翠栞 第三頁
「氷暉さま」
ひとしきり笑ったところで、侍従が報せを持ってきました。どうやら秘密のお話みたいで、耳打ちをしています。氷暉さまの表情は報告の途中で二転三転しました。何か良いこと、それとも悪いことがあったのでしょうか。
話が終わった氷暉さまは緋凰に向かって手招きをすると、また何か小声で話し始めました。
「……ねぇ、夏維。氷暉さまと緋凰は一体何のお話をしているの?ひそひその内緒話だからきっと政治のことよね」
私は何だか二人に、避けられているように感じてしまって、近くにいた夏維に話しかけました。
夏維も同じだろうと思ったのです。
「そうでしょうねぇ。それも多分晨が絡んだやつです。さすがは翠蘭さま、鋭いですね」
褒められて悪い気はしないのですが、心のもやもやは晴れません。
半年近く遠くへ行っていたのにふらりと帰ってきた緋凰。
いつからか星に滞在する晨の皇子・氷暉さま。――多分そんなに長くないはず。
それと晨絡みの政治の話。
……待って、もしかして。
私の頭の中でこれらの出来事が繋がりました。
……おそらく、いいえ、きっとそう。
半年前と言えば、忘れもしない晨との戦。
氷暉さまは何かこれから起こることの、星を安心させるための人質なんだわ。
得体の知れない不安と恐怖に、思わず傍らの夏維の衣を掴みました。
夏維は驚きの表情を浮かべ
「翠蘭さまは本当に聡くていらっしゃる。姫君にして、この年頃で気づくなんて」
そして目尻を下げ、困り顔で微笑みかけます。
「今のこと、決して話されませんよう」
込み入った話なので、国を揺るがしかねませんから、と夏維は人差し指を唇にあてて片目を瞑って見せました。
「緋凰のために、この国の大切な人達のために、私は何かできる?」
「もちろんです。…まずは元気に育つこと。病にかからず、ですよ。そして優しい心を持ち続けること。父帝陛下のように」
「元気に優しく…。他には?」
「うーん、後はお勉強でしょうか?立派な女性になるには芸術や教養が要るそうですよ…って僕が言えたことじゃないですけどね」
最後は冗談めかして教えてくれた夏維に「ありがとう。私、頑張るわ」と、こくりと頷くと夏維はくしゃりと私の頭を撫でてくれました。
再び二人に視線を戻すと氷暉さまの耳打ちの後、ふと緋凰が笑ったように見えました。
――挑戦的な魅惑の笑み。
難しそうな状況に颯爽と立ち向かう緋凰。いつまでも高く遠い憧れの存在。
その珊瑚色の唇が艶やかに美しく弧を描きました。