夏菊 ~番外編 「優奈との高原ピクニック」~ +後日談
コミックマーケット90にて頒布した『夏菊』の後日談&回想となっています。
一応ハッピーエンドの後を想定していますが、メタ要素もあります。
『夏菊』プレイ後に楽しんでいただけたら、程度のものです。
ゆうとの思い出は、小学校中学年ほどで、ぽつりと途切れている。けれど、それまでの出来事、彼女の笑顔はかけがえのない思い出として今でもはっきりと思い出せる。確かあれは、小学三年生のある初夏の日の事だった……
「ゆうー! 待ってよー、ゆう!」
遠くに見える金髪を追いかける僕――坂城祐人。
「ヒロくんが遅いだけだよー」
活発な笑顔で前を走る金髪の少女は、榊優奈だ。
あの日は僕と彼女の家族で、ピクニックに来ていた。新緑もゆる高原で、新鮮な空気と温かい日差しがとても気持ちがよかった。僕たちは家族ぐるみで仲がいいため、一人っ子の僕の両親と、優奈とそのお姉さんとご両親みんなでたまにこうして集まったりしていたのだ。
「ヒロくーん。見てみて、セミだよ! セミ」
ゆうはそう言って手に握っていたセミを僕の顔の前に突き出した。
「う、うわあっ! やめてよお」
「ヒロくんは男の子なんだから、しっかりした方がいいとおもうなー。そうじゃないと、ボクは他の男子と結婚しちゃうよー?」
「え……? そ、そんなのやだよっ!」
「えー、ヒロくんボクと結婚したいの?」
そう言ってゆうは笑顔になった。からかうような、笑顔。
「ヒロトー! ちょっとこっちに来なさい」
そういって父さんが僕を呼んだ。
「あまり優奈君と仲良くするのはやめなさい」
「なんで?」
「なんでもだ。辛い思いをするのはお前自身だぞ」
父さんは少し辛そうな顔をした。
「で、でもっ! 僕はゆうのことが好きなんだ」
そういうと、顔の皺がより一層深まった。
怒っている、というより、父さんは何かに苦しんでいるようだった。
「それより、洋子お姉ちゃんと仲良くしなさい」
洋子姉、榊洋子はゆうのお姉ちゃんだ。僕はあまり洋子姉とは口を利くことがなかった。
年上で、何故かゆうと同じ姉妹じゃないような、近づきにくい雰囲気を持っていたから、僕は少し彼女のことが苦手だった。
「祐人さん、お茶をどうぞ」
そして洋子姉は何故か僕のことを祐人さん、と呼ぶ。
「あ、ありがと、洋子姉」
「ねえ、祐人さん」
「な、なあに?」
「祐人さんは、私のことを避けていないかしら」
彼女の鋭い、翡翠色をした目が僕を責め立てるように突き刺した。
「い、いやそんなことないと思うよ」
「そう、それなら私とイイことをしましょう」
「な、なんか怖いよ洋子姉……」
洋子姉は僕の手首を左手で握り、右手で僕の腕をスッと撫でた。
「あちらに行きましょう」
「ちょっと、やだよ! 父さん、助けて! ねえ!」
父さんは黙ってこちらを見ていた。まるで、そのまま我慢しろと言われているようで、僕は絶望してしまったその時――
「ヒロくんに、何をするんだーー!」
ゆうが体ごと洋子姉にタックルをした。
「やめなさい、優奈! 祐人さんとこれ以上近づいてはいけません!」
必死の抵抗も空しく、優奈は突き飛ばされてしまった。
けれど僕も腕を解放されていた。
「ヒロくん! 逃げて」
「でも、ゆうが!」
「ヒロくん! ずっと一緒にいてあげるから! ほかの男子と結婚するなんて嘘だから、だからヒロくんはそのままでいいよ! 強くなんてならなくていいから、逃げて!」
ゆうが何を言っているか、よくわからなかった。
「ゆう、僕のお嫁さんになってくれるんだね」
「うん、一緒に。結婚して、いつまでも一緒にいるんだよ!」
だから僕は逃げた。母さんの後ろに、洋子姉から隠れた。
母さんは、父さんの持っている何か恐ろしい企みに好意的ではなかった。
そこまで考えていなくとも、本能的に母を信用していたのだった。
「お、お母さん。お父さんも洋子姉も怖いよ……」
「そうね。あなた、今はいいんじゃないかしら」
母さんは父さんにそういった。しかし、
「ああ。しかし、祐人はいずれ辛い思いをすることになる。それならばいっそ……と思ったまでだ。いずれにせよ運命の強制力には抗えない。私が……そうだったように」
そう言い終えた後、父さんは少しの間ゆうの母親を見つめた。
今にして思えば、本当に父さんが見ていたのは、彼女の戸籍上の妹であり、父さんの血縁上の兄妹だった人だろう。
「ゆう、さっきの言葉……」
「うん! だからヒロくんは、安心してボクについて来ればいいからね」
僕は、ゆうがいてくれたらな、という気持ちで窓の外を眺めた。
「ちょっと、どこ見てるんですか?」
「ゆ、夕季さん」
夕季さんの声で回想から引き戻される。
「また優奈さんのことですか」
「あ、ああ。今にして思えば、僕がゆうに依存していたのって、半分はゆうのせいなんじゃないかなってさ。実は……」
僕は先ほどの回想を喋った。
「なるほど、そうだったんですね」
「でも、もう洋子さんと子供を作る、なんてことはないんですよね」
夕季さんは顔をずいっと僕に近づけて訊いた。こういうところは少し怖いし、微妙に目に光がない気がする……。
「うん。もうあんな酷いことは終わりになったんだ」
「じゃあ、私と子づくりしましょうね♪」
「えぇ!? 夕季さんは男の娘じゃ……」
「ヒロくん、男の娘は妊娠するんだよ! 常識だよ!」
夕季さんは力説した。しかも口調がゆうになっている。
「信じられないなら、ボクと楽しいことしよう♪」
ベッドに押し倒されて、夕季さんの細い体とワンピースの間がチラリと見えた。
「!!」
「な、なんか見覚えがあるような。こういうのデジャヴっていうんだっけ……」
「バッドエンドの祐人さんですね。私手を払われて怒鳴りつけられましたよ」
「ごめんなさい……鉄道会社の人たち……」
「なんでやねん」
夕季さんは突っ込みを入れてきた。あの時と同じビンタだった。
「い、いや。僕もビンタされたときショックだったからね。おあいこということでは駄目ですか?」
「ダメです!」
と言うと夕季さんは目を瞑った。これは……キスしろということだろうか。
「んっ」
唇を重ね合わせた。
「許します」
「どうも」
「ヒロくん、ボクにするの、キスか、せいぜい身体を触るぐらいだよね」
またも光を失った瞳。
「勘弁してください……」
「くすくす」
夕季さんは微笑んだ。
僕と夕季さんの幸福な日常はそんな感じで今日も続いている。
いかがでしたでしょうか。他にも小説を投稿していきたいと思っています。