第十二話 最初の神
その後も僕はフェンリルに聞き続ける。
「じゃあ、最後に魔法が打たれてきた方向はどっちだ?」
「向こうの方向です」
フェンリルは足の指である方向を指差した。
それは、山の方向。いままで僕たちが向かっていた方だ。
だが、その方向に行くと道が、僕らが向かおうとした道とちょうど平行になる。
それだと、アーサーが気づいているのでは無いかとも思う。
だが、クロミの話にそれは無かった。
もしかすると僕の護衛の為に見逃した可能性もある。そうであれば、気配は感じただろうし、その情報は裏付けになる。
「アーサーに聞きたいことができた。ついて来て」
フェンリルは直ぐに了承の意を示し、無言でついて来た。
アーサーのいる広場の様になっている場所まで来た。
「アーサー。少し聞きたいことがある」
その言葉を聞いたアーサーは直ぐに立ち上がり、僕に近づいてきた。
「主よ。我に何を聞かれますかな?我の伝説であれば、幾らでもお聞かせいたしましょう」
アーサー王の伝説は興味あるが、こいつを作ったのは神であると精霊達に聞いた為、適当な伝説を聞く気は無い。
「いや、その伝説はもう少し落ち着いたときに聞く。いま聞きたいのは、フェンリルが取り逃がした気配を察知したかだ」
僕のその質問でアーサーの顔は悩みの表情と言える状態になった。顎に手を当てて、少し動かして考えている様だ。
いや、この場合は思い出しているが正しいか。
「申し訳ございませんが、思い出せません。主が倒れた時に、周りを探ることもしたのですが、何分、主が心配で」
アーサーは頭に手を当てて悲しい、虚しい様な表情を浮かべて答える。
声にも表情にも申し訳なさがありありとわかる。
「申し訳ございません。我がいま聞くことでは無いのでしょうが、お聞きしたい。フェンリルはどうなりますか?」
最初に謝罪を入れたのは、いまの質問に自信を持てなかった自分を恥じてだろう。
それでも聞くのは、本当に心配だからだろう。
いま、アーサーがフェンリルを見る表情は怒りではない。
それは、心配の表情だ。アーサーはフェンリルを消されるかもしれないと心配なのだ。
もちろん逃げる様なことはできない。この二人の頭の中にはその選択肢が無いだろうし、逃げたところで遠隔でもできるだろう。
僕の為に来たのに、僕に従順なのに、僕を裏切ることを意図的にするわけが無い。
つまり、アーサーの心配は、僕がフェンリルの行った事を怒って用済みだとフェンリルを消してしまうのでは無いかということだろう。
ちなみに僕はフェンリルを消す事など微塵も考えていない。
第一に行った事は故意ではなく、事故であり、その事故でも僕の障害は与えていない。それをされたということも聞いただけなので、それを謝られれば、怒りなど無い。僕は実害をほとんど受けていないし。
第二に、フェンリルを消すなど、勿体無くてとてもできない。他のと交換するだけならまだしも、一回分無駄にする気がまるで無い。まだまだ普通に使える物を、普通に役立っている物を、ただ、一回足を少しぶつけただけで捨てられる程、僕は金持ちの様な考え方はしていない。
「アーサー。安心していいよ。僕はフェンリルを手放す気などこれっぽっちも無いから」
僕が親指と人差し指をくっつけながら言うと、アーサーとフェンリルは目に涙を浮かべた。
そんなに喜ぶことだろうか?
まあ、自分が死ぬか、仲間が死ぬかだから、喜ぶべきことなのか。
これから死ぬかもしれない戦いを挑ませるかもだけどっと聞いたらーーー
「「主(主人様)の為に戦いで死ぬのは本望」」
ーーーと答えが返ってきた。
僕の為ならいいのか。忠誠って怖いね。
さて、それはそれとして、アーサーはわからないと言った為、ブラフか、本当か、分からない。
アーサーが来ていないと自信を持って言えるならまだしも、僕に気を取られ、わからないと言われれば、どちらの可能性もある為、直ぐに動けない。
ここは、最後の手段。
新たな神や、魔獣などを召喚する。
もう、日を跨いだ為、2度目の召喚ができるのだ。
もう少し悩みたかったのではあるが、もう仕方がない。
魔術などを使えば、もしかしたら、探せるかもしれないし、その為に、一体は魔術の神にする。
だが、もう一体が、悩んでいる。人をさらう魔獣はいても、人を探す魔獣は僕は知らない。もしかしたら、忘れているだけかもしれないが、出てこない。犬なども、フェンリルの様に、匂いで追えないし、なおかつ、相手の匂いが付いたものなどなどない。だから、魔獣は一旦諦めて、神だけを召喚しよう。
その為に僕はアカリ呼び、召喚する神を今度は指定して、召喚してもらう。
召喚するのは、魔術の神であり、知恵の神。
アカリが持つ本が勝手に浮き、頁が開かれる。
『神々と英雄の書よ汝の力を使え』
アカリの綺麗な声が響く。
前に聞いた時は、クロミと二人であった為、二人の声が合わさって綺麗な声であった。
今度の一人の声も綺麗である。
リョクは、僕は男だからなのか、力が一番年食っている見た目だからなのか、アカリの方が綺麗に感じる。
『我が求めしは万物の知恵を持ちし主神』
森の中にもかかわらず綺麗な声は、体によく響いて綺麗に聞こえる。
『喚ばれよ。オーディン』
その声で、アーサー達を喚んだ時の様に本から出てきた光は強く光、そこに一人の老人が現れる。
「この儂を喚び、何をさせる気じゃ?」
老人はそう言う。
その見た目は、老齢の魔術師?と言える様である。
黒くツバの広い三角帽子を目深にかぶり、その帽子から漏れて見える毛は白である。また、あまり帽子で見えない顔はシワがあり、左目がない。長く携えている髭も髪と同じく白である。来ているローブは黒く、綺麗なローブを着ている。手に持つのは、槍であり、それは杖の様に地についているが、体重を掛けていないのは姿勢で明らかである。
この老人こそ、北欧神話の主神オーディンである。
神話では、知識に貪欲であり、その知識の為に左目を犠牲にしたこともある。その知識とは、魔術であり、魔術を解得する為に左目を犠牲にした。また、魔術にも関係があるルーン文字の秘密を知る為にオーディンの槍であるグングニルを刺して、首を9日9夜の間吊ったと言われている。
それだけしてでも、知識が欲しいのがオーディンである。神がそれを知っているだろうから、このオーディンを魔術が使えたり、博識のでもしただろうと、僕は考えた。