第三話 晨の皇子
晨の第一皇子・氷暉は、人質として星にやってきてから特にすることもなく、暇を持て余していた。只今の仮住まいとなっているここ、羽奏宮には、本すら置かれていないのだ。しかし、この羽奏宮のかつての主は前星王の妃だったというからその理由もうなずける。
仕方がない、と諦めてふと外を眺めると、丁度見ごろを迎えた紅葉が氷暉の目に飛び込んできた。
「裏庭でも見てみるか…」
氷暉はつぶやくと、のろのろと立ち上がった。
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――その日、氷暉は美しい神を見た。
いや、見たと思った。
裏庭を散策していた際に見つけたその人は、今まで氷暉が見たどの人よりも神々しく、輝いて見えた。
透き通った肌は白磁のごとく、瞳はきらめく星のごとく、鼻梁はすっと通り、唇は艶やかだ。顔立ちは中性的で謎めいた美しさが潜んでいる。
何より氷暉の目を引きつけたのは、あか。肩に流れる豊かな髪は、あかいろ――だった。表面は黒なのだが、角度で色の見え方が変わるようだ。
氷暉はかつてこんな色の髪を持った人間に会ったことがなかった。貿易に詳しい家臣は、異人という目の色も肌の色も、もちろん髪の色も違う人間が海の外にいるのだと言ったが…、この人は違った。その異人とやらではなかった。異人を見たこともなかったが、異人というよりは、神かもしれない――と直感で思った。
仮にも晨の皇子がおり、言わずもがな星王家の離宮であるのに、どこからか侵入したこの人は食い入るように紅葉に眺めいっていた。
しかし氷暉は、この美しい、裏庭の侵入者に声をかけるつもりはなかった。
紅葉を眺めるその人をただ眺めていたいと本能が告げていた。
しかし――
そんな氷暉の考えをあざ笑うかのように
――風が、吹いた。




