表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十四章 一線を越えて
71/255

(70)

 ようやくできた人食い死体を使って、徐福は最初の実験を行います。

 まずは、これが伝承通りか確かめること……分かりますよね?


 ここからは蓬莱島の検体でなくてもOKだ!やったね!

 助手たちの喜びの声が、坑道内に響き渡る。

 しかし、それを眺める徐福の目は次第に冷めていった。いつまで経っても喜んでばかりいる助手たちに、徐福は落胆していた。

 それに気づいた石生が、声をかける。

「おや、徐市殿……何か浮かぬようですが?」

「ああ憂鬱だ、おまえはこれを見て何も気づかぬのか?」

 徐福が問いを投げかけてみても、石生は首を傾げるばかりだ。逆になぜ嬉しくないのかと、徐福の方を訝しんでいる。

 徐福はこれ以上の問答を諦めて、答えを口にした。

「実験はこれで終わりではない。

 なのに、新しい実験材料を前にして次のことを口にする者がいない」

 それを聞くと、石生ははっとして恥じ入るように顔を伏せた。

 これは人食い死体ができる前から徐福が懸念していたことだ。人食い死体はあくまで中継にすぎないのに、これができただけで気を抜かれては困る。

 今目の前にある人食い死体についてすら、何も分かっていないのに。

「おいおまえたち、祝っている暇があるなら他にやることがあるだろう!」

 徐福が声をかけると、助手の一人が言った。

「解剖ですか?」

「違うわ!寝言は寝て言え!」

 それなりに長いこと研究に携わっている助手たちだが、所詮言われた通りにやるだけの能力しかないのか。

 徐福はもどかしさに苛立ちを覚えながら説明する。

「我々を襲おうとしているのだぞ。解剖する前に、どのような危険があるかを調べてそれに備えねばならん!

 それに、たった一体しかない人食い死体を解剖する気か!?

 こいつを解剖するより、まずは増やす方が先だろう」

「増やす?」

 徐福が内容をほのめかしてみても、助手たちはまた考え込んでしまう。徐福はたまらず、特大の手がかりを出してやった。

「蓬莱島の伝承では、人食い死体はどのような性質を持っていた?」

「それは……死んでいるのに人の肉を食い、食われた者も同じに……そうか!」

 さすがに石生が気づいた。

「伝承通りなら、人食い死体に噛ませることで人食い死体を増やせるはず。それ以前に、本当に伝承通りであるかを確認しなければならない。

 つまり、感染実験ですね!」

「うむ、その通りだ!」

 だいぶ誘導しての答えであったことを残念に思いながら、徐福はうなずく。

 現状、目の前の人食い死体について分かっているのは人の血肉を欲することだけだ。それ以外は何も分かっていない。

 本当に噛まれると感染するのか……本当に伝承通りかも分からない。

 それに、もし感染性があるのならそれを利用して人食い死体を量産し、様々な実験を行う事ができる。

 一体でも残っていればまた増やせるのだから、やりたい放題だ。

 という訳で、まず人食い死体に人間を噛ませてみる必要があった。

「よし、侯生に連絡しろ。

 人柱用に飼っている死刑囚を、数人よこすようにと!」

 すぐさま徐福からの指令が、離宮にとんだ。


「おお、ついに人食い死体が!」

 徐福からの報告を読んで、離宮にいた侯生と助手たちも喜びに包まれた。自分たちの見えない所で、自分たちの補助が実を結んだのだ。

 それに何より、検体が尽きる前に人食い死体ができて良かった。

 肝の病を発して実験に送り出した検体は五人。そしてまだ離宮に残っている検体はわずか三人まで減ってしまった。

(……これなら、そう急いで検体を補充しなくて良さそうだな。

 天然痘の感染と検体補充の同時管理など、たまったものではない)

 もし人食い死体が出来る前に検体が尽きてしまったら、また検体が補充されるまで待たねばならないところだった。

 いや検体はまだあっても、実験に使えるかは分からないのだ。残りの三人が肝の病を発する兆候はまだない。……一人は、病ではなく酒で肝を壊しているが。

 とにかく、これでしばらく尸解の血を持つ検体は必要ない。

 普通の死刑囚を人食い死体に噛ませて、人食い死体を増やせばいいのだから。

(普通の死刑囚なら、たくさんいるし足りなくなれば官吏に言えばいくらでももらえる。いくら使っても問題ない。

 問題は、尸解の血を持たぬ者が噛まれても人食い死体になるかだが……まあそれも実験だ)

 普通の死刑囚を噛ませて人食い死体が増えてくれるのが、一番いい。

 不老不死の研究と、自分の仕事上は。

 侯生は、すぐに生贄にする死刑囚を選びに向かった。


 侯生から死刑囚が引き渡されると、徐福は早速次の実験に着手した。

 何が起こっているか分からせぬために死刑囚の頭に袋をかぶせ、人食い死体のいる独房の前に連れて行く。

 そして腕を格子の間から差し込ませ、人食い死体に曝す。

 人食い死体はそれに気づくとぎこちない動きで近づき、乱暴に掴んだ。そして大きく開いた口を近づけ……獣のようにかぶりついた。

「うぎゃあああ!!?」

 いきなりの激痛に、死刑囚が叫び声を上げる。

「ひぅっ……!」

 見ている助手たちからも、小さな悲鳴が上がる。

 これまでさんざん人道を無視した実験を繰り返している助手たちにとっても、この光景はなかなかに強烈だった。


 人の死体が、生きた人間を食っている。


 人間が人間を食うことは、この時代たまにある。飢饉や籠城戦で食糧が尽きた時、生きるために同胞の肉を食うのだ。

 だが、この動く死体にそんな理由はない。もう死んでいるのだから、生きようとする理由も必要もないのだ。

 それでも、食う。

 理性も考えもなくして、無意味に残った本能のみで肉にかぶりつき、血をすする。

 それはこの世の理に反するような、胸が悪くなる光景だった。

 思わず固まってしまった助手たちを、徐福が叱る。

「おい、こいつはもういいだろう。次!」

 その声に、助手たちははっと我に返って作業を再開する。

 噛まれた者の腕を格子から引き抜き、血をまき散らさぬよう包帯だけ巻いて、形だけの手当てを終えると別の独房に放り込む。

 不満そうに唸る人食い死体には、次の死刑囚の腕を差し込んでやる。

 坑道に反響する絶叫が数度上がり、連れてきた死刑囚全員が人食い死体の汚れた牙をその身に受けた。

「よし、これで後は人食い死体になるか見るだけだ」

 徐福は、拘束されて独房に転がる死刑囚たちをギラギラと光る目で見下ろした。そこに、人間を相手にする情はない。

 目の前にいるのは、既に人として生きる権利を失った実験動物なのだから。

「せいぜい、活きのいい死体になってくれよ!」


 半日も経たぬうちに、死刑囚たちには変化が現れ始めた。

 始めは助手たちが近づくたびに出せとか助けてくれとか喚いていたのが、だんだんぐったりして静かになった。

 ただ疲れたのかと思ったが、聞いてみると体がだるくて冷えると言った。助手たちが触ってみると、確かに体が冷たくなり始めていた。

 翌日になると、病状はさらに悪化した。

 気分が悪いと言って食事を取ろうとせず、吐いたり軽く下す者が出た。

 時が経つにつれ死刑囚たちの体はさらに冷たく、顔色は青白くなっていく。体は冷や汗で湿り、呼吸は荒く喘ぐようになっていく。

 そして、噛まれた傷がどす黒く変色して周りまでただれ始めた。

「これは……生きながら腐り始めているのでしょうか?

 最初に人食い死体になった者の、熱が下がってからの経過に似ていますね」

 石生が、それぞれの記録を見比べながら言う。

 そうこうするうちに意識がもうろうとする者が出てきたので、拘束面をはめる。作業をしながら診ると、唇が紫色になり脈が浅く速くなっている。

 一日から二日で、噛まれた死刑囚たちは皆死んだ。

 そして、ことごとく目を白く濁らせて起き上がった。皆が独房の格子に体をぶつけ、生きた人間の方に行こうと身もだえしていた。


「す、すごい……本当に同じになった!」

 期待通りの成果を前にして、助手たちはただあっけにとられていた。

 これまで一体の人食い死体を作るのにしてきた苦労が、嘘のようだ。一体できてしまえば、後はこんなに簡単に増やせるなんて。

 これで、一つの大きな壁を越えた。

 今に至る長い苦労の時を思うと、徐福も目頭が熱くなった。

「……よくやったぞ、おまえたち!

 これで、不老不死に大きく近づいた!!後はこれを詳しく調べて、尸解仙への道を開くのだ!」

「オオーッ!!」

 今度こそ、何の混ざり物もない歓喜の声が上がる。

 目の前でうごめく死体たちは、確かにこれまでの動く死体より人間に近づいていた。明確な食欲を持ち、それを満たすために行動する死体。

 それは、徐福たちに無限の可能性を信じさせるのに十分だった。

 死んでも動ける、欲求を持てる、生きるための行動を取れる。ならばこのまま進めれば、死んでいながら生きているのと同じようにできるはずだと。

 しかも、先の研究に必要な人食い死体は簡単に増やせるのだ。


 そう、こんなに簡単に増える。

 人の心を持たず人を食う化け物が、こんなに簡単に。


 それがどれだけ恐ろしいことか、気づいている者がこの中にどれだけいるだろうか。

 成果として、希望としてそれらを見る研究者たちは、その危険性にしっかり目を向けていない。人食い死体が発生してしまった以上、もうその危険から逃れることはできないのに。

 その危険が管理を破ってあふれ出す時に向かう時計の針が、静かにしかし確かに動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ