騎士団長受難の日
毎年の恒例行事である新米騎士による行軍演習に、今年は領主の息子であるアレック様の護衛が追加される。これ自体に問題はなく、隣町まで3日間の道程を護衛の演習と兼ねることができるため騎士団としてもありがたく受け入れた。街道はよく整備されており、定期的に騎士団による山狩も行われているため盗賊や危険な獣、モンスターも少なく新米を含めるとはいえ25名の完全武装集団での行軍である。危険は極めて小さく問題は起こる筈もなかった。
そう、安全な旅路であったはずだった。しかし蓋を開けてみればどうだろう、こちらを倍する数の盗賊集団に襲われる。いや、正確には盗賊に偽装した武装集団であろうか。統制の執れた隊列に一糸乱れぬ連携は有象無象の盗賊にできることではない。明らかに計画された襲撃である。
ベテランの騎士と随行していた魔術師はよく働いてくれた。いや、新米騎士も己が責務に忠実たらんと奮戦はしていた。しかし高い練度に、倍する数の敵を前に一人、また一人と騎士団はその数を減らしていった。ついに護衛対象であるアレック様の乗った馬車に取りつかれてしまった。騎士団はその場に釘付けにされ助けに入ることができない。
誰か・・・っと何かに願ったときそれは表れた。
「加勢する!」
黒い影が馬車に取りついた賊を殴り飛ばす。殴られた賊はそのまま吹き飛ぶ。即死であろうことが見て取れた。余りの光景に素っ頓狂な声が漏れてしまったが仕方のないことだと思う。そしてあろうことか黒い影・・・メイド服を着た女性は続けて叫ぶ。
「魔法で盗賊達をこのまま殲滅する!」
魔術師なのか!?人間を吹き飛ばすような打撃を与えることができ、魔術も行使することができる・・・
あり得ない!大柄の炭鉱夫だって無理だ!小柄な女性でそんなことが出来る筈がないのだ。力とは筋力量と体重、体格に比例して大きくなる。普段鍛えている騎士団でも無理なことを・・・まして学者肌である魔術師には不可能である。だが現実としてそれは起こり、宣言通り魔術にて賊を殲滅にかかる。
最大の脅威として認識したのか、賊達が彼女を最優先で仕留めにかかる。が、誰一人として彼女に近づくことができないでいた。最適な位置取り、人間離れした移動速度、移動しながらの魔術行使、そのどれもが効率よく敵を屠るためになされる。
怖かった。自分達の窮地を救いに来てくれた彼女が。騎士として1度や2度ではない死線を越えてきた自分が怯えている。賊を捕らえ事態が終息したとき思わず叫んでしまう。
「加勢に感謝する!そして、何者だ・・・!」
計画された襲撃に偶然居合わせた救世主。出来すぎている。そんな言い訳を自分にして彼女に剣を向ける。本当はただ怯えていただけだというのに。
そんな言葉に彼女は顔を上げこちらを見る。眼差は鋭く、だが何かを訴えるようなそんな気配を感じる。
そして、長い沈黙の後に彼女はこう名乗った。
「通りすがりのメイド好きです」
「・・・。」
訪れた沈黙がつらい。
誰かこの場を収拾してほしい。何かに願ったとき、唐突に事態は動き出す。
「うっひょーーー!」
叫び声とともに黒尽くめの人影が飛び出してきた。言葉の綾ではない。頭から足の先まで黒一色の何か。
モンスターか!こんな時に!ゴースト系だろうか、立体感がなく、ただただ黒く、奇怪な動きをする。
「視線を合わせるな!視界の端に捕らえるように敵を把握しろ!」
部下に指示を与える。ゴースト系のモンスターは視線やその動きにより呪い、魔術などを行使してくる場合があるためセオリーとしてなるべく視線を合わせないようにする。くそ!何たるタイミング!今日は厄日に違いない!戦闘指示を出そうとしたところで制止の声が上がる。
「やめろ!それと敵対するな!全滅するぞ!」
彼女だ、あのモンスターのことを知っているようだ。僅かではあるが光明が見えた気がした。
敵意を反射するタイプのゴースト系モンスターなのかもしれない。精神を汚染してくるタイプは厄介ではあるが対処法がわかっているなら倒せない敵ではない。
「お前は・・・変態腰ふりタイツの犯人だな・・・?」
幻聴が聞こえた。
「ほっほう!っほーい!」
その問いに肯定を示すような動きをし、奇声を上げるモンスター。
もうダメかもしれない。すでに精神汚染が始まったに違いない。
誰か助けて・・・。