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『落ちる』

月曜日、数多の手記に記される通り憂鬱な日。

「会社行きたくねえ。」

と電車に揺られる俺もまた手記と言う名のツイートをスマートフォン経由で発信する。

それなりの大企業に勤めてはいるが、これと言って出世する気も無く、それなりの給料を貰って生きていく。

趣味は多趣味、色々やる。

彼女は居ない。去年別れたばかりだ。

それが俺、村田マイトの人生、26年目。

「休みて。」

会社最寄りの駅に着いた。

誰にも聞こえないように小声で呟く。

誰もが思っている事だろうが、声に出して言ってしまえば変な人である。

世の中の理不尽さを呪いながら俺は電車のドアから流れ出る人群れに身を任せた。

ああ会社はすぐそこだ。

流れに逆らう力があればいいのにと、月曜日だけは強く思う。


大名天晴株式会社自社ビル、駅からすぐ近くにあるでかでかとした商業ビル。

全国各主要都市に支社もある、テレビCMだってばんばん流してる大企業ってやつだ。

俺の通う会社でもある。

よくもまあ低学歴の俺がこんな会社に入れたもんだ。

その35階、総務課のあるフロアが俺の職場だ。

そう、大企業で働くと言ったが、結局は雑用、誰でもできる仕事をしている。

営業とか開発とかそんなん絶対無理だし。

でも大企業らしく、そんな裏方にもそれなりの作業効率やクオリティなんかを求められる。

無茶言うなと思う。

毎年の上司との面談なんかが憂鬱で仕方ない。

さて、憂鬱と言えば月曜日が憂鬱と言う話に戻そう。

戻したくは無いが、もうすぐ始業時間10分前だ。

憂鬱の原因である月曜日の朝礼がもうすぐ始まってしまうのだ。


俺は自席から立ち上がり、課長のデスクの方を見る。

社員一同立ち上がっている中、課長は椅子に座っていた。

課長のデスクの上に、大きなモニタがあり、課長以外の人間はみなそちらを注視している。

モニタから有名なクラシックが流れ始める。

月曜の朝礼がもうすぐ始まりますよと言う合図だ。

この会社では、毎週月曜日にモニタを使って、オンラインで社長直々の朝礼と言うモノがある。

ありがたくも意識の高いスローガンを始業開始前10分から始業時間まで滔々と語られるのだ。

営業はどう成績を伸ばすか、開発は何を意識して作業を行うか、なんて事をどこかの本に書いてあった言葉を引用して語る最高に無駄な10分間。

社長朝礼と言う名前は廃止して我慢大会に改名したらいいんじゃないかと思う。

それに、俺達裏方は特に社長の眼にも映ってないんだ。

朝礼のネタから外れるんだから不参加でもいいじゃないか。

うちの課長もそう思っているのか、昔はちゃんと聞いていたらしいが今では席も立たずに自分の業務に集中している。

朝礼はただのBGMとしているらしい。

だが、ヒラの俺達にはそんな事は許されていない。


パチンとモニタの画面が映る。

調子が悪いのか砂嵐が見える。

よしいいぞ、このまま壊れて朝礼なんて中止になってえしまえ。

心の中でガッツボーズ。

だがすぐに画面は普通のものへと切り替わる。

社長室の様子だ。

しかし、そこには社長の姿が無い。

幼女?

小学校低学年ぐらいの女の子が映っている。

長い黒髪で、ファッションセンターやまむらなんかで売っている子供服を着ている。

社長のお孫さんか何かだろうか。

その幼女が話始める。

「おはようございます。皆さんは今から、死ぬまでこの会社から出られません。」

幼女には似つかわしくない透き通る声だ。

大人の女の声?吹き替えか?と思う違和感がある。

いや、それよりも何よりも今何て言った?

死ぬまで出られない?社畜宣言?

「ルール説明は致しません。」

何言ってるんだこのガキ。

ただでさえ憂鬱で無駄な朝礼タイムを孫の遊びに使うなんて社長は狂っているんじゃないのか。

そう苛立ちを覚えると、モニタの下、椅子に座る課長が

「おぅ」っと声を上げた。

「はあ!?」

思わず感情が声に出てしまう。

課長が声を上げたと思ったら、座っていた椅子に吸い込まれて行くのだ。

いや、椅子を通り抜けて下に落ちている?

信じられない光景に目を疑う。

奇妙な声を上げた課長はあっという間に椅子を通り抜け、35階のフロアの床に飲まれていった。

「きゃああああああ!」

と遅れて女子社員が悲鳴を上げる。

モニタの幼女は動かない。


次に瞬きしたタイミングで、モニタが切り替わっていた。

人が山のように積み重なっている。

所々に赤い色が覗く。

なんなんだ?


モニタが映すそれは、次第にズームになって行き、積み重なっている人が詳細に映し出される。

そこにあったのは、山なりになった死体だった。

その姿はみな異常で、胴体はぐにゃぐにゃに曲がり、体の一部にペンや鍋蓋などが融合しているかのようにくっついている。

モニタが映す中で、先ほど目の前で『落ちて』行った課長の姿が映し出された。

白目を剥いており、額からは鍋のふたが伸びている。

なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。

グロイ、わけがわからない、さっきまで目の前にいた課長が?

吐きたい、泣きそう、吐きそう。

狂ってしまいそうだ。

モニタは再び幼女に切り替わる。

なんだ、この子がやっているのか。

信じられない、現実感が全くない。

「嘘だろ!」「いやあああ!」「ふざけんな!」「タスケテ!」

「あああああああああああ」「警察!警察!」「はああああ?」

唐突に訪れた非日常に耐え切れず声を上げる。

俺もそのうちの一人、嘘だろ!と思わず叫んでいた。

そして再び幼女の声が響く。

「ゆるさない。」

ただその一言を残してモニタは消えた。

なんだこれ、本当にみんな死んじゃうのか?

さっきの課長とか他の人みたいに、グロイ死に方するのか?

痛いのは嫌だ、怖い。

縋るようにスマートフォンを覗く。

警察に電話しようと思ったわけでは無い。

SNSのアプリを開く。

すると、そこには日常があった。

月曜日の朝を呪う声で埋め尽くされている。

俺はそこに一言、非日常を書き加える。

「死ぬかも。」

そう一言呟いた。


間もなくして、誰かが通報したのかパトカーのサイレンが聞こえる。

俺は窓の外を覗いた。

すると、そこには大量のパトカー。

そして、先ほどの映像にあった人の山らしきものも見える。

地上35階からなので、詳しくは見えない。

映像通りだったら死体の山だ。

そりゃパトカー来るわ。

外界と普通に連絡が取れると言う事で俺は少し安堵する。

これなら、誰かが何とかしてくれるかも知れない。

そんな安心があった。

しかし会社側から何も連絡が無いのが気になる。

課長は仕方ないとして、内線か放送でこれからどうしたらいいか、教えてほしい。


俺はまだ冷静な方で、デスクに座りなおして、どうしたらいいか連絡があるのを待っていた。

冷静さを失った人たちがエレベーターに殺到している。

エレベーターは動いているようで、何回かに分けて何人かが降りて行った。

最初のパニックは落ち着いて、床に飲まれていった課長も映像も、外のパトカーも含めて全てどっきりなんじゃなかろうかと考えだした。


でも、どうやって?

どっきりなら種も仕掛けもあるはずだ。

課長が地面に飲まれていった光景が脳裏に蘇る。

どっきりだとしても、あんな事現実にできるのか?

気になって課長のデスクのところまで行く。

課長の椅子は少しふかふかのいいやつだ。

これに飲み込まれて行くようにすり抜けたんだよな。

そう思って触ってみる。

ふかふかだ。何の仕掛けも無い普通の椅子だ。

続いて床も調べるが、硬い。普通の床だった。


「おい村田。」

課長のデスク周りをうろうろしていたら声をかけられた。

「おう、水田。」

俺は声の主に応える。

水田は俺の同期で営業課だ。

新人研修中に気が合って、部署が別々になった今でも時々一緒に飲みに行く。

確かフロアは40階で働いていたはずだ。

「お前も、やっぱり異常さに気づいたのか?」

水田はそう問いかけてきた。

「おう、どっきりには思えなかった。」

と答える。

「だろうな。」

と水田は言った。

「俺もそう思う。だって本当に外に出られないんだからな。」

「えっ?」

水田の発言を思わず聞き返す。

「外に出られないんだよ。マジで。1階まで行って、ドアを通ろうとしたけど無理だった。」

「はあ?マジかよ…ああもう訳わかんねえ!」

「だろうよ、俺も分からん。あと他の奴がガラス割ろうとしてたけど、それもダメだった。」

「本当にか?割れないのか?」

「本当だ、思いっきり椅子をぶつけても跳ね返ってきた。」

本当に閉じ込められている?

水田の発言を全て信じるなら、不思議な力で監禁されてしまっている。

そんなバカな、ファンタジーやアニメじゃあるまいし。

『死ぬまでこの会社から出られません。』

と幼女の言葉を思い出す。

つまり出られない。

死んだから課長たちは外に出られたのか。

分からない。

全く持って分からない。


「水田!2階も無理だった!」

そう言って別の男が駆け寄ってくる。

この人は、俺は知らない。

多分水田と同じ営業課の人間なんだろう。

「2階って?」

思わず聞く。

「ああ、2階の窓を割って外に出られないかとか試してもらってたんだよ。他にも地下とか、屋上とか、手分けして調べてる。」

水田が言う。

今の異常性を理解した人間が何人かで手分けして捜査しているみたいだ。

俺もそこに加わりたい。

衝動的にそう思った。

「じゃあ、俺も…」

と口を開いたときに異変が起きる。

「え」

と一言を残して、水田の知り合いの男が床に落ちて行った。

「は…?」

水田も間の抜けた声を出す。

何だよ、これ。

また人が、落ちた。

そして、幼女が居た。

さっきまで男が居た位置の少し後ろに。

モニタの幼女が立っていたのだ。

全く気付かなかった。

手を前に出した状態で立っている。

触った?

幼女があの男に触れたら落ちた?

瞬時にそんな考えが浮かび、幼女から距離を取る。

水田も同じく、後ずさっていた。


幼女はこちらを一瞥すると、踵を返して走って行った。

俺達はそれを見ていた。

近寄ったら危ないと本能が告げていたのかも知れない。

水田と俺は無言で、幼女が去っていくのを見送る。

階段へと続くドアをくぐって幼女は見えなくなった。

金縛りが解けたように水田と俺はそのあとを追う。

階段の上と下を確認したが、姿かたち、足音さえも聞こえなかった。

まるでホラー映画だ。

「やっぱり現実だよな?」

思わず水田に質問してしまう。

「夢であってほしい。」

水田はそう返す。

俺も本当にそう思うよ。

これは悪い夢だ。

目が覚めたらベッドの上で、月曜日の憂鬱を嘆くのだ。


だがいくら目を見開いても夢から覚める事は無かった。

本当になんなんだこれは。

ただ、死にたくない。

どうにかして逃げる手段を見つけなきゃ。

突然襲いかかった圧倒的理不尽。

それから逃れるべく、俺は情報を集める事にした。


俺はしばらく、さっきの男が消えた床を見ていた。

水田は窓の方に行き、窓ガラスが割れないか試している。

35階だから、割れても飛び降りる訳には行かないが何か伝って出れるかも知れないもんな。

水田は頭がいい。

だが窓ガラスは割れずに、水田がぶつけた椅子が壊れていた。

本当に閉じ込められているんだな。


色々試していたが無理だったようで、水田が俺のところに戻ってきた。

「見ての通り、ダメだな。」

「みたいだな。」

「あと、外の死体の山がさらにデカくなってた。」

「そうか。」

つまり、さっきの男の他にも何人か落ちて、外に出られたのだろう。

「俺はこれから他の階も見て回る。お前はどうする?」

水田が聞く。

「俺は階段で歩き回ってみる。さっきの幼女がどうしても気になるんだ。」

人に触って落とす。

そんな事をしているかもしれない幼女を追いかけるなんて自殺行為かも知れない。

でも、俺は怖くても、知らなくてはいけない気がしていた。

あの幼女が何者なのか、どうやってこの現象を引き起こしているのか。

「そうか、一応武器になりそうなものを持ってけよ。あれは絶対に人間じゃない。」

水田はそうアドバイスしてくれた。

武器になりそうなものと言えば非常用具の中にバールのようなものが入っていたはずだ。

以前防災訓練の時に見た覚えがある。

「ありがとう、そうする。」


そうして、俺はバールのようなものを持って幼女を探すべく、階段の方へ向かうのだった。

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