第十話 はじまり
「旺濤覇が王都に着いたと?」
羽奏宮に訪れていた緋凰は、氷暉の侍従による即時の報告に思わず顔を綻ばせた。
――旺濤覇。
誠に興味深い人物である。
戦場では疾風迅雷、猛虎さながらであるのに、義に厚く礼を重んじる。また、武将にしては優しい容姿をしており、貴公子として民草の人気者だと言う。星を始めとする諸外国では先の戦で一躍有名になり、以来緋凰は敵ながらも純粋な興味関心を抱いていた。
……この度の晨との和平交渉の案内役でもある。
「あぁ、たった今のことだそうだ。会いたいなら使いを呼びにやるが?」
緋凰の目の輝きに、氷暉は怪訝な顔で訊ねた。
緋凰がこんなに裏表ない表情をすることはそうそうあることではない。
「……まさか」
氷暉は小さく呟いた。
「なんだ、まさかとは?なんのことだ」
緋凰は急に静かになった氷暉に説明を促した。
「すっかり失念していたが…お前は女だったんだよな」
氷暉が渋い顔で頷くのを見て緋凰は慌てた。
――何故そうなる。
やはり氷暉も年頃だからか?
「ち、違う、勘違いだ。旺濤覇は一人の人間として気になっているだけだ」
氷暉は緋凰が世間の女性のように恋情を持っているのかと思ったらしい。
そんな誤解を解こうと発した言葉だったが、氷暉の目には事実を隠そうとして恥じらっているようにしか映らなかったようだ。すなわち肯定の科白だと受けとられたのだ。
「そう否定するな。俺が言うのもなんだが、濤覇はいいやつだ」
なんだか濤覇を薦めているように聞こえてきた。
氷暉を完全に勘違いさせてしまった。
「…そうか。お前は旺濤覇が好きなのだな。私は断じて違うのだが」
一応訂正をしておく。
「旺濤覇に興味があるのも事実だ。人柄を事前に知っておきたいし、紹介してくれないか?」
「あぁ、もちろんだ。今から行くか……と言いたいところだが『彼女ら』はどうする」
――忘れていた。今日は金蓮、翠蘭を連れてきていたのだった。
(駄目だな、私は。――遊び相手失格だ)
ついつい氷暉と話し込んでしまった。いくら政治のこととはいえ、姪たちには可哀想なことをした。
夏維に連れて帰ってもらうこともできるが…。
「悪いが氷暉、旺濤覇は次の機会にしてくれ。愛しの姪たちの信頼を失いたくないのでな」
緋凰は「やれやれ」とでも言うように肩を軽くすくめる氷暉を一瞥すると、夕日の如く赤い髪を翻し、小さな連れたちに振り返った。
――もう帰るの、と不満そうな姉公主。
――期待に潤んだ眼差しを向けてくる妹公主。
いずれの日か彼女らにこの国が託される。そんな当たり前のことが、なぜだか感慨深いことのように思えた。
羽奏宮の空には、今しがた沈んだ太陽の跡がまばゆく輝いている。王宮からの一行は帰路についたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
星の街は温かい。
旺濤覇は馬上から俯瞰で眺めた街にそんな印象を受けた。
ふと家路を急ぐ親子連れが目に入ってくる。
姉妹がじゃれるように母親に抱きつき、若い母親は軽々と二人を両の腕に抱き上げ…。
濤覇は自分の目を疑ったが眼前の光景に変化はない。
星の母親は力が強いのだな…。
つい零れた馬鹿げた思考回路を振り払ったが、さっきの母親の紅蓮の髪色が心のどこか片隅に、温かい街と共に留まっていた。
二年ほど更新できなかったのですが、更新する余裕ができ、この度本文を読み返してみました。拙いなりにも難しい言い回しをしていたり、今の私にかけるかわからない表現を用いたりしていて驚く半面、なかなか的を得ないストーリーに呆れてしまいました。この投稿は私の初めてのもので、感想を書いてくださった方もおられ、ひどい様相を呈していますが、消すに忍びありません、もう少しストーリーを練って、結末までのアウトラインを完成させ、各話もきれいに編集して別に投稿したいと思います、その時はまたよろしくお願いいたします。 鸛那