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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第五章 尸解の血を手に
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(22)

 人間同士の争いです。

 この一族は殺しても起き上ってしまう可能性があるので、ひどく恨んでいる、都合が悪い場合は起き上がらないように処理が必要です。


 ゾンビにならないように……分かりますよね?

「……お父上、正気ですか?」

 安期小生が、険しい顔で安期生ににじり寄る。

 しかし、安期生はそんな息子をむしろ馬鹿にしたように言う。

「ああ、こんな機会は滅多にないぞ!この機会に得られるだけの富を得んでどうする?

 青二才共はまだまだ考えが足りぬのう。尸解の血をここで渡してしもうたら、貢物ここで打ち止めではないか。

 わしらはそんなやり方はせぬ、この島が永遠に栄えるように考えてやるんじゃ!」

 口ではそう言っているが、それが欺瞞であることは明らかだ。

 安期生たち古老は、そもそもこの取引に大反対だった。島を救う起死回生の策を忌み嫌い、徐福を殺そうとまでした。

 それがこの期に及んで利益にとびついて、見苦しいことこの上ない。

 だが、それは古老たちだけではなかった。

「そうですな、長が許さぬのであれば仕方ない。

 新たな取引条件について別室で話し合うゆえ、少し待ってくれ」

 若者の一人が、ニヤニヤと卑しく笑って立ち上がった。

 徐福は、その男の名前を覚えていた。欲深く打算的な、見た目だけは精悍な男……島では長の家に次ぐ家柄の、安息起だ。

 安息起は徐福と目が合うと、一瞬目配せをした。

 徐福は穏やかな顔でうなずき、言った。

「分かり申した、それではここで待ちましょう」

 島の者たちは、一人残らず別の部屋に移っていく。古老たちと若者たちの視線が、敵意も露わに火花を散らす。

 だが、徐福には何の心配もなかった。

(さて、決着がつくまでゆっくり飲ませてもらうか……。

 結果がどうなろうと、最終手段を取れば変わらぬ)

 徐福は耳の聞こえぬ女たちに酌をさせ、のんびりと酒を飲み始めた。


 しばらくして、島の者たちが去って行った扉の向こうから、不穏な物音が聞こえてきた。悲鳴、そして何かが倒れる鈍い音。

「お待たせした」

 別の部屋から戻ってきたのは、若者たちだけだった。

 安期小生と安息起の手には、血のついた小刀。そして若者たちは皆、鼻と口を覆うように襟巻を巻いていた。

 襟巻を下げて一息つくと、安期小生は徐福の前に腰を下ろした。

「父はただ今、人事不省となって倒れられた。

 よって、今より私がこの島の長となりました」

 徐福は、満足そうに笑った。

「そうか、それは結構」

 どうやら予想していた結果の中で、だいぶいい方になったらしい。これなら最終手段は必要ないと、徐福は安堵した。


 扉の向こうでは、老人たちが折り重なって倒れていた。

 全身がぴくりとも動かず、中には尿や便を漏らしている者もいる。その全員の体に、浅い切り傷があった。

 別室に移動した後、老人たちは若者たちの総攻撃に遭ったのだ。

 老人たちの味方と思われていた安息起に、安期小生を毒で昏倒させるよう命令すると……安息起は受け取った毒を老人たちに吹きつけたのだ。

 それで一気に数人が昏倒し、逃げ出そうとした残りの数人も若者に押さえつけられた。

 安期小生と安息起は、隠し持っていた小刀を抜いて老人たちに迫る。

 かろうじて昏倒を免れた安期生は、青くなった。

「ま、待て……おまえたち、何をする気じゃ!?

 この毒は、そんな事をすれば……!」

「はい、よく存じております。

 この毒は皮膚についたり目から入ったり吸い込むことで程よい効果を発揮する。もし傷口から血の流れに入れば、効果はとんでもなく強く現れる……」

 安期小生は、毒粉に塗れた小刀を安期生の手につきつけた。

「お父上、後は俺に任せてゆっくりお休みになってください。

 さすれば、お父上の代までは何も変わらなかった事になりましょう」

「ま、待て、やめ……!」

 すっと引かれた赤い傷とともに、安期生の抵抗は終わった。傷口から直接入った毒が、神経を侵し意識と力を奪い去る。

 安息起もまた、自らの父に刃を振るい、残った老人たちにも次々と傷をつけて回った。

 これでもう、ここにいる島の古い支配者共は何もできない。傷口から入って猛威を振るう毒に呼吸すら奪われて死に至るか、死ななくとももう意識が戻る事はないだろう。

 文字通り、死を待つだけだ。

 しかし皮肉なことに、これで島は死を待つだけの運命から解放された。

 島の柱は、生まれ変わったのだ。


「……しかし、ずいぶんと思い切った行動に出たものだな」

 集落から離れて倒れた老人たちを運びながら、徐福は安期小生たちに言った。

 安期小生たちは集落を人払いした後、かつてこの島を治めていた、今となっては何の役にも立たぬモノを運び出してきたのだ。

 役目を終えたそれらを、海に捨てるために。

 安期小生は、少しだけ哀れみの混じった目をして答える。

「仕方ない……あの古老共を生かしておいても良いことは起きまいよ。

 父上も、自分に得がないうちはあんなに変化を疎んでいたくせに、いざ目の前に貢物を差し出されると途端にがっついて……結局、自分のことしか考えていないのだ。

 それでは、次の時代を築くことはできまい」

 安期小生は、情けを振り切るように前を向いた。

「時代と共に進むには、時代遅れのものを切り捨てねばならん。

 大陸でも、よくある事だろう」

 その言葉に、徐福は深くうなずいた。

 時代は止まることなく流れている。それについて行けなかった者は、容赦なく滅び去る。大陸ではここ数年で、それが証明された。

 戦乱の世において、良いことをどんどん取り入れて現実主義を徹底した秦が他の六国を滅ぼし、天下に君臨している。

 しかし、それを思い出した徐福は、にわかに皮肉めいた笑みに駆られた。

(その現実主義の頂点に立つ皇帝が、方士にこれだけの金と物資を払うとは。

 まさに、不老不死の魔力よなァ……)

 天下統一まで、そして統一してからも概ね現実に即したことしかやらなかった始皇帝が、得体の知れぬ夢のような話に莫大な富をつぎ込む。実現の可能性を否定できないものをちらつかせるだけで、実現できると思い込む。

 これは滑稽だ。

 だが、それがあったからこそ、徐福はこうして研究を進められるのだ。

 尸解の血を手に入れて研究を続けていればこそ、本当に不老不死を手に入れられる可能性は高まる。そういう意味では、夢のような目的のためにも現実的な手段を取ったと言えるかもしれない。

 そこまで考えたところで、徐福はふと気づいて言った。

「おい、安期生の死体だけは他の者に見られるなよ。

 安期生は大陸では、不老不死の仙人として通っている。それが死んだなどという話が広まったら、取引が破談になりかねん」

 それを聞くと、安期小生は軽く笑って言った。

「そうか、では父上は人事不省のまましばらく生かしておくとしよう。

 父上のことは滅多に人前に姿を現さぬ仙人ということにして、それが島の中でも当たり前になったところで処分すれば良い。

 大丈夫だ、安置して祭り上げるには息をしてさえいれば良い」

 その言い方に、徐福は苦笑した。

 息をしてさえいればいいとは、徐福を見せしめに処刑しようとした安期生が言った言葉だ。恨みを買った者は自らの言った残虐な行為を返される、よくある事だ。

 海岸の崖につくと、若者たちは屍同然の老人たちを荷車から下ろした。

「きちんと頭に穴を開けてから落とせよ。

 這い出てこられてはかなわん」

 木を削るノミを頭に当て、乱暴に頭骨に穴を開けていく。

「こうして頭を突いて脳袋を傷つけておくとな、死体が起き上らぬのだ。

 まあ、人間でも頭を打つと他に傷がなくても死ぬことがあるからな……死体もそれは同じなのかもしれぬ」

 それを聞いて、徐福は、別の事を考えた。

「ほう、そうか……すると、人食い死体も頭を潰したり貫いたりすれば止まるのか」

 安期小生は苦笑しながらも、考えて答えた。

「多分、そうだろうな……記録には残っておらぬが、おそらく前の時は病人だらけでそうする余裕がなかったのだろう。

 動けぬほど体が朽ちていない死体が、崖下で首を折って動かなくなっていたという話もある。

 ……そうか、万が一島に人食い死体が出た時はそうすれば良いのだな!」

 思わぬところで災厄の対処方法が分かって、安期小生は晴れやかに笑った。

 自分たちでは思いもつかぬ方向から、徐福は人食い死体の弱点に気づいてくれた。おかげで、島に災厄が起こっても、もうかつてのような被害は出ないだろう。

 これも徐福の力を借りたからだと、安期小生は感服して、徐福の手を握った。

「いろいろと済まぬ、おまえといると新しい発見ばかりだ。

 これからもおまえと良い関係を続ければ、この尸解の血と起き上る死体についてもっといろいろな事が分かりそうだ。

 どうか、よろしく頼む」

 徐福も、照れくさそうに手を握り返した。

「なに、俺は俺のためにその血を研究するにすぎぬ。別におまえたちのためにやっている訳ではないさ。

 それに、俺の研究にはまえたちが古くから受け継いでいる知識が必要だ。

 古きを温めて新しきを知る……そのために、こちらこそよろしく頼む」

 二人は、お互いの明るい未来を思って笑い合った。

 老害は切り捨てられ、新しい時代を迎えるための絆が結ばれた。この関係はやがて双方に、素晴らしい未来をもたらすだろう。

 少なくともこの時は、二人とも疑いなくそう信じていた。

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