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明星、凰彩  作者: 鸛那
一章
6/15

第四話 羽奏宮

現在星の人質である第一皇子・氷暉のいる離宮は、王宮の裏の山に沿って西に少し行った所にあった。豊かな自然に囲まれたその場所は、春―花々が咲き誇り、夏は毎年王家の避暑地となる。また紅葉の名所としても知られ、今がちょうど見頃だ。


緋凰はさくりと落ち葉を踏みながら、もうすぐ見えてくる離宮へ向かった。


実はこの離宮――羽奏宮(はそうきゅう)は緋凰の生まれた所だ。そして緋凰の、亡き生母(はは)の面影が感じられる唯一場所でもあった。


おぼろげだがわずかに記憶がある。


「ねぇひおう、かえでが色づいたわ。見て、ほら」


そういって細い腕をかかげ、紅葉を指さしていた生母。


身体の弱かった生母は、一年のほとんどを王宮から少し離れたこの場所で暮らしていた。

羽奏宮は来客も――父王や母后陛下と諒が訪れる以外は――ほとんどなく、寂しげなところであったが生母は好んでいたようだ。王都の隅でひっそりと、中貴族の一人娘として育ったからなのかもしれない。


そんな緋凰の生母の名は紅華と言った。(くれない)の華、または紅葉と華で『紅華』だ。

紅葉をこよなく愛したという生母――。無邪気で優しい、儚げな人だったのだと、母后陛下は言っていた。



緋凰は生母を懐かしく思うと同時に寂しさを感じていた。



 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



今は氷暉の仮住まいであるのに、緋凰は勝手に裏口から入り込もうとしていた。

ここに来るのも何年ぶりだろうか。幼い頃は、たまに母后陛下に連れられてやって来る諒と走り回って遊んだものだ。


「確かここに木戸があったはず…」


草の茂みをかき分けると、予想通り、古ぼけた木戸が姿を見せた。


「――やはりまだあったか」


緋凰は少し驚いて見せた。


羽奏宮は特別なことがない限り、日常的な人の出入りが滅多にないので、大がかりな工事をすることもない。今も昔も変わらぬままだった。

羽奏宮の内外を分けるこの木戸は緋凰の幼少時代からの鍵が存在しない。


ここから入ろう、と緋凰はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


錠がないなんて離宮にしては無防備だと思うが、諒に言って鍵をつけてもらうこともしたくない。緋凰の中にまだ残る幼少時代の良き思い出の一部でもあった。




茂みに髪を引っかけられながらも何とか侵入した緋凰は、目に飛び込んできた紅葉に息をのんだ。燃えるように広がる赤い世界。吸い込まれてしまいそうだ…。


「紅葉、か。炎のようだな」


自分一人だけの空間に迷い込んでしまった…そんな錯覚に陥る。

時が止まったような、静かな時間が流れた。



緋凰は懐かしい羽奏宮の紅葉をぼんやりと眺めながら、高く結んだ自分の髪を手で梳いていた。

生母は緋凰のこの髪の色が好きだと言った。温かい色だ、と言うのだ。




優しく幼い緋凰の頭をなでながら生母は紅葉に手を伸ばす。


「ほら、おなじいろ。ひおうのおぐしは、もみじといっしょ」


にこりと笑いかけてくれた生母―――




思わずついと葉に手を伸ばした時、風が吹いて緋凰の髪をそよがせた。

はっと我に返った緋凰は、視界の端にぼんやりと佇む一人の少年の姿を認める。


――氷暉皇子だ。


周翡は氷のような、と言ったのがわかるような気がする。涼しげな瞳に宿った光は彼に怜悧さを与えていた。自分をまっすぐに見つめてくるその瞳は何か自分の中身を見透かしているように思われる。


緋凰は息をふとはくと、氷暉に膝を折り、恭しく挨拶をした。


「氷暉殿下とお見受けいたします。申し遅れました、私は」


朱鳳。星の丞相です、そう名乗るはずだったのに、なぜか口は勝手に動いた。


「――星王の異母妹いもうとにしてこの国の丞相、緋凰。」


と。



氷暉は『丞相』に並んだ『緋凰』の言葉に目を軽く見開いた。



―――再び風が吹く。しかし今度は、緋凰だけでなく氷暉も揺らして、通り過ぎていった。



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