(8)
徐福は盧生と侯生に、自らの研究課程とその信念を語ります。
徐福は何を求めて海に出て、そこで何を見たのでしょうか。
プロローグの船出シーン、そしてゾンビにつながってきます。
徐福の言葉に、盧生と侯生は息を飲んだ。
尸解仙……それは仙人の一種であり、仙道を語る方士であれば誰でも知っているものだ。
仙人には三種類あり、天仙、地仙、尸解仙という。天仙と地仙は生きたまま不老不死となるものだが、尸解仙は一度死んだ後に不老不死となって蘇るものだ。
徐福は、それができるようになる元を知っているというのだ。
「……しかし、徐福殿は神仙を信じぬのではなかったのですか?
それなのに、尸解仙の元とは……」
侯生が、納得できぬという風に首を傾げた。
徐福は、神も神秘も信じぬと自分で言っている。
その徐福がなぜ、神や神秘とつながる仙人を信じているのか。
普通の無神論者であれば、神などいないのだから仙人も不老不死も有り得ないと切り捨てるはずだ。
だが、徐福はそうしなかった。
その疑問に、徐福はうんざりしたように答えた。
「だから、俺は超常の力や現象そのものを否定しているんじゃない。それが神の力だと思わぬだけだ。
そもそも、仙人は元々人間だった者だろう。
ならば、その力を手に入れる理を解き明かせばなっても不思議はない。
俺は、その理を探求しているのだ」
徐福の答えに、盧生と侯生は目からうろこが落ちた思いだった。
自分たちは神通力イコール神が授ける力と思って祈りを捧げてきたが、言われてみればその二つがつながっている証拠はない。
神がなくても、神通力と呼ばれる類の力や不老不死は存在するかもしれないのだ。徐福が言っているのは、そういうことだ。
「……では、尸解仙は、本当に……?」
「正確には、尸解仙につながりそうな現象だがな」
徐福はそこで言葉を切ると、にわかに部屋の扉を少しだけ開けて外の様子を探った。
外はもう真っ暗で、始皇帝の他の従者たちの宿舎から漏れる灯も少なくなっている。そろそろ、皆が寝静まる時間だ。
徐福は静かに扉を閉めると、盧生と侯生に窓も閉めるよう命じた。
部屋の中の空気の流れが止まり、ろうそくの炎が一瞬大きく揺れる。
「……さて、いい機会だからおぬしらにも話しておこう。
俺が何を研究し、海の上で何を見つけたかを」
徐福の言葉に、盧生と侯生は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
これまで徐福に会ってから、ずっと聞きたかったことをようやく教えてもらえる。思えば二人とも別の事に驚かされっ放しで、核心に迫ることは一つも聞いていなかった。
徐福は、剣呑な表情で告げる。
「できるだけ他の者に漏らさぬよう、話すのを控えていたが、そろそろ頃合いだろう。出航の直前になれば、あの尉繚とかいう奴の手が空いて探り始めるかもしれん。
奴が他の仕事に手を割いておるうちに、話しておくとしよう」
そう言う徐福の顔は、秘密を惜しむかのように楽しげだった。
「おぬしら、火のない所に煙は立たぬという言葉を知っておるか?」
徐福の問いに、盧生と侯生はそろってうなずいた。
「はい、噂が立つには必ずその元となる物事がある、ということでございますね。たとえ真実でなくても、そう思わせる何かはあると」
「そういうことだ。伝承や不思議な話でも、根拠となる現象がある事が多い。
俺が研究していたのは、その伝承の元を探る事だ」
つまり徐福は、仙人の伝承の元となる事実を探していた。
ある時は伝承のある地に赴いて話を聞き、ある時は伝承を書き留めた書簡に目を通して仙人伝説のルーツを辿っていく。
その過程で、徐福はある事に気づいた。
大昔、仙人伝説ができた初期の資料の中には、天仙と地仙が存在しない。
初めは、仙人といえば尸解仙のことを指していたのだ。それが時代が下るに従い、生きたまま仙人になる話が出てきた。
つまり、仙人の一番大元になっている現象は、尸解仙に類するものとなる。
尸解仙の伝承には、それにつながる事実が多く含まれている可能性が高いということだ。
「ところで、尸解仙がどのようなものかは、当然知っておるな?」
「は、もちろんでございます」
盧生と侯生にも、その辺りの知識はある。仙道を語って生計を立てる方士にとって、仙人についての知識は必須だ。
「尸解仙とは……一度死んで仙人として蘇った者でございますね。
棺の中から遺体が消え去り、登仙していなくなってしまうと」
徐福は、深くうなずいた。
人として死に、その後に不老不死となった者……それが尸解仙だ。
尸解仙の伝承には、とある一連の流れがある事が多い。
人が死に、その棺の近くには死臭ではなく芳香が漂う。殯のために棺を安置しておき、いざ埋葬のために開けてみると死体がない。棺の中には靴や衣類などが残されているばかりである。
このような事があった後、死んだはずの人が歩いているのを見かける。呼びかけても振り向かず、いずこかへと去ってしまう。
そして周囲の人々は思う……死して仙人になったのだと。
それが最も古くから伝えられている仙人の形態、尸解仙である。
徐福は、その一連の流れの中に不老不死への手がかりがあるとにらんだ。
だが、そのさらに元を辿ろうと思っても、それ以上深く探ることはできなかった。その時の状況を詳しく記録した物など、残っていないのだ。
推理しようにも、正確な記録がなければどうしようもない。
「しかし、徐福殿はそれでも諦めなかったのですね」
侯生が、じっと考え込むように腕を組んで呟く。
「差し出がましいようですが……私なら、そこで研究を止めてしまうと思います。
私は少々医術の心得がありまして、人の死に立ち会ったことも検死を行ったこともございます。しかし人が完全に死んだかを判断するのは意外と難しいものでして……。
息が止まり脈が触れぬようになっても、蘇生することが時々あるのです。
私なら、ただ蘇生の話が拡大解釈されたと考えますが」
「うむ、早すぎた納棺か、それは俺も考えた」
侯生の意見に、徐福は理解を示した。
まだ医学が未発達なこの時代、仮死状態の人を死んだと勘違いして棺に入れてしまうことはよくあった。そうされた者が棺から出て動き出せば、周囲の者が超常現象と誤解してもおかしくはない。
だが、それだけでは説明がつかないこともある。
「……しかし、死んだと思っていた者が蘇生するのは長くても数日の間だ。
数週間、長ければ数か月も死体を安置した後に蘇生することはまず有り得ぬ」
徐福が指摘したのは、動き出すまでの期間の長さだ。
死体を棺に入れたまま安置しておく殯は、身分や地域によって長さが異なるが、だいたい数週間から数ヶ月に及ぶ。
それが済む頃には死体はボロボロに腐り、白骨になっていることすらある。
そんな状態からの蘇生はまず有り得ないし、そんなに長く仮死状態である事もない。だとしたら、本当に死んだ者が動いた可能性はある。
さらに、たとえそれが誇張や誤解であったとしても、まだ疑問は残る。
「それに、仙人と捉えられる存在は確かにいるようだった。
仙人に会ったという話は後を絶たず、何よりあの仙紅布……俺はあの出所を探そうとしたが、この中華では作られていなかった。
運よく仙人の島に流れ着くか、ごく稀に仙人の使いが置いて行くかのどちらかでしか、手に入らぬと分かったのだ」
仙人がいなければ説明できないものが、実際にこの世に存在している。
尸解仙の発生を早すぎた納棺だとして否定できても、仙紅布は本当にそこにあるので否定のしようがない。
そこで、徐福は仙紅布のルーツを探ろうと、海に出たのだ。
「……仙人に会えたという者の証言や伝記から、その島に辿り着いた者が海に出た月日やその時の気候を割り出した。
そして俺は、最も辿り着ける可能性が高い日、適した気候の時に船出した。
その結果……俺はあの島に流れ着いた」
「仙人の島……でございますか」
言葉にしながら、盧生と侯生は身震いするような高揚を覚えた。
だが、徐福の答えは期待と少し違っていた。
「いや、仙人はいなかった。
住んでいたのは皆、人間だ……ただし、尸解仙の伝説の元となったであろう現象を起こす、特別な血を継いでいる」
徐福はそこで一旦言葉を切り、二人の目を真正面から見据えて告げた。
「俺はそこで、死んだ人間が歩いているのを見た」
盧生と侯生の背を、冷水を注がれたような悪寒が走り抜けた。
徐福が見つけたのは、仙人ではない。そんな神々しいものではない。ただ死んだ人間が動くというそれだけだと、むしろ気味の悪いものだ。
だが、死んでも動けるならば、確かに不老不死の可能性はある。
徐福は大きく息を吸い、固まっている二人に向かってゆっくりと言った。
「俺が不老不死を作り出すためには、どうしてもその血が必要だ。
一方、あちらも血を欲している……大丈夫だ、殺すとかそういう意味じゃない。子孫を残すための新しい血のことだ。
ここから連れて行く、処女童男を千人ずつ……それと引き替えに、その血を手に入れる」
言葉が終わると、部屋の中を静寂が支配した。
それを埋めるように、海に向かう夜の風が戸や窓をガタガタと鳴らした。
盧生と侯生は、明かされた真実に圧倒され、言葉も出なかった。自分たちはもしかしたら、禁じられた一線を越えようとしているのではないか……そんな恐怖が二人を襲った。
しかし、今さらやめることはできない。
二人は、徐福の秘密を知ってしまったのだ。それに、もう計画は始皇帝を巻き込んで走り始めている。
降りることはできない……海に出てしまった船のように。
このうえは、覚悟を決めて成功のために全力を尽くすしかない……盧生と侯生は、背中にまとわりつく寒気を振り払うように、書簡を握りしめた。