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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十七章 露見
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(85)

 久々の知らない人VSゾンビ回。

 棺の中の不条理を目にして、尉繚はどのように感じ、どう心を決めるのでしょうか。

「今、何か……」

 思わず手を止めた尉繚の前で、配下も手を止めて呟く。やはり尉繚と同じように、あるはずのない違和感を覚えたのか。

 二人がしばし手を止めて見ていると、それは再び起こった。

 布にくるまれている、死体であるはずの何かが、身をよじるように動いたのだ。まるで、蝶のさなぎがのたうつように。

「う、尉繚様……今、見ましたか……!」

「ああ、確かに動いたな」

 答える声は冷静だが、尉繚の体には緊張が走り力が入っていた。

 死体とされていたはずのものが、動いた。これはどういうことか。

 荷物の目録にも手紙にも、これは死体と書かれていた。送屍屋たちも死体として扱っていたし、漏れてくる臭いは肉の腐った死体の臭いだ。

 だが、死体ならば動くことは有り得ないのだ。

(……では、死体以外の一体何が?)

 尉繚は、そう考えた。

 これの中身は、徐福一味の隠している事と深い関係がある。だから、他の何かが死体に偽装されていてもおかしくないと。

 しかし、それにしても奇妙だ。

 動いているということは、中身はおそらく生き物。なのに、送屍屋たちはこれまでこれを途中で一度も開けずに一週間以上かけて咸陽に運んでいた。

 その間飲まず食わずで、生きたまま運べるのだろうか。少なくとも、人間であればとても無理だ。

(……とはいえ、動物……特に冬眠するようなものであれば十分可能なはずだ。私腹を肥やすために、高く売れる珍獣か何かを取り寄せているのか?)

 尉繚は、そう推理して再び布に手をかける。

「ともかく、目録と中身が一致しないのであれば、検めねば」

 配下と手分けして布の結び目を解き、一気に覆いを開いた。


 その先に、想像を絶するものが待っているとも知らずに。


 布は、途中から粘りつくような抵抗を伝えてきた。それでも力を込めてはがすと、途端に鼻が曲がるような悪臭が弾ける。

「むぐっ!」

 目にしみるほどの臭いに、部屋中の者が顔をしかめて一瞬目を閉じた。

 尉繚が再び目を開けた時、果たしてそこにあったのは死体であった。

 しかも、かなりひどく腐乱した死体だ。肉は変色して溶けかけ、片方の眼球は落ちて穴だけとなり、ところどころ骨が見えている。

「うぷっ……これはひどい。

 しかし、確かに死体ですね」

 配下が、鼻を押さえながら拍子抜けしたように言う。

 目の前にあるのは、どう見ても人間の死体。目録と手紙の通りだ。おかしいところなど、どこにもない。

 だが、尉繚は緊張を解かなかった。

「待て、さっき布の下のモノは確かに動いたのだぞ!

 なのに、これはどういうことだ……」

 死体は、動かない。死んでいるのだから、動く訳がない。だがこれが布に包まれていた時、これは動いたのだ。

 明らかに、おかしい。有り得ない。

 だが、そのからくりはすぐに分かった。

 床に横たえていた腐乱死体が、ゆっくりと腕を動かしたのだ。

「え?」

 全員が、固まる。何が起こっているのか、分からない。

 死体は、動かない。これは世の中の常識であり、古来より変わらぬ理だ。太陽が東から昇るのと同じくらい、当たり前のことだ。

 だが目の前の死体は、動いている。

 ならばこれは……


「ひ、ひいぃっ!化けもんだーっ!!!」

 突然、送屍屋の一人が悲鳴を上げた。

「た、祟りだ!棺を暴いたりするから、化けて出たんだー!!!」

 あっという間に、送屍屋たちはパニックに陥った。噴き出すような涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、拘束された体を芋虫のように動かして逃げようとする。

「黙れ、落ち着け!こいつを刺激するな!」

 尉繚が呼びかけても、送屍屋たちの恐慌は収まらない。

 そもそも送屍屋とは、死体を郷里に葬って祟りを防ぐためにある職業なのだ。元々迷信深く死体の扱いに気を遣っているだけに、こんなものを見て正気ではいられない。

 尉繚は忌々しげに舌打ちし、配下に指示を飛ばした。

「外にいる奴らに、この部屋の周りを固めさせろ!

 ここに誰も入れるな!そして奴をここから出すな!」

 配下たちは顔を蒼白にしながらも、武器を構えて臨戦態勢をとっている。さすがに戦い慣れ、よく訓練された者の動きだ。

 しかし、目の前のものをどうしていいかは分からない。

 尉繚にも、分からないのだ。

(くそっ……何なんだこいつは!?

 死んだと思ったが生きていた?いや、有り得ない!ここまで腐り果てて生きている人間などいるはずが……。

 いや、まずその固定観念を外すべきなのか?

 もし人間でないとしたら、本当に怪異の類……?)

 いくら高速で頭を回転させても、答えなど出るはずもない。死んでいるのに動く人間など、尉繚の現実に基づいた知識にない。

 似たような怪異の話は聞いたことがあるが、全て非現実と切り捨ててきた。

 なのに、目の前で動くこれは……。

 尉繚たちは最大限の警戒をしながら、この動き出した死体を囲んで観察する。正体が分からないからこそ、全員が目を血走らせて死体に注目する。

「おい、貴様は何者だ?しゃべれるのなら答えよ!」

 配下の一人が勇気を振り絞って声をかけるが、返答はない。

 死体は今や寝返りを打ち、床にぼたぼたと腐汁を垂らしながら起き上ろうとしている。骨が露出した手を床につき、ガクガクとおぼつかない動きで身を起こす。

 幸い、動きは鈍いようだ……が、動くだけで十分脅威だ。

 尉繚たちが手を出しかねている間に、死体は完全に立ち上がった。そして一歩踏み出そうとし、体勢を崩して派手に転ぶ。

 べしゃっと飛び散った腐汁が、周りにいる者たちに降りかかる。

「ぎゃあああ!!!呪いだ、死の穢れだああ!!」

 送屍屋たちは、本当に恐怖で死にそうな顔で喚く。

 心を強く持っている尉繚たちも、これには穏やかでいられなかった。何しろ得体が知れないのだ。どんな毒や呪いを持っているかも分からない。

 死体はなおも立ち上がろうとし、同じ動きを繰り返そうとしている。

「やむを得ん……攻撃開始!奴を処分しろ!」

 自分たちにどんな危害を加えるか分からない以上、倒すしかない。

 尉繚の命令一下、配下たちが次々と得物を振るう。

 まずは近づく必要のない飛び道具、短弓から矢が放たれた。短い矢は、起き上がりかけていた死体の心臓の位置を寸分たがわず射抜く。

 が、死体は止まらない。

「き、効きません!」

「ええい、近づいて直接斬れ!」

 次に槍を持った配下が、投げた槍で死体と壁を貫いて動きを封じる。そこに剣を持った配下が走り込み、死体の胸を一文字に薙ぐ。

 もともと脆い死体の胴はその傷からブチブチとちぎれ、全体がぐしゃりと倒れた衝撃で二つに分かれた。

 斬った配下が、血しぶきを避けるように飛びのく。

「やったか!?」

 だが、それでも死体は止まらない。下半身は動かなくなったものの、上半身は未だに腕を動かして這いずろうとしている。

 これには、さすがに歴戦の猛者たちも恐怖を覚えた。

「……こいつ、まさか不死身か……!」

 動揺する配下たちに舌打ちし、ついに尉繚が出る。

「諦めるな!このうえは……切り刻んで動けなくするのみ!」

 尉繚は、特別に作られた反りのある、素晴らしい切れ味の刀を取り出した。そして、なおものたうつおぞましい死体に力一杯刃を振るう。

 両腕を切り落としても、まだ頭と上半身だけでぐねぐねと動く。

 しかしその刃が頭を捉え、黄ばんだ頭蓋骨が割れて腐った脳漿がこぼれた時、死体は突如として崩れ落ちた。

 操り人形の糸が切れたように床に突っ伏し、それきり動かなくなった。

 しばらく血走った目でそれを観察し続けた後、尉繚たちの体から力が抜けた。


 それから少し後、尉繚はバチバチと燃え上がる炎を見つめていた。

 あの忌まわしい化け物を完全に滅するために、建物ごと火をかけたのだ。どんな害があるか分からない以上、こうするしかない。

 あんな恐ろしいものが、何の害もなさない訳がないのだから。

 火に包まれた建物の中には、他の二つの棺に入った死体も置いてある。これらも梱包を緩めた途端に、動き出したからだ。

 炎を見つめる尉繚の目の奥には、怒りと憎悪の炎がごうごうと燃え盛っていた。

「徐福ぅ……とんでもないものを、隠しておったなぁ!

 これで一体、何をしているというのだ!!」

 この荷を取り寄せていたのは盧生と侯生、そしてその親分である徐福。つまりあいつらは、この化け物のことを知っていたことになる。

 知ったうえで取り寄せて、何に使うというのか。

(これはならん。予想だにしなかった災厄だ……私腹を肥やすとかそういう問題ではない。あんなものが世の中に放たれたら……。

 これは国家の、人の世の危機だ!!)

 尉繚の中で、目の前の炎より激しく、国への忠誠心と使命感が燃え上がる。

「必ず暴いて潰してやるぞ!!

 俺が、この国を守るんだああぁ!!!」

 尉繚の雄叫びが、煙で汚れた空にこだました。

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