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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十五章 増殖
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(74)

 解剖が終わると、徐福と助手たちは実験から離れて過ごしていました。

 しかし、その裏で異常事態は進行していきます。


 助手たちの生活で起こった異常は、誰のどんな状態が原因だったのでしょうか。病の症状と合わせて考えてみてください。

 解剖の後、徐福と石生は得られた情報を整理するのに忙しかった。

「発疹のない死体でも人食い死体でも、劣化が遅くなった範囲は天然痘のみの場合とさほど変わらんな。

 おまえはこれをどう見る?」

「そうですね……発疹が出ていなくても、同じような変化が起こっているとか……。

 そう言えば、発疹は体内の毒を皮膚から排出するために出るものです。つまり、発疹の出るところには毒が溜まっているということ。

 発疹が出なければ毒は排出されないので、通常よりはるかに多く溜まった毒が変化の元になっているのではないかと……」

 石生は、自らの医学知識を全力で動員して考えてくれている。

 徐福はどちらかというと情報収集のための技術に重きを置いており、知識は広く浅い。そのため石生の深い知識とそれに基づく観察眼は必要不可欠だった。

 石生の方もそれは分かっており、惜しみなく力を尽くして応える。

「……肝は、解毒を司る臓器です。

 肝の病を重ねることで、毒がうまく排出できなくなることは考えられます。その毒と尸解の血が反応し、変化を起こすと考えるのが自然でしょう」

「なるほど、それならつじつまが合うな。

 肝の病が異常に重かった者が人食い死体になったことも説明がつく」

 こんな調子で、徐福と石生は得られた膨大な知見と格闘していた。

 実験に使える死刑囚がしばらく手に入らない以上、今はこうして実験以外の事を進めるしかない。

 それに、この時間も必要なものだ。

 徐福が目指すのは、人間を不老不死へと変える理を見つけること。そのためには、これまでに得られた知見から法則を見つけ出し、仮説を組み上げ、それに沿って実験を行う必要がある。

 やみくもに興味の赴くまま実験をしていても、理にはたどり着けない。

 さらに、目指す尸解仙に必要なものもはっきりさせなければならない。

 人食い死体の解剖を通してそれを痛感した徐福は、ひとまず実験の手を止めて頭を巡らせる日々を過ごしていた。


 助手たちも、久しぶりに目の回るような忙しさから解放されていた。

「あー、こんなにゆっくり仕事していいの、いつぶりだろうな?」

「当面は、解剖や感染実験の予定がないってさ」

 助手たちは、疲れた体を休めながら前の実験の片付けと道具等の整備をしていた。次の実験がまだまだ先になりそうなので、慌てて片づける必要はない。

 ただし、あまり長く置いておきたくないものもあるが。

「でもよ、この人食い死体の解剖で汚れたヤツ……これは早く片付けちまいたいな。

 だってよ……その、うつるんだろ?」

「まあな。でも扱いを間違えなきゃそんなに怖がることもねえよ」

「うーん……そうは言っても、不安なものは不安なんだよ」

 焼却処分するかまどの処理能力の問題で、特に水分の多い廃棄物の処理には時間がかかってしまう。

 感染性のある人食い死体関連の廃棄物を優先しているものの、解剖一体当たりの廃棄物の量が多いためなかなか終わらない。

「不安ってのもあるけど、面倒ってのが大きいよなぁ」

「そうだな、触るたびにゴミが増えるし」

 人食いの病の感染を防ぐために、人食い死体とその汚れがついたものを扱う際は防具が必要になる。

 さらに、他への汚染や防具の破損を防ぐため、防具は使い捨てだ。

 そのため人食い死体関連の作業をするたびに助手は防具を身に着けねばならず、そのつどゴミが増えてしまう。

 しかし、それでもその面倒を省こうとする助手はいない。

「面倒でも、ああなるのはごめんだからなぁ」

「間違いねえ。

 研究を完成させてお日様の下に戻るために働いてんのに、ちょっとの面倒を惜しんで実験体になっちまうなんざ、面白くもねえ」

 だから助手たちは、お互いに声をかけあって感染防御に努めるようにしていた。

 初めは見ず知らずの人間だった助手たちにも、度重なる過酷な実験を経て仲間意識が生まれたせいかもしれない。

 助手たちは、和気あいあいと生活を送る。

「さあ、そろそろ飯だぜ」

「あー、今日は侯生様から儀式用の肉の差し入れとかないかなー?」

 外に出られない助手たちにとって、食事は数少ない楽しみでもある。普段は粗食だが、時々盧生と侯生が神を祀るための膳として取り寄せた食物を回してくれることがある。

 助手たちは、それを楽しみに席に着いた。

「やった!今日は肉があるぞ!」

 その日は、数少ない幸運な日であった。

 助手たちは涎を垂らして、いつもは食べられない肉にがっつく。皆、この時ばかりは他の仲間に譲ることなく、我先にと箸を伸ばす。

 しかし一人、箸が進まない者がいた。

「どうした、食わんのか?」

「いや、ちょっと食欲がなくて……。

 さっきまで、うじ虫の実験室にいたもんで……」

 それを聞くと、仲間たちは気の毒そうに納得した。元屠畜業の助手がやっているうじ虫を使った実験は、解剖に慣れつつある助手たちにとっても気持ち悪いことで有名だ。

「そっか、そりゃ運が悪かった。こいつは俺がいただくぜ!」

「あ、ああ……」

 その助手は悔しそうに、目の前の肉がなくなっていくのを見つめていた。

 その光景は助手たちにとって、あくまで実験から離れた平和な日常の一幕であった。


 それからも、割と平和なうちに数日が過ぎた。解剖の片付けもだいたい終わり、助手たちの作業は順調に減りつつあった。

 その頃になって、感染実験で人食いの病に感染させ、経過を見るために観察だけしていた死刑囚が死んだ。

「発症してから二週間か。案外長生きしたな」

「そうですね。もっとすぐ死ぬかと思いましたが。

 しかし、どうやら傾向は分かりました。感染する時に傷が深かったり、多くの体液を取り入れた者の方が発症も死亡も早いです」

 考察する徐福と石生の前では、人食い死体が格子に体をぶつけ続けている。

 こうして人食い死体として見ると、そいつの体はきれいだった。ただ別の人食い死体の血肉を小さな傷にすり込まれただけなので、あまり大きな破損はない。

 しかし、見た目に反して死に方は悲惨だった。

 症状は体の冷えに始まり、腹具合が悪いと言って吐いたり軽く下したりし、次第に食べ物を受け付けなくなった。冷や汗を出したり震えたりするようになり、やがて体がうまく動かなくなり、死ぬ二日ほど前からは自力で動けなくなった。

 顔色は地下なのでよく分からないが、唇や爪は紫色になり、末期には手足の血管が詰まってところどころ浮き出ていた。

 死刑囚は意識を失う間際、絶望の表情で必死に喘ぐような息をしていた。

 それは、生きながら体が死んでいく恐怖のためであろうか。

 その様子を見てきた助手たちは、口々にささやき合った。

「感染して人食い死体になるとしても、ああはなりたくないな」

「ああ、じわじわ死ぬってのは嫌なもんだ。いっそ食われた傷が元でその場で死んじまった方が、楽だろうよ」

 助手たちはその死に様を恐れ、胆を冷やした。

 その助手たちの中に、殊更に恐怖をにじませた表情で小さく震える者がいたが、皆そのような気持ちを抱いていたので特に気に留めなかった。


 しかし、それから奇妙なことが起こるようになった。

「おーい、誰だよ生姜や辛い野菜を使ったのは?」

 地下にいる者たちの食事を作る厨房で、辛味のある食材が妙に減っているというのだ。補給がききづらいため、地味に迷惑である。

「辛いやつだけって、この中にとんでもない辛党でもいるのか?」

「いや、急に減り始めたのは解剖が終わって隔離区画の奴らが戻ってきてからだ。その前は、こんなに急に減ることはなかった」

 どうやら隔離帰りの者が原因らしいとは分かったが、その意味までは分からなかった。

 そのうち、別の方面でも減っているものが見つかる。

「なあ……湯の残りって、これだけか?」

 湯やそれを作るための薪の減りが、妙に速いというのだ。これも自由に補給できる訳ではないので、あまり無駄に使わないように言い渡されている。

 だが、これも辛い食材と同じく実験組が離宮に帰ってきてからよく減るようになったという。

「おいおまえ、よく湯を取りに来る奴とか知らんのか?」

「いや……俺は足りなくなった湯を沸かすのに忙しくて……」

 かまど番に聞いてみても、どうも要領を得ない。

 助手たちが揃って首を傾げていると、そこに徐福と石生がやってきた。実験を行ううえで、湯と薪の不足は見過ごせないからだ。

 徐福は一しきり助手たちから事情を聞いて考えていたが、ふとかまど番を見て気づいた。

「ん?おまえは、解剖の時一緒にいた者ではないか。

 元のかまど番はどうした?」

「ああ、あいつが煙で目をやられてもう嫌だって言ったんで、代わったんです」

 かまどの前にいたのは、徐福たちと一緒に隔離区画に行って実験に参加していた助手だった。

 にも関わらず、他の助手たちはそれに気づかなかった。なぜならその助手の顔はすすで汚れており、声は煙を防ぐ襟巻のせいでくぐもり、そのうえ……体型が変わっていたからである。

 その助手は細身だったはずだが、今は妙に肉付きが良く見える。

 と、いきなり徐福の表情が変わった。

「貴様、その身ぐるみを脱げ!!」

 突然ものすごい剣幕でその助手に掴みかかり、腰ひもに手をかける。

「あっ……何をなさいます……」

 腰紐がほどけて上着を一枚はいだ途端、ドサドサと大量の衣類がその助手の体からはがれ落ちた。

 肩掛け、膝掛け、腹巻に、着物は何枚も重なっている。体型が変わって見えたのは、これが原因だったのだ。

 驚くその助手の体に、徐福の手が触れる。

 その瞬間、徐福の顔に怒りが爆発した。

「何だこの冷たさは……おまえ、感染しているだろう!!」

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