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明星、凰彩  作者: 鸛那
一章
11/15

第九話 丞相・朱鳳

 

 あの後、緋凰は仰天した氷暉の侍従に、羽奏宮の客間へ通されていた。


 言われるがままに座っていると、どうもご丁寧に、茶と菓子が出てきた。

 客人なんて滅多に来ないだろうに、手際がいい。

 主人の指示が行き届いている証拠だ。


 ――どうやら不法侵入をしても丞相なら許されるみたいだ。

 ……意外とこの身分もいいところがある。


 緋凰は妙なところに感銘を受けた。


 程なくして、侍従が茶を運んできた。品のよい茶碗になみなみと茶が注がれている。透き通った茶から香ばしい薫りが漂う。

 緋凰は軽く眉を上げた。


 ――これは。おそらく晨産の香花茶だろう。


 晨は茶葉の名産地でもあるのだ。香花茶は晨でしか作られず、取り寄せるために、立派な値が張る高級品である。

 噂には聞いていたが一度も口にしたことはなかった。こんな機会は滅多にない。

 せっかくなのでありがたくいただいておく。

 緋凰は優雅に茶に手を伸ばした。


 ゴクリ。

 たった一口で口腔に香ばしさが広がる。ほろ苦い、大人の味だ。


 お子様舌の夏維なんかは顔をしかめるだろうな。後で飲ませてやろうか。


 緋凰は困惑した夏維を想像した。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 氷暉は、先ほどからずっと緋凰の向かいに座り、相手が話し出すのを待っていた。氷暉は緋凰を見かね、声をかけてきた。


「……おい、お前は茶を飲みに来たのか。しゅ……ではない、緋凰と言ったか?何故ここに?話があるなら聞こう」


 緋凰は茶に気をとられていて、目の前に氷暉がいることをすっかり忘れていた。


「……なっ!お前、居たのか。居るならもう少し存在感というものをだせ。驚いただろう」


 香花茶を吹き出しかけ、緋凰は口を尖らせた。

 そしてちゃっかり自分の非を相手の非に置き換える始末である。


 対して氷暉は緋凰の返しに面食らっていた。


「……呼びにくいなら朱鳳でも構わないが?」


 ――そこじゃない。


 氷暉は内心呟いた。


 氷暉が戸惑ったのは別のこと。


「あぁ、これのことか。安心しろ。無差別的だからな」


 これとは口調のことである。

 緋凰の丁寧とはかけ離れたそれは、氷暉の心を不意に揺さぶった。


 ――無差別的がなぜ安心に繋がるのかがよく分からない。


 氷暉は、緋凰が風変わりだと初対面にして感じ取った。


 ――星の人は皆こうなのだろうか?いや、そんなわけはない。

 ではこれは王族だからとれる態度なのか…。しかし、政治に関わる人間として敵は作りたくないはずだ。


 自分を飾らないこの丞相。王族というだけではこの乱世は渡ってゆけない。

 にもかかわらず、彼女は社会的不利な女の身でありながら淘汰されることもなく、この地位まで上り詰めた。


 ……ということは。


 自問自答の後、氷暉は己がたどり着いた答えに戦慄を覚えた。


 緋凰は確かな実力、揺るぎない信頼を得て今ここにいる。それは紛れもない事実なのである。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 緋凰は氷暉の自分を見る目が変わったのを感じた。



 ――おっと、こいつは切れそうだ。


 かつての『犀』譲りの感じか?


 犀には昔恐怖を覚えたこともあった。しかし今は見る影もないという。

 有能な人物が消えるのは惜しいが、星にとっては好都合だ。


 緋凰は表情を変えた。


 ここからは真面目な話だ。

 小さく息を吸うと、氷暉に問いかけた。


「単刀直入に聞く。お前は第一皇子だろう。なぜ人質となった?その訳を聞かせてほしい」


 まっすぐな問いに氷暉は低い声で答え始めた。


「晨に絢姫が居るのは知っているか?現在の晨王寵姫だ」

「あぁ、知っている。犀が毒にやられたとな」


 氷暉はその言葉に顔をしかめる。


「その通りだ。あの女は毒婦なのだ。優しげな顔をして、裏ではなにか企んでいる。実際、過去に後宮で彼女に排除された者は大勢いる」


 やはり、思った通りだった。


「では人質はその絢姫とやらの仕業ということだな。第二皇子が産まれたとも聞いた」


「明察だ。だが俺は核心に触れてはいない。なぜ分かった?」


 氷暉は不思議気だ。


「なぜって?簡単ではないか。悪女の望みは保身を超えた権力と決まっている。その上母親とあったら子を守ろうとするだろうからな。晨で邪魔なのはお前だ」


 晨は自ら破滅へ向かっているようだ。こちらとしては願ったり叶ったり。

 だが、緋凰には晨を倒したいという気持ちがないでもなかった。


 そのために、この度愛する部下たちを他国に遣るのだ。今頃、密命を聞いているだろうか?


「とはいえ、命令を下したのは犀だろう。行き先が星でなかったらお前は殺されていたかもしれん。お前は、父親に行けと言われたら黙って従うのか?」


 氷暉の目が微かに怒気をはらんだ。


「否。これは俺の意思だ」

「ほぅ?」

「星にいなければ出来ないことがある。俺はそれをしに来た。晨の皇子ではなく、氷暉として」


 氷暉は口をつぐみ、しばらく瞑目する。

 なにかを躊躇っている。そう緋凰にはとれた。


 やがて氷暉は意を決したように目を見開いた。


「俺は晨を倒す」


 晨を、自分の祖国を倒すといったか……!?


 ――面白い。


「では、私とするか?……晨討伐を」


 緋凰は挑戦的に微笑みかけた。


 ――楽しくなりそうだ。


 緋凰の心は静かに弾んだ。



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