第十話 フェンリルと敵
最初の方は主人公視点ですが、途中から、フェンリル視点になります。
***⇦の後からフェンリル視点になります。
僕は刀を軽く下へ動かして蛇を切った。
木に刺さったままだが、全く気にはならない。村正を抜いてから、何が出来るのかも簡単に分かった。
何が出来ないかも分かるが、なんでも出来る気がした。そこは深く考えない。
できることがわかり、なんでも出来る。それでいうではないかと思った。
僕は刀を鞘に閉まうため、鞘を探した。抜いた瞬間に記憶がない。なので鞘が何処に行ったかがわからない。
辺りを見回せば何処かに有るかとも思ったが、見える範囲にはない。
仕方がないので、さっきから全く動いていない二人に聞く。
「鞘、何処に行ったか分かる?」
その声で二人の時間が戻ったかのようにピクリと動き、質問に答えた。
「あ、あ、こ、こちらです」
フェンリルはそう言いながら近くの草むらに入って行く。鞘を取ってきてくれるのだろう。
何故か怯えに近いような感じがしたが、気のせいかもしれない。
もし、怯えているのだとしたら、フェンリルも怯えることがあると、親友に見せたいものだ。
そう思えば、すぐに首根っこを引っ捕まえて見せに行きたくもなる。相手の場所もわからないのに。グレイプニルを付ける時も怯えなかっただろうフェンリルが怯えた気がしただけで。今なら何にでもできそうな感じがするから。
そう考えている間にフェンリルが鞘を取ってきた。口に咥えて、こちらに差し出してくる。こう見ると本当に犬のようだ。すごくでかいが。
刀を鞘に戻すと、何かが、何というか、言葉にし辛いが、こう、電池が切れたかのように変な冷静さが戻って来た。
僕は、何であの親友のところに行けると思ったのだろう。何故、あの蛇が飛びかかって来た時驚かなかったのだろう。何故、あんな大きなフェンリルの首をつかんで行けると思ったのだろう。
何故だろう。何故だろう。
考えても分からない。だが、唯一分かるのは刀を抜いていた間だということだ。
刀を抜いていた時に、僕は何でも出来る気がした。
つまり、刀が原因の可能性が高いということだろう。
刀を使えば、格上の相手に挑んで、死んでしまうかもしれない。そう考えると怖くはなる。
だが、捨てる気にはならなかった。大きな理由としては、ヨウコに会えなくなるかもしれないから、それは、自分から言ったことを曲げることになる。それは嫌だった。
だから、僕は捨てなかった。
辺りは真っ赤よりも少し暗くなったくらい。
精霊達は心配している可能性が高い。
フェンリルの死体処理も終わった様子なので帰る。
そこまで遠くにはきていない為、帰りは来た道を戻って行った。
着いた時には微妙に明るい所も有るものの、ほとんど夜であった。
精霊達は焚き火をしていた。いつ焚き火なんて覚えたのだろうか?
「主様。おかえりなさいませ」
アカリが挨拶してきた。
赤い髪が炎の赤に被さられた様に見え、綺麗である。
手には木の枝を幾つか持っている。焚き火に使うのだろう。
「ただいま」
僕はみんなに聞こえるくらいの声でそう言って地面に座る。
他の精霊からも挨拶が聞こえてくる。
焚き火を見ているのどかな時間が過ぎていく。
ある時、森の中に気配が出現した。
アーサーとフェンリルはすぐさま反応して臨戦態勢を整える。
僕も村正の鞘を持ち、気配の方を気にしながら別の奴が来ないかの気配りもアーサーとともに行う。
焚き火周りには緊張感のある空気が漂う。焚き火の火が弱くなっている様なくらい。
現れた気配に対応するのはフェンリルのみ、だが、誰も心配はしていない。彼もまた、神獣なのだから。
***
フェンリルは大きく息を吸って、スキルを使う準備を整える。
先ほどの蛇を主人様に任せてしまい、気が少し落ちていた。
ここで名誉挽回をしようと意気込みながらスキルを使う。
【神狼の咆哮】
ドゴォォン!!!
そんな音を出しながら木をへし折り、気配のある方向に無色の大砲は向かっていく。
恐ろしい威力の咆哮であった。
この時、フェンリルが後ろを向いていれば、後ろで守るべき主人が耳を塞ぎ、気絶しているのを見て同僚にも怒られて、フェンリルは大いに慌てたことであろう。
だが、フェンリルは後ろを向かなかった。
何故ならフェンリルが気配を感じた距離は普通気付く距離であった為、あの距離まで気付かないことは、あの蛇以外いなかった為だ。万が一別の敵がいた場合はアーサーに任せ、目の前の敵の姿形を確認し、主人に見てをもらい、そして褒めてもらう為にフェンリルは目の先にいるはずの敵を倒すことに全力を注ぐ。
注ぎすぎて後ろにまで被害が行ったことは失敗ではあったが。
ちなみに、アーサーは黒透が気絶した事でフェンリルに声をかけていたのだが、咆哮のせいで、耳も良いはずのフェンリルでも全く聞こえていなかった。
フェンリルは駆けた。敵の姿形を捉える為に。
自分で放った咆哮によって道は歩きにくくなっていた。
元の道は山道で森の中であった為、狼であるフェンリルにとってはある程度歩きやすい道であったのだったが、自分で行ってしまった事なので、誰も責められない。
せめて、敵に八つ当たりをできないか、頑丈であって欲しいと思いながら走っていた。
フェンリルが気配のあった場所に着く時、咆哮はとっくに過ぎ去り、その先までも木々を倒して行った。
フェンリルは死体になっているのであろう獲物を探そうとして、匂いを嗅いだ。
だが、嗅ぎ始める前に、耳が物音に反応した。
その方向に目を向ければ、倒れている木を押しのけて出てきた男が二人いた。
「痛たたた。何だよ一体。焚き火をしているのが見えたから半信半疑で来てみれば」
「全く、ジョンに文句を言わねば」
起き上がってきたのは二人の人間。黒い服をまとい、夜の闇に溶け込むような見た目をしている。
例え、主人と同じ見た目であって、同じ種ではない。そう、フェンリルは考えた。
向こうはこちらに気付いていない。そう思い、スキルの一つを発動させた。
【特別獣術・貪り食うもの】
フェンリルが軽く吠えると、スキルが発動して何処からともなく、紐が現れる。
それは、グレイプニル。北欧神話において、フェンリルを縛っていた足枷。使われた材料は、猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液。それを使いドワーフが作ったと言われ、材料はグレイプニルを作った為に無くなってしまったという。だが、神々の黄昏の時には、紐が消えてフェンリルを解き放ってしまったという。
その神話を基にした獣術をフェンリルが使っていた。
獣術は獣、魔物が使える魔術の事である。これを人などが使おうとすると、青魔術になる。
フェンリルはこの紐で、奴等を捕らえようとしていた。
見た目だけであっても主人と同じようではある為、何らかに必要かもしれないと考えてであった。それに、捕まえてしまえばいつでも殺せると思い。
軽く吠えた事で気付かれたが、この距離はあって無いようなもの。フェンリルは獣術発動と同時に、この紐を敵に向けた。
二人の男は、こちらに気付いた瞬間何事か呟いていた。現在も呟いている。
片方の男が呟きをやめ、男達のすぐそばに橙の魔法陣が現れた。それは、あの邪悪な妖精の筆頭魔術師の魔術と同じ色であった。
男達はすぐさまそこに飛び込み、消え去った。グレイプニルは街が消えたことにより空を切った。
次の瞬間、全く別の位置から炎が飛んできた。
それは、スキルを使わずともフェンリルの一吠えで簡単に掻き消えた。
急ぎ炎のでた方に向かっても、そこには人の影も形もなく、気配も感じられず、匂いも無い。手詰まりになってしまった。
仕方が無いのでフェンリルは主人がいるところに戻った。
このすぐ後、山で狼の悲しそうな遠吠えが山全体に聞こえ、二人の男がビクッとした。