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明星、凰彩  作者: 鸛那
一章
9/15

第七話 部下三人

 

 ――刹州・李風


 緋凰が王都に召喚された後、残された部下達は仕事の処理に追われていた。

 というのも、この州の人口が星で二番目に多いためである。当然、人が多いと行政の雑事も増える。


 その莫大な仕事量を緋凰は絶妙な指揮と采配で、軽々こなしていたものだから、居なくなると厳しい。

 天才の(あるじ)のありがたさを皆、改めて痛感していた。


 ちょうどそこへ、晨との和睦交渉に緋凰が赴くことが決まったという、大変な報せが入ってきた。一時的な王都出張くらいなら文句も言わないが、長期、国外となると話は変わってくる。


 ただでさえ忙しい州府はこの事態にざわついていた。


「おーい、荊冥。うちのお姫が晨に行くっていう面白い話、君はもう聞いたかい?」


 姜 史晏(きょう しあん)は、重そうな書類を抱え、向かいから歩いてきた同僚に、朗らかに声をかけた。史晏は緋凰と八年間の主従関係を築いてきた、直属の部下だ。

 歳は緋凰より三つ上で、背も高い。

 そして、見目麗しい容貌と柔らかな物腰で、刹州の女性の注目の的だ。年頃の若い娘が集まると、いつも噂話に彼が登場する、と言っても過言ではない。


 ちなみに緋凰のことを「お姫」と呼んでいるのだが、小さい頃からの癖で抜けない、らしい。


 その史晏に声をかけられた同僚、蕭 荊冥(しょう けいめい)は苦い顔で頷いた。


「あぁ、ついさっき聞いた。全く…。迷惑なお人だ。刹州の、閣下不在はかなり応えるからな」


 荊冥は、書類を抱えた様子から見てとれるように、緋凰の不在による波を存分に受けていた。

 中でも民の訴訟には手こずっている。膨大な量の訴訟全てに、こちらの妥協は許されない。その大変さを知ってか知らずか、ここの民はどんなに小さなことでもすぐ訴えようとするため、仕事は上積みされる一方だ。

 初めこそ、十人十色の考え方を面白いと思って聞いていたが、今ではその価値観の違いを少々鬱陶しく感じている。


「この状況が続くってことだろう?これのどこが『面白い話』なんだ?」


 荊冥はうんざり、といった様子だ。


「おやおや、荊冥は『あのこと』知らないみたいだね」


 史晏は驚いた風に荊冥を見つめた。


「あのこと?なんだ、それは。もったいぶらずに話せ」


 いらいらと詰め寄ってくる荊冥を片手で制すと、史晏は声を潜めて言った。


「実は、僕たち三人にお姫から密命が下ってるんだ」

「なんだと?」

「しいぃ!声が大きい!」

「……悪い。で?内容は?」

「うーん……ここじゃ言えない」

「……なら、今、『三人』と言っただろう?俺と史晏、あと一人は誰だ?」

「あぁ、それは……」


「私よ」


 顔を寄せて話す二人の背中を叩き、話に入ってきたのは謝 嫣心(しゃ えんしん)だった。

 童顔で小柄な彼女は、長身の史晏、荊冥に並ぶと、子どものように見える。

 嫣心もまた、緋凰の古参の部下で気心知れた二人の同僚なのである。


 話を聞かれていたかと、一瞬焦った荊冥だったが、よく知った顔に、「なんだ、お前か」と嫣心を見下ろし、ぼそっと呟いた。


「荊冥、何か言った?」


 嫣心はじろりと睨む。


「いや、そういう意味じゃないんだが……」


 荊冥は一応訂正しておいた。今のは、聞かれていたのが関係者で良かった、という意味だった。

 だがそれを軽く無視すると、嫣心は言い放った。


「二人とも、不用心すぎる。機密事項なのに、こんなところで話したらダメでしょ?私なんか、唇の動きで何喋っているのかすぐわかったわ」


 正論だった。心がはやったとはいえ、これは密命なのである。嫣心は人並み外れて読唇が上手く、及ぶものは見たことがないが、それは今は問題ではない。史晏は反省の色を見せた。


「返す言葉がないよ、軽率だった」

「同じく」


 荊冥も続けた。


「分かってくれたらいいの。私も話したいことがあるし……。ほら、場所移すわよ」


 嫣心はにこりと微笑むと、二人の袖を引いた。



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