第一話 星の行方
ここは星の王宮のとある一室である。星王・諒とその異母妹・緋凰は半年ぶりの再会を果たしていた。
「久しいな。息災にしておったか」
「はい、おかげさまで。陛下もお元気そうで何よりでございます」
緋凰は、跪いて形式通りの挨拶を終えると、王の許可も待たず近くにあった椅子に腰をおろし、そのまま優雅に脚を組んだ。一方、王は立ったままである。一般的な間柄の主従ならば無礼な…と王が怒るところであるが、星王はそんな素振りはちらとも見せなかった。
実はこの兄妹、すこぶる仲が良いのだ。
15年前、幼くして母を亡くした緋凰を諒の母が引き取り、養育してくれた。彼女は貴族の家に生まれたのにも関わらず大変できた人で、嫉妬や継子いじめを全くせず、諒と緋凰を平等に扱った。
その扱いのおかげなのかせいなのか、緋凰は諒への敬いを完全に取っ払ってしまった。諒の方も、対等に話せる相手が欲しかったようで今の態度に至る。
「で、諒。何の用だ。禁色の書状まで使いこの私を呼び寄せたんだ、よほど重大な用なんだろう?」
緋凰は傲岸不遜の笑みを浮かべると、諒を真っ直ぐに見つめ問いかけた。
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「今さらになって晨が和睦の申し入れをしてくるとはな…」
緋凰は訝しげに呟いた。
この度の緋凰の王都召喚はそれが理由であるらしい。
晨の使者が持ってきた書簡には、
――星と和睦交渉をしたい、星の丞相・朱鳳―緋凰を交渉役として晨に招く
とあった。これはつまり、それ以外の人は認めない、という意味だ。
ちなみに、朱鳳というのは、緋凰の対外的な名である。『緋凰』の『凰』には女という意味が含まれており、男として存在する星の丞相には、ふさわしくない名前である。時に、女子供も容赦ないこの時代で男名を使い、男であることは、むやみに命を狙われないための手段であると同時に、命を守ることにも繋がるのだ。
「狙いは怪しいものの言いたいことは分かった。疑問も多少あるが」
緋凰は素直な感想を口にすると黙り込んだ。どうやら考え始めたようだ。
普通、和睦とは戦いの時期にするものであろう。星が晨と戦ったのは今から約二年も前である。なぜこの時機なのか。切れ者と名が轟く晨の耀王が何を考えているのかも分からない。
しかし戦をすると国力は必然的に落ちるので、今和睦をし、その危険を無くしておきたいと言うのなら納得できないことはない。突発的な戦いは極力避けたいと思うのはどの国も同じだからだ。
和睦、つまり停戦の申し入れは本当は有り難いのだが…。
手放しで喜べない理由、それは緋凰が言った通りその微妙な時機のことだった。何か企んでいるに違いないと思っても仕方がない。
「緋凰、耀王は交渉にお前を要求している。晨も皇子を人質に送って来たがはっきり言って捨駒だ。十中八九、狙いはお前だろう。さてどうする?」
諒は大方の晨の考えを読んでいた。だがこんなことは誰にでもすぐ思いつくことだ。それがさらに不安をかき立てる。
難しい顔をしていた緋凰が諒の言葉に反応した。
「今、人質に皇子だと言ったか?」
「ああ。しかも第一皇子だ。たいそうなことだが、俺には誠意に見えない。国内で何かあるんじゃないか?」
諒は自分の考えを述べた。晨の耀王は好き嫌いが激しく、気に入らない家臣は追放、処刑…などとことんやる人らしい。
それに対して何を思ったか、緋凰は口を開き、さも可笑しそうに言った。
「諒、私はこの招待、受けるぞ。耀王はよく考えている。一杯食わされたな」
「笑い事ではない。お前、死にたいのか?他に手立てもあるだろうに」
諒は考え直すよう言ったが、緋凰は相手にしなかった。
「いや、ないな。これを断ったら晨は必ず攻めてくる。こっちに来る途中、晨が国境に兵を集めていると聞いた」
言葉を切り、諒を見据えると続けた。
「だが星は今戦わない…いや、戦えないだろう?となるとやはり答えはひとつだ」
――見透かされていた。
諒は今戦を起こす気はなかった。まだ先の戦から半年しか経っていない。それなのに民の中から兵を集めると産業は立ち行かず、人心も離れてしまう。いくら戦国の世とはいえ、戦ってばかりではいられない。民あっての星だということを誰よりも諒は承知していた。
なにも言い返せない諒を一瞥すると、緋凰は立ち上がった。
「話は決まりだ。十日後に出る。支度もあるからな。晨にそう伝えておけ」
諒は命令口調の緋凰に苦笑しつつも応じた。
「悪いな、緋凰。お前にはいつも迷惑をかける。確かに伝えておこう」
星王としてそう言わなければならないだろうことは、どこかで分かっていた。自分が言うより先に、緋凰は丞相としてそれを申し出てくれたのだ。態度は大きくふてぶてしいが、自分の心中を察して的確な発言をする緋凰は自分にも星にもなくてはならない存在だ。
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緋凰を部屋の外まで見送りに出ると、諒は思い出したように言って寄越した。
「発つ前に一度晨の皇子に会ってこい。離宮にいるはずだ。
…あと暇があったら公主たちの顔も見ていってやれ。二人ともお前に会いたがっていたからな」
緋凰はうなずいた。
「あぁ。そのつもりだ。たしか氷暉…と言ったかな?金蓮、翠蘭には近いうちに会いに行ってやる。どこへ連れていってやろうか」
「…山だけはやめてくれ」
諒は緋凰の中での最有力候補を切っておく。この前は、公主二人とも、泥だらけで帰ってきたものだから、女官長に泣きつかれたのだ。あれは大変だった…。
緋凰は聞いているのか、いないのか、話を濁すと、諒に退出の辞を述べる。
「では陛下、次に会うのは十日後、出立の時に」
緋凰の切り替えの早さに首をすくめて辞を受け、諒は緋凰を見送った。
昼下がりの風は温かった。
氷暉と緋凰。
二人の話を聞いてみたい気もするが、これから政務だ。諒は伸びをひとつ、あくびをひとつすると、部屋を後にした。




