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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第八章 病める陵墓
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(40)

 ゾンビ警報、グロいのが苦手な方は気をつけてね!

 ついに徐福の、人を選別する試練が始まります。

 ゾンビの研究をするんだから、そりゃゾンビに触れないと話にならない訳で……。


 新しいキャラが出てきます。

 石生セキセイ:始皇帝に取り入った方士として名前が残っている。

「お、おい待て……はっ……!」

 がたいのいい囚人は、息も絶え絶えになって目の前のものを見つめていた。

「うわ……な、何だよあれは……!?」

 他の囚人たちも、がたがた震えながら立ち尽くしている。

 今、彼らの目の前では、普通に考えたら有り得ない恐ろしい事が起こっていた。棺の中に横たわっていた腐乱死体が、身を起こしているのだ。


 ゆっくりと身を起こしたそれは、どう見ても生きてはいない。

 血の気を失い変色して、しかもボロボロに腐り落ちてドロドロの肉をのぞかせた肌。死んだ魚のように白く濁った目。指先の一部は肉が削げ落ちて、白い骨がのぞいている。

 極め付けは、腹の一部が破れて露出している内臓だ。腹に開いた穴からひものような腸と、何かの臓器がはみ出ている。

 ここまでは、生きている者の変装では有り得ない。

 つまりこの動いているものは、紛れもなく死んでいる。


 そいつは、目の前で固まっているがたいのいい囚人に向かって口を開いた。

「う……がぁ……」

 獣のような濁った唸り声とともに、腐った息が囚人の顔にかかる。さらに口からぽろぽろとこぼれたうじ虫が、囚人の手にぴたりとついた。

「あっ……!」

 囚人の体が、驚いた小動物のようにびくりと跳ねる。

 そして次の瞬間……

「うぉあわぁぎゃあああ!!!」

 部屋の壁が崩れるかと思うほどの大絶叫が上がった。

 がたいのいい囚人は、転げるように棺から逃げる。その足はどうにもならぬ震えでもう用をなさず、完全に腰が抜けている。

 顔はあふれ出す涙と鼻水で見る間にぐちゃぐちゃになり、さらに股間から勢いよく尿が漏れてぼたぼた垂れている。

 しかし、それを笑う者は誰もいない。

 なぜなら、周りで見ている他の囚人たちもだいたい同じような状態だからだ。

 泣きながら嘔吐して座り込んでしまう者、真っ青になって放心したようにぶつぶつとうわごとを言う者……誰もが悲惨な有様だ。

 その様子を見て、徐福は哀れむように言った。

「まあこんなもんだとは思ったが……見事に予想通りだな。

 初見で動く死体に耐えられる者など、そうはおるまい」

 そう、これこそが、徐福が言っていた囚人たちを試す方法なのだ。

 まず動く死体の実物を見せてみて、少しでも冷静な動きができた者を研究の手伝いに抜擢する。

 それが徐福の考えだった。

 側で見ている盧生と侯生も、同情するように呟く。

「気持ちは分かりますよ、ええ……世の常識では考えられませぬから。

 何か人知の及ばぬ怪異だと思っているのでしょう」

「それに、見た目と臭いだけでも相当……オェッ!

 あれでも体の表面にいたうじ虫は我々がだいぶ払い落としたのですが、口の中までは何とも……」

 少し前の作業を思い出して、盧生は吐き気をこらえるように口を押えた。


 つい二時間ほど前、盧生と侯生も初めて動く死体と対面したのだ。

 ここに届けられた時のままきっちり梱包してある死体を、取り出す作業だった。

 棺の蓋を開けて、死体を拘束している布やひもを一つ一つほどいていく。布が薄く縛りがゆるくなるにつれ、中にいる者の動きが分かるようになった。

 それだけでも、盧生と侯生は背筋がぞわぞわして手がうまく動かなくなった。

 同時に、このぶ厚い梱包の意味を理解した。こうしておかないと、死体が棺の中で音を立ててしまい運ぶ時に怪しまれるからだ。

 腐汁がしみこんだ一番下の布をはがすと、それについて肌の一部もはがれてしまった。

「こ、これは……うぇっ……申し訳ありません!」

 驚いて謝る二人に、徐福は事もなげに言った。

「いや構わんよ、表面くらい崩れてもどうってことはない。

 むしろこの方が、囚人たちを試すのにふさわしいかもしれん。あまりきれいな死体だと、試練がやさしくなってしまうからな。

 ま、表面のうじ虫は少々邪魔だから払ってもらおうか。

 おまえがコレに慣れる意味も含めて、な」

 そういう徐福の視線は、青くなって座り込んでいる盧生に向いていた。

 ずっと方士として怪しい術や祀りを人々に売り込むだけで生活してきた盧生にとって、この死体の衝撃はあまりに大きかった。

 一方、元々医術薬学の心得がある侯生はもう少し冷静だった。人々に治療を施す際に、重病や重傷でひどい状態になった人を見てきたからだろう。

 青息吐息で死体を処理する盧生を見て、徐福は呟いた。

「うーむ、盧生はここでの研究よりも始皇帝との交渉を多く担わせた方が良さそうだな。その方が能力と経験を有効に使えよう。

 となると、ますますここで手伝わせる人手が要るな……」

 それを聞いて盧生は、自分がのけものにされたようで少し不快だった。

 しかし同時に、それ以上の安堵もあった。こんなおぞましいものと日常的に対峙するのは、生理的にとてつもなく厳しい。

(ああ、そうか……だから試さねばならないのだ!)

 いくら仕事だと割り切ろうとしても、たとえやらなければ殺すと言われていても、ここまでの生理的な嫌悪感に耐え続けるのは難しい。

 無知で呪いや化け物を信じている民衆ならなおさら、耐えられずに何としても逃げ出そうとあらぬ行動に出る輩もいるだろう。

 だからこそ、試し、選別する。

 盧生はその試練の厳しさを、真っ先に体験したのであった。


 部屋の中は、まさに阿鼻叫喚と表現するにふさわしい状態になっていた。

 最初に動く死体に触れてしまったがたいのいい男が逃げ出したのを皮切りに、他の囚人たちも我先にと扉に殺到する。

「うわあ、出してくれ!」

「開かないぞ……呪いだ、俺たちは呪われたんだ!!」

 棺を開ける前にこっそり扉に鍵をかけたため、囚人たちはここから出られない。秘密を守るためには、当然の措置だ。

 しかし無知で迷信深い囚人たちは、それすら怪異と関連付けて泣き叫んでいる。

 こんな奴らを研究には使えない……徐福は、側で見ていた安息起に指示を出した。

「うむ、もうやっていいぞ」

「了解」

 安息起は、扉の前で押し合い圧し合いになっている囚人たちにしずしずと近づいた。その手には、小刀が握られている。

「おまえは、失格だ!」

 冷たく言い放って、安息起は半狂乱になっている囚人たちに小刀を振るった。

 その刃は深く刺さる訳ではなく、ただ囚人たちの肌に一文字の赤い傷を刻んでいく。だがその傷ができて数秒すると、囚人たちは力が抜けたように倒れた。

 刃に、毒が塗ってあるのだ。

 蓬莱島で使われていた、侵入者を昏倒させる麻痺毒が。

 秘密を知られてしまった以上、囚人たちを自由にしておく理由はない。逃げられずしゃべれないように、迅速に麻痺させてしまうのが一番だ。

 そしてこの毒の扱いに慣れ、動く死体を見慣れていて平気な安息起がその役目を任されている。

 安息起は恐れおののく囚人たちを鼻で笑いながら、次々に斬りつけていった。

 あっという間に、囚人たちは扉の側に倒れ伏して動かなくなる。もう残っているのは、最初の位置で腰を抜かしている若者ただ一人だ。

 若者は、涙をあふれさせて震えながらも、視線を動く死体から離さなかった。

「安息起よ、そいつは少し待ってみよ」

 他の者と同じように斬りつけようとした安息起を、徐福は止めた。

 必死で目を逸らして逃げようとした他の囚人たちとは、何かが違う。

 死体はもう、棺から出てこようとしている。しかしその若者は、動かない。ただ腰が抜けているのか、それ以外の理由があるのかは分からないが。

 不意に、若者がかすかな声を発した。

「……どうせ、ここで死ぬのならば……!」

 若者は、動かない足の代わりに手を地面について、体を引きずっていく。他の囚人たちとは逆に、死体の方に。

 その目には、強い意志が宿っていた。

「こ、こんな……見たこともない、ものに……死ぬ前とはいえ出会えたのだ。

 ならば、わ、私は……少しでも、知ってから……!」

 死にゆく身ゆえの覚悟と知識欲に引きずられるように、若者は死体に手を伸ばす。そして、腐った肉を握りつぶしながら死体の腕を掴んだ。

「おお、これは……!」

 徐福たちは、固唾を飲んでそれを見守る。

 若者は、死体の肩にぶら下がるようにして体を引き上げた。そして、利き手を肋骨の下に突っ込み、歯を食いしばって死体を見上げる。

「脈が、ない……本当に、死んでいるのか!?

 ならば一体、どうして動いて……?」

「それを調べて役立てるのが、俺たちの仕事だ!」

 徐福は優しくそう言って、若者の手を死体の胸から抜いてやった。あっけにとられたようにへたり込んだ若者に、徐福は告げる。

「合格だ、おまえはこれからここで働いてもらうぞ。

 おまえのような者を、待っていた。名は?」

「石生と申します。元は、医者の門下で書生をしておりました」

 若者……石生は、はにかむような笑みを浮かべた。

 盧生と侯生、そして安息起も新しい仲間の参入を祝って自然と笑顔になる。これからこの石生は、地下で共に研究する仲間となるのだ。

「これからよろしく頼むぞ。

 まず手始めに、この死体を棺の中に戻そうか」

 周りからそう言われて、石生はふっと肩の力を抜いた。

「……では、これはさほど危険なものではないのですね」

「ほう、今ので気づいたか。これは賢い奴だ、ハハハッ!」

 腐臭まみれの部屋に、男たちの談笑が響く。囚人たちからその中に加わったのは、徐福の試練を超えた石生ただ一人であった。


 人での問題は、解決される目処が立った。

 これからも徐福たちは同じことを繰り返し、少しずつではあるが確実に仲間を増やしていくだろう。

 同時に、死を超える研究も一気に加速していくことになる。

 驪山陵の地下に広がる闇は、死者を守るというその性質を歪めながら、今日も拡張し続けていた。

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