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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第一章 琅邪の出会い
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(2)

 不老不死をエサに金を出させようとする、方士たちが登場します。

 方士というのは神仙の術を使う呪術師のことらしいですが、お祓いなどをする道士の仲間だと思っていただければ結構です。

 現代でいうと新興宗教の拝み屋のようなもので、科学知識が豊富な詐欺師だと思われます。


 盧生ロセイ:始皇帝に取り入った方士で、数々の進言を始皇帝に採用されて重用された。

 侯生コウセイ:盧生の仲間の方士で、同じく始皇帝に取り入った。

 徐福ジョフク:始皇帝に仙薬を手に入れるためと称して数千人の子供を用意させ、何度か海に出ている。最終的に、東の海から戻ってこなかった。

 波が、うねっていた。

 広大な中華の大地を揺るがす、時代の波が。

 内陸の一国から発した波が今や中国全土を覆い、上は支配階級から下は奴隷までありとあらゆる人間がその波をかぶっていた。

 前代未聞の規模での統一は国中の人々の生活を揺さぶり、次々と新しい物に塗り替えていった。誰もが、その変化の波と無縁ではいられなかった。

 始皇帝という一人の男が発する巨大な波は、今も国中を揺さぶり続けていた。


 ほんの十年ほど前まで、この中華の大地には七つの国がひしめいていた。

 一番内陸に秦、東へ行くに従って韓と魏、北方で匈奴と接する趙、南に広がる楚、そして北の海に面した燕と斉。

 これら七つの国の野心と利害が絡み合い、戦争が絶えない時代が続いていた。人々は分断され、常に戦の恐怖に晒され、血を流してきた。

 そんな乱世が、数百年も続いたのだ。

 人々にとって、もはや戦争と分断は当たり前になっていた。

 戦に駆り出された人が万単位で命を落とすことも、狭い地方だけで生活を完結させることも、それが変わらぬ日常だった。

 それが一変する日が来るなどと、ほとんどの人間は夢にも思っていなかった。


 だが、変化は急激に起こった。

 秦が他の六国を破竹の勢いで滅ぼし、天下を統一したのだ。

 広大な中華の大地は、秦一国のものとなった。頂点に立つのは、秦の王一人となった。

 秦の王は自らを初めて『皇帝』と称し、このとてつもなく広くなった領土を治めようと政務に着手した。

 しかし、戦国時代までの分断された生活様式は、統一された政治の障害になっていた。

 各国を守るための城壁や国境の壁が、人や物の流れを妨げていた。人々の流れが少なかったため、各々の国や地方によって字の形も量や重さの単位も違った。

 これでは、統一された政治などできやしない。

 そこで始皇帝は、不要になった城壁や国境の壁を破壊し、字の形や計測の単位を全国同じに統一した。さらに全国各地に向かう軍用道を整備し、軍隊が迅速に移動できるような体制を整えた。また、同じように税を取り立てられるように貨幣も統一した。

 その結果、人々や物はこれまでよりずっと自由に、速く国中を行き来できるようになった。国中どこに行っても同じ文字同じ単位で取引できるので、商売や運搬にこれまで生じていた不便が取り払われた。

 何より、戦を気にしなくて良くなった。

 もう国同士の戦で人が死に、家が壊され、物を奪われることはない。

 人々は、戸惑いながらもこの変化を受け入れた。

 これまでと変わる所は慣れるのに時間がかかるかもしれないが、いずれこれが常識となり日常となっていく。

 ならば、積極的にこの潮流に乗って一儲けしてやろうじゃないか。

 そう考える者が多く出るのも、無理からぬことであった。


 渤海に面したとある港町は、にわかに活気づいていた。

 始皇帝の巡幸の行列が、近くを通るのだ。

 そのため、必要な物資を運ぶ輸送隊や地元の警備兵が街に宿を求めて集まっている。さらに、始皇帝の行列を一目見ようとする近隣の住民も集まっている。

 その中には、始皇帝に取り入って栄華を手にしようとする者もいる。

 街の酒場は、既にその話でもちきりだった。

「おい聞いたか、皇帝陛下は不老不死の仙薬をお望みらしいぞ」

「へえ、そいつはいい話だ。きっと、いくらでも金を出すんだろ?」

「そうだろうな、この広い国を統一したくらいだ……出せる金ならたんまりあるだろうよ!もっとも、信じてもらえればの話だが」

 始皇帝が不老不死を求めているという話は、もうこの地方全体に広がっていた。

 巡幸に先立ち、配下の諜報員たちが仙人や仙薬について調べて回っているし、そういう情報があれば教えてくれと大々的に広報がなされている。

 これを聞いて、海岸地方の方士たちは色めき立った。

 自分こそが仙薬を作れる、仙人に会えるのだと主張してその代償をねだれば、即ち一獲千金の好機である。

 こんなうまい話を、見逃す手はない。

 だが、事はそう簡単ではなかった。

「……しかしなあ、どうやって信じさせるかが問題だ」

「ああ、皇帝陛下は何につけても実現可能かどうかを徹底的に吟味するらしい。

 雲を掴むような話では取り合ってくれぬし、詐術であると分かれば首が飛ぶ恐れもあるぞ。

 気に食わぬ者はすぐ殺してしまうらしい」

「これまでの斉王のようにはいかぬか……!」

 方士たちは、自分たちの話をいかに信じさせるかの作戦を練っていた。

 そもそも方士とは神仙の術を身に着けた呪術師のような存在であるが、実際にそんな術を使える者などいない。たいがいは薬学、化学、天文学などの知識が豊富で、他人にできなさそうなことをやってそれっぽく見せるだけである。

 中には、怪しい外見と言葉だけで相手を惑わす完全な詐欺師もいる。

 そんな方士たちにとって、現実主義で疑い深い始皇帝に信じてもらうのがまず難題であった。

「そうよなァ、金が目の前にあっても首が飛んだらおしまいだ」

「命あっての物種よなァ」


 噂話と野心の飛び交う酒場の片隅で、二人の方士が耳を澄ましていた。

 この二人も無論、始皇帝に自説を売り込んで財宝を得たい野心家たちである。名を、盧生と侯生といった。

 しばらく噂に耳を傾けた後、盧生が侯生に問う。

「どうだ、おまえ、皇帝陛下を信じさせる自信はあるかよ?」

 侯生は、渋い顔で頭を抱えた。

「……厳しいな、俺の知識と技術だけじゃ……。

 それらしい薬は作れる、一時的に元気になるヤツだ。だが、当然不老不死になんかなれないし仙人にもなれない。

 何十年も飲み続ければ仙人になれるって、それが通じればいいんだが……」

「だめだな、そういうのは不確かだって門前払いらしい。

 短期間で、具体的な効果が出ないと取り合ってもらえぬらしいぞ」

 盧生が、ぴしゃりと言い放つ。

 実際に、二人はこの街に来てから同じような話を山ほど聞いていた。

 この二人以外にも同じことを考えて先に売り込みに行った方士はいて、その結果が方士仲間の中で広く伝わっている。

 それによると、今回方士を求めに来ている工作部隊の隊長は非常に厳格な人物で、不確かな話は一切受け付けてくれぬという。

 例えば仙人になれる薬なら、おおむね十年以内に効果が出る見込みがなければ採用しない。仙人に会えると言うなら、実際に仙人を連れてくるか、仙人に会ったという確たる証拠がなければ認めない。ずっと長く飲み続ければ仙人になれる薬とか、証拠はないが仙人に会えるのは自分だけだとか、それではだめなのだ。

 短期間で必ず効く見込みがあるか、人の手で作れぬような何かがないとだめなのだ。

 これには、方士たちもお手上げであった。

「どうする、陛下がもっと年を取って焦るのを待つか?」

「うーむ、同じことを考える輩は多いだろうな。

 先ずれば取り合ってもらえず、かといって待ちすぎると出遅れる。それに、待っている間に陛下が死んだり我々がよぼよぼになっては元も子もない」

 盧生と侯生は様々に知恵を絞ったが、良い考えは浮かばない。

 時間ばかりが過ぎていき、いつの間にか酒場の人気もなくなっていた。他の方士たちも、議論に疲れて帰ってしまったのだろう。

 盧生と侯生も、これ以上話しても仕方がないと席を立とうとした。

 その時である。一人の見知らぬ男が、二人に声をかけてきたのは。

「おぬしら、医術と薬学の知識はあるか?」

 驚いた二人が振り返ると、そこには荒々しい風貌の男が仁王立ちになっていた。

 長く伸びた髪と髭、潮と日に焼けて浅黒い肌。祈るばかりの方士たちとは一線を画する、鍛え上げられた体。そして何より、すさまじいまでの情熱を映した鋭い眼光。

 そのギラギラと光る目に射られて、二人は思わずたじろいだ。

「はい……一応、病を診たり薬を作ったりは多少できますが……」

 二人が答えると、男はニヤリと笑ってうなずいた。

「よし、ならば俺に力を貸せい。

 助手として俺の研究に協力せよ。そうすれば、皇帝陛下の下に連れて行ってやる!」

「えっ!?」

 二人は思わず、目を丸くして顔を見合わせた。

 今、この男は何と言ったのか。皇帝陛下に仕えさせてやると言ったのだ。

「……もしや、陛下の使いの方ですか?」

「いや、俺も方士だ。

 不老不死の仙薬について、研究できる目処がついたのでな。ただし、それを果たすためには巨大な財力と権力が必要だ。それと、医学薬学の知識も。

 それについて皇帝陛下のお力を使い、おまえたちに研究を手伝ってもらう」

 男の話を聞いて、二人はもっと驚いた。

 この男は、仙薬を本当に作り出せる目処が付いたといったのだ。これまで多くの方士たちがその道を求めながら見つけられなかった方法を、この男は見つけたというのか。

 いや、本当にそれが不老不死につながるかどうかを置いておいても、本格的に研究しているだけで珍しいことだ。たいがいの方士は、ちょっとした手品や話術で人をその気にさせて儲けているだけだというのに。

 男の目には、探求心の炎が燃え盛っていた。

 この男は一体何者で、何をしようというのか……。

「……しかし、信用してもらえるあてはあるのですか?」

 侯生が、やっとのことで口を開いた。

 男の話に乗ってみる価値はある。自分たちの持つものだけで突破口が開けぬ以上、他人の力を借りるのは一つの手だ。

 だが、この男には突破口を開ける何かがあるのか。

 その問いに、男は自信たっぷりの笑みで答えた。

「大丈夫だろう、俺には、仙人と会った証拠となる品がある」

 男が懐から取り出した物を見て、盧生と侯生は心臓が跳ね上がる思いだった。

「まさか、それは……!?」

 言葉も続けられぬ二人に、男は堂々と名乗った。

「そして、俺の名は……徐福だ」

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