第七話 部下三人
――刹州・李風
緋凰が王都に召喚された後、残された部下達は仕事の処理に追われていた。
というのも、この州の人口が星で二番目に多いためである。当然、人が多いと行政の雑事も増える。
その莫大な仕事量を緋凰は絶妙な指揮と采配で、軽々こなしていたものだから、居なくなると厳しい。
天才の主のありがたさを皆、改めて痛感していた。
ちょうどそこへ、晨との和睦交渉に緋凰が赴くことが決まったという、大変な報せが入ってきた。一時的な王都出張くらいなら文句も言わないが、長期、国外となると話は変わってくる。
ただでさえ忙しい州府はこの事態にざわついていた。
「おーい、荊冥。うちのお姫が晨に行くっていう面白い話、君はもう聞いたかい?」
姜 史晏は、重そうな書類を抱え、向かいから歩いてきた同僚に、朗らかに声をかけた。史晏は緋凰と八年間の主従関係を築いてきた、直属の部下だ。
歳は緋凰より三つ上で、背も高い。
そして、見目麗しい容貌と柔らかな物腰で、刹州の女性の注目の的だ。年頃の若い娘が集まると、いつも噂話に彼が登場する、と言っても過言ではない。
ちなみに緋凰のことを「お姫」と呼んでいるのだが、小さい頃からの癖で抜けない、らしい。
その史晏に声をかけられた同僚、蕭 荊冥は苦い顔で頷いた。
「あぁ、ついさっき聞いた。全く…。迷惑なお人だ。刹州の、閣下不在はかなり応えるからな」
荊冥は、書類を抱えた様子から見てとれるように、緋凰の不在による波を存分に受けていた。
中でも民の訴訟には手こずっている。膨大な量の訴訟全てに、こちらの妥協は許されない。その大変さを知ってか知らずか、ここの民はどんなに小さなことでもすぐ訴えようとするため、仕事は上積みされる一方だ。
初めこそ、十人十色の考え方を面白いと思って聞いていたが、今ではその価値観の違いを少々鬱陶しく感じている。
「この状況が続くってことだろう?これのどこが『面白い話』なんだ?」
荊冥はうんざり、といった様子だ。
「おやおや、荊冥は『あのこと』知らないみたいだね」
史晏は驚いた風に荊冥を見つめた。
「あのこと?なんだ、それは。もったいぶらずに話せ」
いらいらと詰め寄ってくる荊冥を片手で制すと、史晏は声を潜めて言った。
「実は、僕たち三人にお姫から密命が下ってるんだ」
「なんだと?」
「しいぃ!声が大きい!」
「……悪い。で?内容は?」
「うーん……ここじゃ言えない」
「……なら、今、『三人』と言っただろう?俺と史晏、あと一人は誰だ?」
「あぁ、それは……」
「私よ」
顔を寄せて話す二人の背中を叩き、話に入ってきたのは謝 嫣心だった。
童顔で小柄な彼女は、長身の史晏、荊冥に並ぶと、子どものように見える。
嫣心もまた、緋凰の古参の部下で気心知れた二人の同僚なのである。
話を聞かれていたかと、一瞬焦った荊冥だったが、よく知った顔に、「なんだ、お前か」と嫣心を見下ろし、ぼそっと呟いた。
「荊冥、何か言った?」
嫣心はじろりと睨む。
「いや、そういう意味じゃないんだが……」
荊冥は一応訂正しておいた。今のは、聞かれていたのが関係者で良かった、という意味だった。
だがそれを軽く無視すると、嫣心は言い放った。
「二人とも、不用心すぎる。機密事項なのに、こんなところで話したらダメでしょ?私なんか、唇の動きで何喋っているのかすぐわかったわ」
正論だった。心がはやったとはいえ、これは密命なのである。嫣心は人並み外れて読唇が上手く、及ぶものは見たことがないが、それは今は問題ではない。史晏は反省の色を見せた。
「返す言葉がないよ、軽率だった」
「同じく」
荊冥も続けた。
「分かってくれたらいいの。私も話したいことがあるし……。ほら、場所移すわよ」
嫣心はにこりと微笑むと、二人の袖を引いた。




