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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第一章 琅邪の出会い
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(3)

 仙薬の情報を探すよう命じられた、工作部隊長、尉繚さんの話です。

 ついに徐福が仙人にあった証として持ってきた物が、明らかになります。


 秦は始皇帝が仙薬の入手に固執するまでは、極めて現実的な国家運営をしていました。

 それに誇りを持っていた尉繚は、この夢想世界への誘いを前にしてどう思うのでしょうか。

「……で、今日は何人くらい来てるって?」

 高く昇った日の下、黒ずくめの男は面倒くさそうに尋ねた。

 官吏の一人がチラリと門の外を見て、恐縮そうに答える。

「今見る限りでは、五人程です。しかし、何人かで組んでいる者もいるので、実際にはもっと早く済むかと……」

 それを聞くと、黒ずくめの男は煮え切らない顔で呟いた。

「さすがに減ってきたな、我らの対応が広まったせいか……。

 もっとも、これでは陛下に良い報告ができるか分からぬが」

 黒ずくめの男は、官吏に向かって意地悪く言った。

「どうだよ……こんな事になるくらいなら、おまえたちに任せた方が良かったか?

 不確かな物を全て跳ね除けて何も得られぬよりは、儒学の精神に乗っ取って、性善説で何でもかんでも試した方が良かったか?

 いい加減だろうが詐欺の可能性が高かろうが、本物の可能性はゼロではないと信じて。おまえたちならそうしただろうな」

 男のふてくされた物言いに、官吏は慌てて弁明する。

「いいえ、そのような事は……!

 そもそも陛下が確かなものをお望みなのですから、尉繚様が正しいのでありましょう。

 私のような者に、そのような真偽を判断することはできませぬので……尉繚様直々にお越しいただき、感謝しております」

 それを聞くと、黒ずくめの男……尉繚はぶすっと不機嫌な顔になった。

「分かってるよ、俺の使命は……不老不死の仙薬につながる確かな情報を見つけてくること。

 でもな、いくら人を集めて聞いたって、そんなのありやしないんだ。

 方士の連中は不確かな情報しか持ってこない。けど、それを不確かだからって全部切り捨てたら、成果は何も残らない。

 分かるか、この矛盾が!」

 尉繚は、途方に暮れてぼやいた。

「こんなんじゃ……李斯様に何て言えばいいんだよ!」


 渤海からほど近いとある役所で、尉繚はこのところ毎日のように方士たちの相手をしていた。

 尉繚は秦の工作部隊の隊長で、李斯の部下である。

 この工作部隊は天下統一までは敵国を弱らせる工作活動をしていたのだが、今はもう敵国がなくなってしまった。そのため、始皇帝の政策を実行するための情報収集や裏からの根回し等を担当するようになっている。

 今回は始皇帝の命令で、不老不死の仙薬に関する情報を集めに来ていた。

 確実に仙薬を手に入れるか仙人になるための情報、もしくはそれを知っている方士を探して召し出すのが目的である。

 それを果たすため、尉繚は配下の工作員と共に始皇帝に先立ってこの海岸地方を訪れ、情報をばらまいて回った。

 すると、仙道を知っているという方士たちが津波のように押し寄せてきた。

 しかし彼らの話を聞いてみると、確実なものは全くといっていいほど無かった。

 方士たちの持ってくる仙薬は、何十年も服用しないと効果が出ないという疑わしいものばかりで、鑑定してみるとただの珍しい植物や鉱物ばかりであった。七つの国があって人々が分断されていた時代は、その国で誰も見たことがないと通用したかもしれないが、中国全土を駆け回った工作員の目はごまかせない。

 それでも、実物を持ってくるのはまだいい方だ。

 一番面倒くさいのは、自分には作れるが訳の分からない原料が必要だとか喚いて、欲しければ先に金を出して召し抱えろと言う者たちだ。もしくは、真の道は皇帝陛下だけに話すのでここでは言えないで押し通そうとする者。

 こういう輩は実体が全くないくせに弁舌ばかり巧みで、心理の隙を突いてつけこもうとする。

 尉繚は、そういう方士たちを毎日山ほど追い返さねばならなかった。

 仙薬につながる証拠がない者は断固として追い出し、それでも祟りだの呪いだのと騒ぐ者は捕えて牢にぶち込んだ。

 そうすると、今度は情報を持ってくる者がめっきり少なくなった。

 これでは、始皇帝が欲している情報は手に入らないかもしれない。

 だが、尉繚はそれでもいいと思っていた。

(不老不死なんてのはな、元から存在しないんだよ。

 無い事が分かった、それも成果の一つだ)

 尉繚は極めて現実的に、そう考えていた。

 今回の任務は、元々あるかないか分からない物を探せというものだった。ならば、対象が存在しなかったという結果も成立する。

 尉繚としては、できればそれで終わって欲しかった。

(人は必ず老いて、死ぬ。

 奴隷であろうが王であろうが、それは変わらない。そしてそれを超えるものの存在は、少なくとも実物が確認されてはいない。

 つまりそれは元々無かったか、あっても人の手には入らぬということだ。

 皇帝陛下にも、それを分かっていただけたら……)

 尉繚は元々、今回の任務に乗り気でなかった。

 常に現実路線を貫いてきた始皇帝が、不老不死などと夢のようなことを言い出したのが気に食わなかったのだ。

 尉繚にとって始皇帝は、現実のみに対応して現実を制した、比類なき為政者だ。

 始皇帝や李斯が現実だけを見て、根拠のないものに惑わされず効率的で現実に即した国を作るのが、尉繚には心地よかった。

 だから、始皇帝には早く目を覚ましてほしかった。

 このまま確かな情報を持つ者がいなければ、それが現実になる。

 尉繚は、それを心から望んでいた。そして、不老不死などある訳ないのだからそうなるに決まっていると、確信していた。

 今日、一人の得体のしれない方士に会うまでは。


 尉繚の仕事は、今日も二人目まではいつもの流れ作業だった。

 いい加減なことを訴える方士に証拠を出せと迫ると、方士は信心が足りないとか俗世の人間には分からないとかぶつくさ言いながら去っていく。

 尉繚は勝ち誇った顔をして、その詐欺師共を見送った。

 だが、次に現れた者は違った。

 それは、三人組の方士であった。

 よく日に焼けた荒々しい風貌の男が、二人のよく見かける風体の方士を従えている。その荒々しい男が、ふと顔を上げて尉繚を見据えた。

 その瞬間、尉繚は全身を縛られるような圧力を覚えた。

 何かが違う……こいつは、今までの実体のない方士どもとは違う。これまで追い返してきた有象無象に、こんな目をした奴はいなかった。

 その目に宿るのは、情熱……この男は、一体何をこんなに求めているというのか。

 だが、尉繚は素早く呼吸を整え、いつもと同じ態度で接した。自分は厳正に任務を行うためにここにいる、どのような相手であっても同じように遂行するだけだ。

「不老不死についての情報を、お持ちかな?」

 尉繚がすました顔で問うと、男は自信たっぷりな笑みを浮かべた。

「仙人に、会ったことがございます」

 男の答えに、尉繚は内心ホッとした。

 これまでの連中と同じ話だ、同じように追い返せばよい。

「では、その証となる品など……」

「ここに、持参してございます」

 尉繚の言葉を遮って、男はおもむろに懐から何かを取り出した。


 それは一枚の布であった。

 鮮やかな朱色の、一見何の変哲もない布。しかしその色は、普通の朱より紅に近く、それでいて山吹色の気配を感じさせる独特なものであった。


 その色を目にした途端、尉繚はぎくりとした。

 自分は、この色を見たことがない。これまで様々な国を巡ってあらゆる物を見てきた自分が、知らない色。

 いや、布としては見たことがないだけだ。

 それは例えるなら、夕焼けの一番鮮やかな空をそのまま布に映したような色。深く、思わず心を吸い込まれてしまうような、どこか不吉な暗闇の前の色。

 言葉を失った尉繚に、男は一方的にしゃべり始めた。

「これは仙紅布という、仙人にしか作れぬ色で染めた布です。

 私は海に出て仙人に会い、証としてこれを受け取って参りました。

 この色は、人の手では決して作り出せぬもの……ゆえに、確かな証として持参いたしました。どうか、お納めください」

 尉繚は、手の震えを抑えながらそれを手に取り、配下に渡した。

「鑑定に回せ!」

 だが、男は全く動じる様子もなく続けた。

「そうですな、これと同じものをお求めならば、斉か燕の宮中の宝物にあるやもしれませぬ。

 かつてこの地の王が仙薬を求めた時、もしかしたら手に入れているやも。この地では昔から、仙人に会ったという者が時々おりますので。

 ただ、これは仙人に会う以外の方法では手に入りません。

 この色を作る技術は、人の世に存在しないものですから」

 それだけ言うと、男はにわかに柔らかい表情になって一礼した。

「鑑定には時間を要するかと思いますので、今日はこれで失礼いたします。

 しばらく近くにおりますので、用があればまたお呼びくださいませ。

 私の名は、徐福と申します」

 男は最後に名乗り、連れてきた二人の方士と共にあっさり帰っていった。

 尉繚の今日の仕事は、ひとまず終わりだ。

 しかし尉繚は、言いようのない不安が胸のうちで渦巻くのを覚えた。

 あの徐福という男には、心の中を見透かされたように先手を打たれっ放しだ。まるで初めから勝つことが分かっているように、悠々とあしらわれた。

 だが、あの徐福が勝つということは尉繚の読みが外れるということだ。そんな事が、あってなるものか。

(……そんな訳がない、ただのハッタリだ!

 きっとあれも、どこか辺境の珍しい産物に違いない。鑑定させれば、すぐに分かる!)

 尉繚はそう考えて自分を納得させ、役所の奥へ引っ込んでいった。

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