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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十章 鬼のいぬ間に
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 尉繚が不在の間の活動の総仕上げとして、徐福は巡幸と同時に進める研究の計画を語ります。

 それは、これまで一緒にいた盧生と侯生に個別行動を取らせるものでした。


 それぞれの胸に徐福から与えられた情熱を燃やして、二人はそれぞれの任務へと踏み出します。

 次回、巡幸開始です。

 巡幸が始まるまで、王宮は目の回るような忙しさだった。

 通常の仕事と巡幸の準備に加え、盧生が提案した轀輬車の件と始皇帝が直々に命じた地下宮殿の計画が、官吏たちの肩にさらに重くのしかかる。

 だが、弱音や遅れは許されない。

 与えられた仕事を決められたとおりにこなすこと、それが官吏の役目だからだ。

 そうして官吏たちが目の前の仕事に忙殺されていると、どうしても他への警戒が薄くなる。

 その隙をぬって、盧生と侯生も忙しく働いていた。


「蓬莱島と、連絡が取れました!」

 巡幸開始が間近に迫ってきたある日、盧生は嬉々として地下離宮に駆け込んだ。その手には、一通の手紙が握られていた。

 それを見ると、徐福も目を輝かせて立ち上がる。

「おお、ついに来たか!

 それで、返事は何と?」

 盧生は興奮に乱れた手つきで手紙を開くと、つぶさに内容を説明した。

「障害者は望むだけ、動く死体は三体提供できるとのことです。

 島の暮らしはうまくいっており、今のところ大した問題は起こっていないとのこと。島では、連れて来られた少年少女たちと島民との間に次々と子が生まれていると」

「そうか、それは良かった」

 徐福が去ってから島がどうなっているか少し心配していたが、今のところは問題ない。

 おそらく、島を守るために安期小生が力を尽くしているのだろう。自分たちの暮らしと、そして大恩のある徐福のために。

 徐福の研究は材料を蓬莱島に依存しているため、島やその連絡路に問題が起こればすぐさま影響を受けてしまう。

 だから島の安全を知れたことも、徐福にとって大きな収穫だった。

「うむ、島の方も検体の方も大丈夫だな。

 ただし……検体は巡幸中に運び込むことになるだろうが」

 問題は、提供された検体をどうやって露見しないようにここに運ぶかだ。

「ここから琅邪までにかかる日数と、琅邪から蓬莱島までにかかる日数を考えると……今からどんなに急いでも、巡幸開始までにここに運ぶことはできん。

 となると、おまえ以外の誰かに運搬を任せねばならんな」

 徐福は、盧生を見ながら呟いた。

 盧生は始皇帝の信頼をつなぎとめるために、始皇帝の側にいなければならない。したがって、巡幸に同行することになるだろう。

 巡幸は長い。もし盧生が同行しなければ、その間に別の誰かが始皇帝に取り入って心変わりさせてしまうかもしれない。

 特に、工作部隊長の尉繚など。

 今は都を留守にしているから盧生と侯生が自由に動けるが、巡幸中は時々何かの報告をしに始皇帝の下へ戻ってくるだろう。

 その時始皇帝の心を奪われてしまわぬように、盧生が目を光らせる必要がある。

 ただし、そうすると盧生は検体の受け取りに使えない。

「……おぬし、侯生と別行動になっても大丈夫そうか?」

 徐福が、心配そうに問う。

「侯生と二人一組であれば、お互い補い合って良い知恵が浮かぶであろうし、身に迫る危険にも対処しやすいであろう。

 現にこれまで、おまえたちはそうしてきたはずだ。

 しかし、今回はそれでは検体に付き添う者がいなくなってしまう。最悪の場合は業者に任せて幸運を祈るしかないが、失敗したら取り返しがつかぬ」

 普通の荷物と障害者だけなら何とかなるだろうが、動く死体を一般人に見せる訳にはいかない。

 あんなものを一般人が目にすれば仕事を放棄されるどころか、運が悪ければ官吏に訴えられて動く死体と蓬莱島の存在が明るみに出てしまう。それが始皇帝に伝われば国を揺るがす大騒動となり、徐福にも取り調べが及ぶだろう。

 それを防ぐためには、誰かが検体に付き添わねばならない。

 そしてそれができるのは、盧生と侯生のみ。

「俺の考えでは、おまえに始皇帝を、侯生に検体を頼みたい。

 地下の人手がいくら増えようと、あやつらは地上では働けぬ。死刑になったはずの人間であるし、何より地上に出た途端に逃亡するかもしれん。

 ……結局、今の俺にとってはおまえたち二人が命綱なのだ」

 そう言う徐福の顔は、かすかな哀愁を帯びていた。

 徐福は確かに大胆で博学で様々な技術に長けているが、一人で何でもできる訳ではない。この大掛かりな研究には、他の信頼できる人手が不可欠だ。

 それに、徐福は秘密裏にこの研究を始めるために、自らがここにいるはずのない人間になってしまったのだ。

 大きな目的のためとはいえ、徐福の失ったものは大きかった。

 そんな徐福を安心させるように、盧生は力強くうなずいて答える。

「大丈夫でございます、その任、お受けしましょう。

 私とて、侯生と出会うまでは己の技術と口先だけで生計を立てていた身。今ひとたび侯生と別れても、私の得意な分野ならばやり遂げる自信はございます!」

 盧生の目には、強い光が宿っていた。

「私は元々、自分だけでも陛下に取り入って成り上がってやろうと思っておりました。

 あなたのような大志もなく、目に見える証拠となる物もなく……それでも己の力のみで勝負しようと思っていたのです。

 それなのに、あなたのお力でここまで膳立てしてもらっておいて、なぜ勝負を下りることがありましょうか!」

 盧生は、心の底から徐福に感謝していた。

 自分の力を活かせる舞台を用意してもらえたこと、そして自分の力を大きな目的のために役立ててもらえることに。

 もし徐福が現れなかったら、自分の人生は何も生み出さなかっただろう。怪しい話で人を手玉に取ることばかりに長けていた自分に、自分の富貴以外の目的はなかったから。

 今の盧生は、その頃の彼よりもずっと充実している。

 この素晴らしい日々を与えてもらったお礼に、自分の力ならいくらでも振るおう。

 自分の力で世の理を変えられるかもしれない実感は、盧生の心にもかつてない情熱を注ぎこんでいた。

 その燃える瞳を見て、徐福は頼もしげに微笑んだ。

「では、頼んだぞ!」

「は、力の限り任を果たしたく存じます!」

 盧生と徐福が固く手を握り合った時、助手が侯生の来訪を告げた。


「……どうも、思わしくありませぬ。

 肝を腫らす病については割とすぐ見つかったのですが、天然痘については簡単に手に入りませんな。都では、見つかり次第厳しく隔離されてしまって……」

 先ほどの盧生とは逆に、浮かぬ顔だった。

 研究に必要な天然痘の病毒が、咸陽では手に入りそうにない。

 厳格な法治をしいている秦は、危険な伝染病に対する防疫も厳格だ。特にこの咸陽の都では、患者が見つかった時点で迅速に対応がなされる。

 そのため、患者はおろか伝染性を持つ患者の持ち物でさえも手に入らないのだ。

「やはり、咸陽から離れて地方で探すしか……。

 といっても、巡幸に付き添っていては容易ではありませんが」

 侯生はそう言って難しい顔をしたが、徐福の心は既に決まっていた。

「大丈夫だ、おまえは巡幸に付き添わずとも良い」

 徐福は、ついさっき盧生と打ち合わせをした計画を告げる。

「おまえには、蓬莱島から送られてくる検体の運搬に付き添ってもらう。適当な所で巡幸から離れて、一人で先に琅邪に向かえ。

 そして、巡幸とぶつからぬように検体をここに運ばせるのだ。

 その間に、できれば地方で天然痘の病毒を手に入れるのだ。このような任務は、一人の方がやりやすいだろう」

 それを聞くと、侯生は驚いて目を見開いた。

「では、陛下のお相手は盧生一人で?」

「ああ、だが盧生もやる気になっておる。

 それに、こうしなければどうにも人手が足りぬ」

 徐福が言うと、侯生も納得した。

 研究に使える時間は、限られている。特に尉繚がおらず比較的自由に活動できるのは、おそらく巡幸が終わるまでだ。

 尉繚が戻ってくればきっと、監視の目はまた厳しくなる。

 それまでに、地下で研究を進めるための材料をできるだけ揃えておかなくては。

「……分かりました。確かに病毒入手については、医術の知識がある私の方が適任でございましょう。

 ただ、地方でも確実に入手できるとは限りませんが」

「ああ、それは分かっておる。

 おぬしの任務はあくまで、検体の運搬が最優先だ。病毒については、旅の途中で機会があればでいい。

 何より、尉繚にかぎつけられぬよう気を付けろ!」

 大陸で手に入る病毒よりは、蓬莱島から送られる検体の方がはるかに重要だ。それに二兎を追う者は一兎をも得ずになっては元も子もない。

 徐福の力強い命令に、侯生は真剣な表情でうなずいた。

「は、必ずや検体だけは持ち帰ります!」

「うむ、頼んだぞ。

 不老不死を完成させられるかどうかは、おまえたちにかかっておる!」

 徐福は、期待と希望を込めて二人を激励した。盧生と侯生は、己の肩にかかる重圧を押し返すように笑い合う。

 ここからは盧生と侯生、それぞれ一人で任務を遂行するのだ。

 道は険しい、しかしそこをうまく通り抜けられればさらなる躍進が待っている。こんな燃えるような高揚は、これまでの二人にはないものであった。

 徐福と地下にいる助手たちの祈りを背に、二人は日の下に戻る。

 この果てしない世を覆う死の理を打ち破る、偉大なる歩を進めるために。

 たとえ離れ離れになっても、迷うことはない。徐福によって導かれた二人の道は、必ず徐福の願いにつながっているから。

 今こそ、自分たちを見込んで選んでくれた徐福にその力を見せつける時だ。

 二人は気合十分で、歩調を合わせて王宮に戻っていった。

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