第五話 晨の王
晨の後宮に女たちの甲高い笑い声が響く。
真っ昼間であるというのに晨王の耀王・犀は政を早々に引き上げ、後宮に入り浸っていた。ここはその一角、犀の寵愛を一身に集める、絢姫の室である。
「陛下、ご覧ください。紫苑は一人でも立てるようになりましたわ」
絢姫は誇らしげに犀に微笑みかけた。
彼女は寵姫であると同時に第二皇子を産んだ母でもあった。第二皇子・紫苑はまるまると血色のよい赤子である。
「よいことだ。しかと育てよ」
犀は紫苑を抱き上げて膝にのせ、絢姫に言葉を返す。
立派な子煩悩ぶりである。
氷暉には決して見せなかった、頬の緩んだ顔。目尻も下がっている。
絢姫もその表情に満足気だ。
晨王は絢姫と紫苑を溺愛し、その愛から、よくあることだが、絢姫の親族を高い位につけ国権の大部分を握らせていた。紫苑にも既に乾州主の位を贈っている。
かつては雷の耀王と呼ばれ有能な者を重んじ、その名を一層轟かせていたのだが、ここ数年は見る影もない。絢姫に骨抜きにされた、というのがぴたりとはまる現状だった。晨の重臣たちは耀王が元の名君に戻ってくれることを強く望んでいるが、犀は頑固者な上、残酷なことも平気でやってのけるため迂闊に進言などはしない。
悪女に溺れたら一貫の終わり。それは長年の歴史で分かってきたことであり、これからも変わらぬ教訓であった。
そこで重臣たちは密かに次代・氷暉に期待していたのだが耀王は何を思ったかあろうことか第一皇子を人質に出してしまった。狂い始めた王を止められる者は…。
晨が沈むのも時間の問題だった。
「陛下、旺将軍が帰参し、拝謁を願っておられます。お通ししますか」
家族の団らんに声が通った。
犀は「旺将軍」の言葉にぴくりと眉を動かした。星との交渉のことだ。傍らの絢姫は興味深々といった様子で犀を見つめている。
「いや、儂が行く。広間に通しておけ」
「御意」
側仕えは頭を垂れると、足早に去っていった。
紫苑を預け、立ち上がった犀は絢姫に声をかけた。
「交渉は成功したに違いない。お前の策が功を奏したようだな。でかしたぞ、絢姫」
「いいえ、そんなことは。全て陛下のご人徳でございます」
絢姫は笑顔で答えた。謙遜してはいるが、この絢姫こそが『氷暉人質』というとんでもないことを提案したのだ。第一皇子対第二皇子。未来の政敵を排除するための悪どい企みであった。
「では行って参る。また今宵な」
耀王は背を向けて、豪華絢爛な建物が立ち並ぶ後宮から立ち去った。




