配がし始めているらしい。季節のほとんどが夏、といっても過言ではないようなこの町だけれど、冬も冬で割と寒いのだ。
でもおいらは今、不思議とあたたかさを感じていた。
ツヤさん、志麻さん、男爵、そしておいら――みんなで囲む朝ご飯が、おいらをあたたかくて幸せな気持ちにさせてくれるのだ。
そんなことを思いながら、おいらは残りのカツオフレークご飯を胃袋におさめたのだった。
『ほわりの朝』、ご高覧ありがとうございました。
作中で書けなかった裏設定を、ここで披露したいと思います。
この作品のマドンナこと志麻さんですが、実は旦那様がおります。彼も出したかったのですが、出すと長くなって、よけいに着地点がわからなくなりそうだったので、断念いたしました。
さて、今作は楽しんでいただけたでしょうか? どう終わらせたらいいかわからず、無理矢理締めくくってしまったところは、反省点でございます。
それでは、今回はこれにて。
最近寒い日が続いておりますので、読者の皆様、風邪など引かないよう、健康には気を付けて。
読んでいただき、ありがとうございました。